昼下がり、お天道様もさんさんと輝く絶好の仕事日和。いつも通り、営業の電話に精を出す。
「こんにちは! いつもお世話になっております、こちら株式会社○○のおめがリオですぅ。」
営業ボイスはお手の物だ。そのまま向こうの担当者に替わってもらい、すんなり打合せ日時を決めて電話を終えた。
「……っし。」
まぁ得意先だからある程度大丈夫っしょと思いつつ、多少気合を入れて取り掛かる。そだ、部長に報告するついでに、別の案件のやつ先に刷っておこっかなー。
今回の案件は、本来なら後輩がやるはずだった。それでも私がやっているのは、—せざるを得ない状況に追い込んだ犯人は置いておいて— 私が「善意」で引き受けたからだ。
印刷機に向かう。紙が足りない。総務部の仕事だけど、これもしょーがない。みーんな忙しいもんねぇ。
好きなことで生きていくために、好きで就いた仕事だ。それなりに業績も積んで慣れてきた。とはいえ、最近は1日1日が何かとハードに感じる。何かを、忘れてしまいそうなくらいに——
◇
「「どもども、おめがってるー!?」」
「おめがレイと、」
「おめがリオでぇす」
「今日はねぇ!」
「なぁにレイちゃん」
「リオちゃんに、ドッキリを仕掛けていきたいと思います!」
「オモイマス☆」
「「いぇいいぇいいぇいいぇいいぇい」」
「……ってレイちゃん、それリオに言っちゃダメなんじゃないの?」
「ちっちっちぃ」
「ちっちっち」
「これからドッキリを仕掛けるのはね、目の前にいる、このリオちゃんじゃなくてぇ、」
「ウン」
「過去の、リオちゃんに、ドッキリを仕掛けていきたいと思います!」
「過去のリオ……?」
「っそう!」
「え、どゆこと? なぁんで? どーやってぇぇぇ」
「実はねー、なんと、すんごいものを作ってきました!」
「すんごいもの!? すんごいものだって、すんごいもの」
「ウ、ウン。それが、こちら! じゃじゃーん! テッテレレッテッテ〜」
「ターケーコープ……」
「違うよ?」
「ねぇレイちゃん」
「うん」
「なぁにこれぇこの電話」
「これはねぇ! その名も『タイムテレフォン』!」
「ダサww 名前ダサww あの、地味だね名前www 地味な名前www」
「うっさいwww 機能はね、ホントにすんごいから!」
「すんごいんだって」
「そう。これねぇ、レイが作ったんだけど、なんと、過去に掛けることが出来る、電話なんだよ」
「過去に掛けることが出来る……?」
「うん。だから、過去のある時間に、存在した電話に、掛けることが、出来るんだよね」
「なぁにそれぇぇぇ! すーごーすーぎーるぅぅぅ!!」
「なので、これを使って、過去のリオちゃんに、電話を掛けてぇ、何分話してもらえるのか、っていうのが、今回のドッキリの内容だね」
「ちょっと待ってレイちゃん」
「どしたどした?」
「リオ電話掛かってきた記憶ない」
「それはねぇ〜、なんかこれ、電話掛けちゃうと、世界線がね、変わってきちゃうみたいなんだよね」
「世界線?」
「そう。だから、こっちから電話を掛けたら、その電話を掛けた相手の過去のリオちゃんと、この、目の前にいるリオちゃんは、違う存在になっちゃうみたいな?」
「電話を掛けたら、向こうのリオはリオじゃなくなるってことですか?」
「今の、このリオちゃんとは、別人になっちゃうってことだね」
「なーんてことぉぉぉ」
「ってことで早速ドッキリをしていきたいと思うんだけど、」
「ウン」
「過去のリオちゃんさぁ、何分くらい話してくれると思う?」
「まずさぁ、いつのリオに掛けるの?」
「うーん、やっぱバーチャルYouTuber始めるっていう発想に至る前のリオちゃんがいいからねぇ、2017年の最初くらいかなぁ」
「バリバリに働いてた頃じゃんwww 俺がバリバリに働いてた頃www バリキャリwww」
「お、おうwww そうだね」
「うへへはははは(汚)」
「レイはねー、やっぱあの頃のリオちゃん意外に真面目だから、そんなに取り合ってくれないと思うんだよね」
「ワカルゥ」
「だから、最悪ガチャ切りか、もって2分てとこかな」
「リオはねぇ1時間くらい話せると思う」
「え、すご うそでしょ」
「俺ら通じ合ってっから。俺と、俺は、通じ合う運命なの(?)」
「おん……じゃあ、さっそく掛けてみよっか!」
「掛けてみましょう!」
「会社の番号いくつだっけ?」
「え 会社に掛けんのあんた! うそでしょ!? えっ、ちょっと待っ」
◇
prrrrrrr。
電話が鳴る。ワンコールで出なきゃならないけど、みんな忙しくて余裕がなさそうに見える。
「めんどくせー……」
結局こういうことになるんだなぁ。ぜってー暇なやついんのに。まぁいんだけどさ。
渋々、受話器に手を伸ばした。
「こんにちは! こちら株式会社○○のおめがリオですぅ。」
『ぶはwwwww』
『ねぇちょっと! あん、あんたホントにやったわねぇ!!wwwww』
「は?」
イタズラ電話かな。でも……すんごい聞き覚えがある声だ。なんか片方はレイちゃんにめちゃくちゃそっくりな声。さすがにレイちゃんはこんな電話してこないよね? めっちゃうるさくてよく分かんないけど。
『切って! 早く! もう!!www』
『いいから! 早く、早くやるよ!!wwwww せーのっ』
『『どもども、おめがっ』』
そっと受話器を置いた。やっべぇ、関わっちゃダメなタイプな気がする。
「誰だったんですか?」
「おー、後輩ちゃん。なーんかねぇ、やっべぇ人たちだったぁ。」
「え、マジですかw どんなどんな?」
「電話出た瞬間爆笑してたし、イタズラ電話じゃね?」
「やば。学生ですかね?」
「そうかもしんない。まぁ知らねーけど」
「人事課に番号報告します?」
「んー、……念のため」
「わっかりましたぁ」
そう言って後輩はサッとその場を後にした。たぶん、あの子が席に帰ってくるのは30分以上後かなって思う。ここはそういう職場だから。
それにしても、「212212」なんて番号見たことないかもなぁ。変な番号。
◇
「切られちゃったねー」
「そりゃ切られるわ!」
「あー面白かったぁw」
「いやあんただけでしょ! 私のねぇ、私の会社のねぇ、私に迷惑かけるんじゃないわよ!www」
「「wwwwwwwww」」
「あー、絶対やべーやつじゃんもうこれさぁw」
「でも面白かったでしょ?」
「ゔっwww ハハハハ(汚)」
「www じゃあさ、ちょっとよく分かんなかったから、もっかい掛けてみよっか!」
「やだぁ、あーはぁwww 次は携帯にして携帯! スマホ!」
「えぇスマホかぁ……スマホ…………」
「なぁにぃもう」
「……じゃあ、スマホにしよっか!」
「ウン!」
「次は定時に掛けるね、定時に」
「時間指定出来んの!?」
「一応ねぇ、細かい設定出来るんだよね。世界線が近ければ同じ世界線じゃなくても掛けられるし。」
「ソウナンダ」
「次はちゃんとタイマー設定して掛けるよ!」
「掛けて! 早く! 掛けて!」
「うんw」
「あ、レイちゃん、次は真面目にね。真面目にwww」
「うんwww」
◇
ブ-、ブ-……
モニタに反射した自分の不機嫌そうな顔にびっくりしてたら、スマホが鳴った。誰だろうこんな時間に。レイちゃんかな? いつもL○NEでくれるのに、なんで電話?
まだ仕事が残ってるけど、お手洗いに行くフリをしてオフィスの外に出る。画面を見てぶったまげた。「212212」。さっきのあの2人だ……なんで私の番号知ってるんだろう。
ちょっと怖くなりつつも、画面をスライドさせて電話に出た。なんでだろ、出なきゃダメな気がする。
「もしもし?」
『はい、もしもしー。』
さっきとは打って変わって常識的な喋り方をしているその人は、今度こそ、聞き間違えようもなくレイちゃんだった。
「レイちゃん!? なんで? は? なんで?」
『何度もごめんねぇリオちゃん』
「ホントだよ。なに、なんの用? さっきもイタズラ電話してきたし。切るよ?」
『や、ちょっと待ってちょっと!』
「なに? ちょ、ホントまだ仕事中なんだよね私」
『ごめんちょっとで済むから』
「?」
『はい、リオちゃん』
『おう! 俺はなぁ、俺はしゃべる』
『早くしゃべって』
電話越しに何かやってる。よく聞くと、電話の向こうにいるもう1人は、私の声にそっくりだ。
『もしもーし』
「はい。どちら様でしょうか」
『俺だよ俺。俺おれ。俺はお前でお前は俺』
「…………」
詐欺の電話と何かのセリフをごっちゃにしたような返しに、話す気力もなくなる。
「で、だぁれホントに」
『俺はなぁ、おめがリオ!』
「は?」
『おめがリオや!』
話にならない。一体どこの誰を呼んできたんだろう? 声マネまでさせて。
「あの、マジで暇じゃないの今。切っていいっすか?」
『待ってマジで。俺たちぜってえ通じあえるから。信じてっから』
「意味が分からない」
『辛辛魚さぁこないだ注文したから、届いたら絶対あげるから!』
「え?」
ちょっとだけ、心が揺らいだ。辛辛魚は、私が大好きなラーメンだ。レイちゃんが教えたのかな。
『ちょっとリオちゃん! 叶えれない約束しないの!』
『マジでホントお願い。本当にお願い。10分だけしゃべって。本当にお願い』
ため息が出る。なんなんだこの人は。声を聞けば聞くほど、話せば話すほど、認めたくない確信が頭をよぎる。
この人は、たぶん、私だ。絶対に有り得ない、でもたぶんきっとそう。なんでか知んねーけど。
「……誕生日は?」
『11月の、5!』
「星座は?」
『さそり座』
「好きなアニメ」
『ちょっと前にさぁ、動画で答えたんだよねぇ』
『リオちゃん、向こうのリオちゃんそれ知らないから。教えちゃダメだよ(小声)』
『おけ(小声)』
「動画?」
『そう』
「どゆこと?」
『今ねぇ、んとねー、リオたち未来から掛けてるんだけどー、』
頭を抱える。Uh-huh? miraiから掛けてる? ナニソレぇ? ドラ○もんかな? いやそれ以前に……
「1個だけ言ってい?」
『ウン』
「一人称名前の女マジで無理」
『『wwwwwwwww』』
『そこ!?ww そこなの、ねえ!wwwwww』
「うるっさ……」
何故だか、すごくイライラする。この能天気さ。笑い声。マイペースさ。非常識さ。それからこの、なんか、2人で楽しそうな感じ。なんで。
とにかく、早く終わらせたい。でも、もし本当に未来から掛けてるとして、未来って、どうなってるんだろう?
「ねえ、じゃあさ、2人は未来でなにやってんの?」
『んーとね、いや、それはちょっと教えられないかなぁ。タイムパトロール的なのに捕まっちゃうっていうか』
『もちょもちょしてる。リオは、もちょもちょしてる』
やっぱり嘘かも。てか、レイちゃんのドッキリかなこれ。
「真面目に答えて。ドッキリなんでしょこれ、レイちゃん」
『ドッキリ……うーんドッキリっていうかぁ、』
『レイちゃん信用なさすぎww 信用なwww』
「いや未来から掛けてるとか普通に信用出来ねーから」
『たしかに☆』
「……じゃあさー、今も働いてる? そっち」
『や、今はねぇ、仕事辞めてんだよね』
「は?」
『好きなことやんのに、仕事辞めたの』
ますますよく分かんねぇ。好きで始めた仕事なのに、好きなことをするために辞める?
「ふざけてんの? なんで? マジでなん、は?」
思わずキレた。だって私、こんなに頑張ってるのに。こんなに頑張ってきたのに、辞めるの? 仕事を?
気持ちが言葉にならなくて、一瞬沈黙が流れる。一番最初にその意味が分かったのは、向こう側の私だった。
『がんばったねぇ。ワカルよぉワカルワカル』
たったそれだけ。なんの根拠もないけど、それだけで、なんか、ああ「分かってる」んだってことが分かった。
『楽しいことしよーぜ。ひとりぼっちだと、本当にひとりになっちゃうよ。それでリオだけがひとりぼっちになるわけじゃないでしょ?』
言い聞かせるような言葉に、声が出なくなる。首がもげそうなほどうなずくだけ。
『いいこと言うねぇ』
『だろ? 俺名言のプロだから。名言のプロ』
『キャラじゃねーけどなw』
『ゔっははは(汚)』
『汚っなwww いいこと言ったのにwww せっかくwww』
レイちゃんの楽しそうな声が聞こえる。このレイちゃんは、向こうの私といつも一緒なのかなぁ。最近はいつも朝起きてから、ずっと仕事のことを考えてた。レイちゃんにも、難しい顔してるって言われてたっけ。帰りも遅くなるし、心配掛けてばっかりだなぁ。
楽しいことがしたい。レイちゃんと、久々にゲームがしたいなぁ。
それから、たくさん、たくさん話した。未来では楽しく過ごしていること。友達がたくさん出来たこと。技術が進んだこと。シンギュラリティが起きたこと。憧れの存在が出来たこと。
「そろそろ家帰るわ」
『おう』
『じゃあ電話切ろっか』
「こっちのレイちゃんと話さない?w」
『今回はリオちゃんと話す企画だったからねぇ』
『未来で待ってる』
「パクリじゃんw そっかぁ。じゃあね」
『おう。またな』
『忙しい中電話出てくれてありがと! ちゃんと今日はもう帰るんだよ〜』
「うん。もう帰るね。レイちゃんが待ってるから」
『フフww そっちのレイのこともよろしくね! またね! バイバーイ!』
ツ-、ツ-。
「……ありがとぉ。またね」
真っ暗な画面の向こう側にお礼を言う。反射して映る自分は、電話を掛ける前と違う顔をしていた。まるで別人のような、少し懐かしいような。
「リオ先輩〜!」
人事課に電話番号を報告していた後輩だ。今戻ってきたの?
「先輩、探したんですよ!」
「え、なんで?」
「人事に問い合わせて番号調べてもらったんですけど、『212212』なんて番号ないって!」
「ああ、それならもう解決したよ?」
「えあ!? なんで!?」
「しーっ、声がデッカい声が。みんなしてもう……いーの、それはもういーの」
「?」
不思議そうにしてる後輩の顔をじっと見る。
「じゃあさー、もう時間だし、帰ろっか」
「え、私まだ仕事終わってないですよ! リオ先輩終わったんですか?」
「終わってねぇよ? でも帰るの! あ、あと例の案件だけど、あれ私に投げっぱなしじゃなくて、資料くらいは自分でもやってね。人事課で油売ってる暇あったら出来るっしょ?」
「えっ、そんな、リオ先輩!」
「帰っぞ! 早く!」
「ひとりじゃない、って思えたとーきーからー♪」
帰り道。歌いながら、ほんの少し、顔を上げてみる。
未来。
見上げて手を伸ばした指先に、お天道様が輝いて見えた。明日の朝はもっと、忘れられないくらい、晴れますように。
◆
「ふぅー。なんかさぁ、すんごい長くしゃべっちゃったね!」
「…………」
「リオちゃん? リオちゃーん。おーい」ユサユサ
「アアアアアアアア」
「どうしたの?」
「……んー、なーんかねぇ、忘れてる気がするんだよね」
「なにを? 何かしゃべり足りないことあった?」
「そうじゃなくてさ、なんか……リオもあんな頃あったよなぁ? みたいな」
「それはまぁ、だってあれほぼあの頃のリオちゃんだし」
「……んー。なーんかさぁ、疲れちゃったぁ」
「そっかぁ。でもさぁ、楽しかったね!」
「ね! おんもちろかったぁ☆」
[予想→レイ:2分 リオ:1時間]
[結果→1時間08分]
「いぇいいぇいいぇいいぇい!」
「うーん……いやでもねぇ、最初に掛けたときほぼガチャ切りだったからぁ、やっぱねぇここは引き分けっていうかぁ」
「リオの勝ちぃぃぃ! リオの、勝ちぃぃぃぃ!」
「……」
「通じ合ってっから俺たち。ハハ☆」
「うーん……あんまさぁやるとタイムパトロール的な人に怒られちゃうけど、またやりたいね!」
「ンネッ! またやりたい! 次はレイちゃんに掛けよ!」
「それはやだ」
「え……」
「チャンネル登録と、ツイッターフォローもよろしくね!」
「それではまた次回お会いしましょー!」
「「まったねー!」」
「バイバーイ!」
◆
「ところでレイちゃん、なぁにその変な番号。どゆ意味?」
「シラネ。言わないよ?」
END.
※これは一個人の妄想です。