「うー……もちょもちょ…………うんち……。」
リオちゃんの寝言が聞こえる。なんてことだ。寝言でまで「うんち」とか言うのかこの妹は。
日が完全に出てきた。今、5時半すぎくらいかな? もう6月だし、日がのぼるの早くなったなぁ。きのうの夜から仕事してたから疲れちゃった。
アラームが鳴る。今日リオちゃん早いんだっけ。もぞもぞ、と動く音がする。
「ぅん……? あー……やっべっぞ……。」
リオちゃんがベッドからむくりと身体を起こして、寝起きのかすれた声でつぶやく。
「どした?」
「今日朝礼あるじゃん。いまなんじ?」
「5時40分。」
いつも「明日早い」って言うときこの時間だから、アラーム早めておいたんだけど。これより早いってなったらしらない。
「んーーーーーっ……、」
リオちゃんは大きく伸びをして、こっちに向きなおる。そうして、
「ごじ よんじゅっぷん? ありがとぉ。」
いつもみたいに、ヘラっと笑ってみせた。
こうして寝起きだけはいい妹を毎朝起こして、送りだす。それがわたしたちの、朝の習慣になっている。
「レイちゃん、行ってきまぁす!」
「ん。」
朝から元気だなぁリオちゃん。どこからあんな元気が出るんだろ。
さて、無事に送りだしたことだし、エゴサして、いまから寝るかぁ。
◆
「ねぇレイちゃん、あなたお姉ちゃんでしょう?」
わたしを叱る声が聞こえる。
「うん……。」
「お姉ちゃんは、しっかりしなきゃダメ。」
理不尽だ。生まれるのが数分早かっただけなのに。
「だから、そんな男の子みたいなオモチャで遊んじゃいけません。」
なんで? わたしは……レイは、すきなもので、あそびたいだけなのに。
でも、そっか。おねえちゃんは、そんなこといっちゃ、いけないんだ。
「レイちゃんが あそばないなら、リオにちょーらい!」
「リオちゃんは……まぁ仕方ないかなぁ。はい。」
「やったぁ! リオの〜!」
どぉして? レイのなのに。リオはどぉしていいの?
がまんしなきゃ。リオが、いもうとが、ほしいっていってるんだから。
「レイちゃん、おかーさん、いっちゃったねぇ。はい!」
リオがかえしてくれた。
「リオはねぇ、レイちゃんと あそんでるのが、いちばんすき! レイちゃんが、たのしそーに おはなししてるの みるの うれしいもん!」
リオ、……リオちゃん。
◆
——よく寝た。なんか懐かしい夢を見た気がする。あんまり覚えてないけど。
もともと寝起きがよくないのもあって、頭がぼんやりしている。もうちょっと……寝…………。
電話が鳴った。リオちゃんだ。
毎日、わたしが起きたかどうか確認するために、昼休みに電話をかけてくれる。
「レイちゃ、起きた?」
「うー……。」
「レイちゃーーーん、起きてーーー」
「うるさ……。」
思わず文句を言う。
「レイちゃん、もう昼! 昼だよ! 起きて、起きて! 起きるんだレイ!!」
「んんっ……! 起っ……き、る!!」
あまりのしつこさに電話を切ろうかと思いつつ起きた。昔から、この妹は元気で、おせっかいだ。
「はーい、おはよー、レイちゃん。」
「………………。」
リオちゃんと違って、寝起きはだれとも話す気にならない。そのことを向こうもよく分かっているからか、そのまま「お疲れさま。じゃあ切るね!」と言って電話を切られた。
お昼。またそのまま寝そうになったけど、エゴサして、冷蔵庫のお弁当をチンして食べて、また作業を再開する。
あ、upd8からメール来てたから返信しとこっと。本業のほうも依頼来てたっけ? あとは休憩がてら動画のネタ探ししてぇ、やるって決まったネタの台本書くでしょー。で、エゴサしてー、昨日のやつの編集も手直しもするでしょー、それからー……。
ピコン!
リオちゃんから、そろそろ帰ることを伝えるLIN○が来て、もう夕方だと気付いた。
夕飯は基本的に一緒に食べることになってる。作業にキリつけて待つかぁ。
あ、積みゲー。1ヶ月も積んでるから今日こそやろうって思ってたのに……まぁ、いっか。
最近全然リオちゃんとも遊んでない気がする。お互い忙しくなったもんなぁ。
リビングで風呂上がりのカルピスを飲んでたら、玄関から音がした。
「たらいまぁ。」
「んー。」
「お、レイちゃんリビングいんのめずらしー。」
「ちょうど風呂上がって……ってリオちゃん、手洗ったら拭いてってば。」
「はぁーい。」
他愛のないやり取りをしながら、2人でリビングのソファに座る。
「今日なに買ったの?」
リオちゃんが買ってきた、セブン○レブンの袋を指差す。今日はねぇ、わたしはラーメンの気分なんだよなぁ。
「なんとなく今日はラーメンの気分かなって。」
こういうときだけ、双子だなぁと感じる。
温めて、それぞれに食べ始める。うま。さすがセ○ン。
「レイちゃんさ、」
一味のキャップに苦戦しながら、リオちゃんが喋り始めた。
「私がさぁ、仕事辞めるって言ったらどうする?」
一瞬、耳を疑う。好きで就いた仕事なのに、辞める、って……
「なんで? 辞めるの?」
疑問が口を突いた。ようやくキャップを外せたリオちゃんは、ラーメンに一味をかけてから、一旦その手を止める。
「んー、うん。YouTubeも収益化条件とっくにそろってんじゃん? だから収益化したら辞めよっかなって。」
様子をうかがうようにこちらをチラッと見られた。
「YouTubeから連絡が来ないとなんともなぁ。」
「でもなぁレイちゃん、会社は急には辞められないんや! upd8にも入って、さすがにさぁ忙しくなってきたし、収益化したらもっと忙しくなるでしょ?」
「でもさぁ……、」
煮え切らない気持ちがもたげる。
将来的なことを考えたら、リオちゃんが言っていることは正しい。でも……、
お金のこと。編集技術のこと。そして何より、好きで始めた仕事をリオちゃんが辞めると言っていること。
「私がレイちゃんの手伝いすればさ、動画もいっぱい上げれるし、お金も入ることない?」
「リオちゃんに手伝ってもらってもなぁ……。」
つい、意地の悪い言い方をしてしまう。ケンカになることは分かってるのに。
「なぁにそれ。少しでもさぁ、楽になればいいじゃん!」
「リオちゃんが手伝わなくてもさぁ、わたし1人でもさぁ全然出来るし!」
「そうかもしれないけど、レイちゃん最近全然好きなこと出来てないじゃん!」
「……っ!」
意外なことを言われてびっくりしてしまい、口をつぐむ。
リオちゃんは、言葉を選びながら、ぽつりぽつりと続きを話し始めた。
「……今日から、私もがんばるからさぁ。」
「今はバーチャルYouTuberが一番楽しいなって思うけど、それもレイちゃんがいないとやってこれなかったじゃん。」
「だからさぁレイちゃんにもさ、好きなことしててほしいんだ。」
そう言ってヘラっと笑う顔を見て、
「好きなこと話してるレイちゃんがさ、私、一番大好きなんだよねぇ。」
なんとなく、なぜか思い出せないけど、懐かしい気持ちになった。
◇
収益化のメドもついて、レイちゃんから仕事を辞める許可をもらってから、できるだけ動画に参加しようと思っていろいろやっていた。
仕事の合間にネタ探ししたり、バーチャルYouTuber関連のメールの返事をしたり。
編集も独学でやろっかなって本買ったけど、それはよくわかんなくて放置してる。レイちゃんも「仕事辞めたらでいいよ」って言ってたしなぁ。でもホントにいいのかなぁ……。
企画会議にも色々出したけど、結局ほとんどボツ。唯一、P.T.だけは私の希望で押し切った。やってみたかったんだよねぇ、ホラー。
そうこうしているうちに、7月3日。ついにYouTubeから収益化の連絡が来た。マネー! マネーェェェ!!
ごちそう頼んだり、好きなものを買いに行ったりとぜいたくに1日を……あ。大事なこと忘れてた。
「レイちゃん、レイちゃん。」
こういうことはレイちゃんに聞くのが一番だ。
「なぁにリオちゃん。」
「仕事辞める言い訳どうしよ?」
「あぁ、それならさぁ——」
出勤。いつも通り仕事を始めた。
午前中の仕事がある程度終わり、昼休みに差し掛かる頃を狙って、上司に声をかける。
「部長、お仕事中失礼いたします。」
「ん。あぁ、何。」
機嫌が良いようで、珍しくすんなりと応じてくれた上司を目の前に、レイちゃんに言われたことを思い出す。えーっと、なんだっけ? 確かあの時……。
『ありがちなのは、「姉が病気でキトクになってしまい、しばらくメンドーを見なければならないので、仕事を辞めます。」かなぁ。』
『え、もっかい言って?』
『わたしが病気で具合悪いことにしてさぁ、リオちゃんがお世話してくれることになったみたいな。分かんなきゃキーワードだけ覚えてればいんじゃね?』
みたいな感じだったっけ。そうだ、キーワードをメモっておいたんだった。
キトク、姉、メンドー。オッケー、思い出した。
上司に向き直り、事情を説明する。
「奇特な姉が面倒くさいので仕事を辞めます。」
「……おめがさん、ちょっと、あっちで話そっか。」
なぜか別室で話すことになった。
半分以上説教と説得を受けながら、何とかきちんと説明し、事情が事情なだけに3週間で辞めることを了解してもらえた。
良かった、これでレイちゃんのことも手伝えるし、動画にも集中できる。ちょっと胸が痛いけど。
3週間、引き継ぎをしながら、周りにもそれとなく事情を説明しながら、そして何よりも動画投稿に力を入れて過ごした。
ネタもいっぱい考えた。うんちのモデリング案が通ったから、調子に乗ってリアルうんちの3Dスキャンを提案したらめちゃくちゃ怒られた。
いつまでも忙しそうなレイちゃんに、何度か、編集を手伝おうかって、提案もした。
でもそのたびにレイちゃんに、
「べつにいいよ。仕事忙しいでしょ。」
と言って、断わられた。
◇
最近のリオちゃんは、ちょっと心配になるくらいがんばってる。
いい大人なんだし、心配するほどでもないかもしれない。でも姉として、妹のことは気にかけなきゃなって。一応。
「ねぇレイちゃん、やっぱりさ、忙しそうじゃん。編集教えてよ。」
「仕事辞めてからでもいいってば。」
「でもさぁ、昨日もカップヘッドだったし、そういう長いやつの編集毎回大変そうじゃん。なんか手伝えることない?」
いつもこの調子だ。
家でもなにか手が空くと、「手伝おうか」と声をかけてくれる。前まで、わたしが1人で作業していても、1人でポケ○ンやったりベッドで寝てたりして好きに過ごしてたリオちゃんが。
「いいって。ぜんぶレイがやるから。……あっww」
しまった。編集で動画観すぎたかな……ふだんの生活で一人称自分の名前とか、恥ずかし……。
まぁリオちゃんも笑ってくれるでしょ。編集の話もそれでお流れになるだろうし。
「……レイちゃんさぁいっつもそうじゃん。」
そうはいかなかった。
「えっなに?」
「いっつもそうやって1人で無理してさぁ。確かに私じゃ頼りないかもしれないけど、もうちょっと頼ってくれてもよくない?」
「いや、ホントに1人でだいじょうぶだよ? あと1週間でしょ?」
「でも……!」
粘るリオちゃんにどうやって説得するか考えてしまう。
「レ、……わたしはお姉ちゃんだからさぁ、だいじょうぶだから。ほら、早く風呂入って寝、」
「お姉ちゃんなんて思ったことない!!」
急に大きな声を出すリオちゃんにびっくりして手が止まる。
えっ、リオちゃんってそんな大声出す子だっけ……というか何にそんな怒って、
「……レイちゃ、のこと、お姉ちゃん、なんて、思ったことないし、」
え、リオちゃん、泣いてる?
ふと振り返ると目が合った。泣いてる。
「そりゃさ、……いちおー、Twitterとか……だとっ、姉、とか言ってるけど、だっ……て、双子じゃん……!」
目をそらさずに、必死に訴えかけてくる。
「……ちょっと、トイレで頭冷やしてくるわ。おっきい声出してごめん。」
そう言い残して、リオちゃんは部屋を出た。
さすがに、そのままにしておくのは気がひけるので、少し間を置いてトイレに向かう。
リオちゃんは、トイレの中で歌っていた。これはあれだ、前にソロで歌ってみた出してた、『シルエット』だ。
途中まで鼻歌だったけれど、次第に小声で歌い出す。
「覚えて、ないことも……たくさん、あったけど……ぉ〜お……」
トイレのドアに背中を預けて、しばらく聴いていた。
何か気持ちを落ち着けるとき、それから盛り上げるときとかに、わたしたちはよく歌を歌う。今も、たぶんそういう気分なのかなぁ。
「リオちゃーん……。」
最後まで歌い終わったタイミングを見計らい、軽くノックをする。
「……、レイちゃん、ごめんねぇ。」
リオちゃんに先に謝られてしまった。
でも、わたしが悪かったんだよね。リオちゃんを妹扱いして、子ども扱いしてた。
ぜんぜん違うのに。わたしたち、双子なのに。
「わたしのほうこそさぁ、ごめんね。」
「これからは、リオちゃんにもバンバン頼ってさ、動画編集とかもさぁ、やってもらおうと思ってるから。」
「……うん。ありがとぉ。」
怒っても泣いてもない、落ち着いた声だ。むしろ感謝するのはわたしのほうなんだけどなぁ。
「じゃあさぁ、もう出てきてよ。」
今日のところは、これで仲直りってとこかな。よかったよかっ
「今、うんこしてる。」
「うんこしてんの!?www」
予想外の答えに吹き出してしまった。
「のんきなやつだなぁあんた!www」
「「wwwwwwwwwwww」」
こうして今日は平和に終わった。ちなみに、この泣いたエピソードはヨルタマリで暴露した。
しばらくして、リオちゃんの退職の日がやってきた。
送別会で飲んで帰ることは聞いていたから、しばらく待っていると、玄関のドアが開く。
「おっかえり〜。結構早かったじゃ、うわっ、」
「レイちゃ〜ん。」
酔った勢いで抱き着かれて、支えきれず壁にもたれかかる。1人で歩けないくらい飲んじゃったの?
「ちょ、自分で歩け!」
「ん、ちょっとフラフラするかもぉ。レイちゃん大好きぃ。」
「もー、はいはい……。」
今日くらいはしょーがないか、と、甘えられるまま、軽く抱き返した。今日まで、本当によく頑張ったもんねぇ。
リオちゃんは、そのまま話を続ける。まるで顔を見せたくないみたいに。
「レイちゃん、大好きだよ。いっつもさ、ありがとぉね。心配もしてくれて、やりたいこともさせてくれてさぁ。」
いつになく声が真面目だ。
「たくさんさぁ、我慢してくれたよね。毎日、家で待っててくれて、ありがとぉ。」
そういえば、顔はよく見えないけど、酔っ払いほど耳は赤くない。こいつ、ホントは酔ってないな?
「急に仕事辞めるって言ってさ、不安にさせてごめんね。」
酔いにかまけたフリをして、泣く子をあやすように語りかけてくる。
「だからね、レイちゃん、」
ああ、そっか。顔を見せたくないんじゃない。
「そのまま、泣いてていいよ。」
顔を、見ないでいてくれてるんだ。
どうしよ、何か返さなきゃ。何か、何か言ってあげなきゃ。
「リオちゃん、」
「うん。なぁに、レイちゃん。」
大好き、ありがとう、ごめんね。全部言ってくれた。でも胸が詰まって出てこない。代わりに、ぎゅっと抱き返す。
もういいや。全部全部伝わってしまえ。どうせ、リオちゃんにはお見通しなんでしょ。
「——うん。」
何を了解したか分からないけど、きっと、たぶん、伝わった。
猫の耳を撫でるように、ぴょこぴょこを触られる。ゆっくりと、わたしから離れながら、リオちゃんは口を開く。
「……レイちゃん、私——」
ン゙ン゙、という軽い咳払いが聞こえる。
「リオはさぁ、」
両手を広げて、いつもの、撮影用の声で、
「レイちゃんとさ、楽しいこといーっぱいできたらなって、思ってるよ。」
それは、宣言だ。普段自分からは言いださないリオちゃんが、仕事を辞めてまでしたかったこと。
「——うん、いーっぱい、楽しいことやろう……!」
そのあとわたしは、ツイッターのbioを変えた。
リオと一緒に楽しむ。これからもずっと。