zer0-san3’s blog

zer0-san3.hatenablog.comの漢字かな混じり墨字文バージョン。

ΩSS

「ただいまー。」

家に1人待つレイちゃんに声をかける。作業用BGMかな? 微かに聴こえるアニソン。玄関からでは曲名までは分からない。

向こうも聞こえていないみたいで、返事がない。ずっと作業してたのかなあ。私は意地でも定時で上がるっていうのに……遅くまでお疲れ様、と心の中で労った。


部屋の前に差し掛かりノックすると、「はーい」と返ってくる。作業を邪魔しても怒らないところは、うちの上司と大違いだ。

「おかえり」

よほど集中していたのか、少しぼんやりとした声と顔を覗かせ、ドアを開けてくれた。

「晩ご飯食べよー」

「お、ありがとー。幕の内じゃん」

「考えんのダルかった」

「いんじゃね? 食お食お」

セ○ンの袋から2人分取り出して、レイちゃんの部屋で食べ始める。何となく、今聴いている曲のことが気になった。

「めっちゃ綺麗じゃん。なに聴いてたの?」

「っこれはねぇ!」

急に目が輝き出す。しまった、どうしよっかな。こうなったら止まらないんだよな。

「2017年新作の『機動戦士ガンダムTwilight AXIS 赤き残影』っていう最近始まったやつでぇ、UCと話が繋がってるんだよね。で、」

正直分からないしちょっと鬱陶しい気もするけど、しょうがない。普段あまり人と接する機会がないだろうレイちゃんの話を聞けるのは、私しかいないから。


30分くらい話を聞いてた。ラプラスの箱がどうとか、ネオ・ジオンとか、宇宙世紀とか、レイちゃんの口からしか聞き慣れない単語を聞き流しながら、ふと時計に目をやる。19:07。

「レイちゃん!」

「何!」

「時間!」

「あ!」

喋っていてあまり食べていなかったレイちゃんが、おもむろにご飯を口の中にかきこんだ。

「ふぎふぇるじゃんもお(過ぎてるじゃんもう)! ぶぼっ」

「え、汚……www」

間抜けな姿に思わず吹き出しつつ、ティッシュを差し出し、トレイを片付ける。普段はしっかりしているのに、こういうところはどうしようもない。


食べ終わったあと、PCからYouTubeを開き、顔を寄せ合って画面を見つめる。観ているのは、かの世界初バーチャルYouTuber、KizunaAIちゃんの動画だ。毎日19時に投稿されているが、今回は観るのに出遅れてしまった。

今日の動画は『【AI】私の本気を見せちゃいます!【人工知能】#134』。KizunaAIちゃんが、AIであることを生かして、他のAIに関連した技術的革新を分かりやすく紹介している。自分を「ポンコツ設定」にしているというメタ的な部分も含めて、癒され、笑いながら2人で観た。

とんでもなく可愛くて、面白くて、分かりやすい。これほど勉強し尽くされたものが、他にあるだろうか。非日常的な憧れを抱きながら、レイちゃんが高評価ボタンを押してブラウザを閉じるまで画面を見ていた。


「アイちゃんの動画ってさ、観てて分かりやすくて面白いし、癒されるよね〜。」

観終わって、レイちゃんが口を開いた。つられて私も感想が口をつく。

「そうだよね〜。なんかα波? が出てる。癒しの波動(?)」

「ゔ、うんww」

「それとさ、すんごい考えられてるよね。」

「たしかにね。なんかさ、自分のAIっていう部分とか、セルフイメージを掴んでて、カスタマーベースが分かってるって感じだねっ。」

「そうそう、わかるぅ。VRもいっぱい使ってるし。」

本人(?)がいないのをいいことに、好き勝手に感想を言う。帰ってから話題を共有出来る相手がいるっていいものだ。

流れで、ボソッと言葉が飛び出た。

「うちらもやりたいよね。」

返事は意外なものだった。

「うーん。じゃあさ、やろっか! 2人で!」

驚いて顔を上げると、そこには真剣に考え始めているレイちゃんがいた。

「基本環境は整ってるから、あとはアレとソレと……PC周り、もうちょい揃えよっかなー……」

「えっ、決断早! いいの? レイちゃん、いいの?」

トントン拍子に進む話に、今度はこちらがついていけなくなり、動揺が隠せない。するとレイちゃんは、さも当たり前かのようにこう言い放った。

「リオちゃんやりたいんでしょ? 作るのはこっちで出来るし、普段一緒にゲームしてる時間とかをさ、そっち回せばいいじゃん。」

物分かりの良すぎる姉のおかげで即決だった。こうして私たちは、バーチャルYouTuberとしてデビューすることが決まってしまった。


さしあたり、決めなきゃならないことがたくさんあるので、レイちゃんと共に企画会議に取り掛かる。口火を切ったのはレイちゃんだ。

「やっぱりさー、コンセプトとか必要だと思うんだよね。アイちゃんみたいにAIだったり。『みんなとつながりたい!』みたいな。」

「わかるぅ。でもさぁ、同じことやっててもアイちゃんになれるわけじゃないし、あんま縛られてもやりづらくね?」

「ね。とりあえず、ユニット名だけ先に決めちゃおっか。」

「おっけー。」

「てことでいくつか考えたんだけど」

「早っ」

レイちゃんが手元のメモ帳に、アイディアをいくつか書き出す。

「どお? リオちゃん他に案ある?」

「うーん、私は——」

言いかけて、レイちゃんのメモ帳に書き出された1つの単語に目が止まる。

「レイちゃん、これ何て読むんだっけ? 『2』が向かい合ってるみたいなの。」

「んーと、『オメガ』だね。双子っぽいでしょ。ガンダムの3DCG作品で『../Ω』っていうのがあってぇ、やっぱバーチャルと3DCGって相性いいのかなーみたいな。あとねぇ、ZZガンダムの時代にも『オメガガンダム』っていたし、1つの外せない要素だと……」

レイちゃんの話を聞き流しながら、スマホで「オメガ」を検索する。

「……オメガシスターズは?」

「! いいねぇ、それ!」

「ね。うちら姉妹だし。あと『Ω』って、ギリシャ文字の一番最後らしいよ。最初が『α』で、最後が『Ω』。」

「『α』……『Ω』……」

たぶん、2人とも同じことに思い至った。

「Ω sisters。決定だね。」

「コンセプトは?」

「αが癒しなら、その対極にあるものは……」

お互いに顔を見合わせる。

「不快」「攻めの姿勢」

ハモらなかった。

「なんで『不快』なの! 不快な動画なんて誰も観ないでしょ!」

「レイちゃんこそ対義語おかしくない!? 『癒し』の対義語は『不快』じゃん! あんたとは意思疎通が出来ねえなあ!」

「この常識知らずが!」

「ばか! もう! ばか!!」

それで今日の企画会議は終わった。


翌朝、2人で軽く作ったご飯を並べて顔を覗くと、レイちゃんは眠そうながらも何かを真剣に考えていた。

その様子を見て、思わず顔に手が伸びてしまう。難しそうな顔ってさ、なーんか触りたくなっちゃうよね。

もちょもちょ。むにむに。ほっぺを揉んだり、眉間を伸ばしたり。

「ねえリオちゃんそれやめてwww」

レイちゃんの表情が柔らかくなる。いつものレイちゃんだ。

「なーに考えてんのぉ。」

「昨日話したことでさー。」

「うん。」

「『Ω』ってやっぱ最後の文字じゃん? だからぁ、『最後の最後、果てまで、攻め続ける』っていう姿勢だと思うんだよね。」

「なるほどねー。」

昨日はケンカのようなものに熱が上がっちゃったけど、アレは家族特有のじゃれあいみたいなもんだ。そこはレイちゃんも分かってると思う。てか眠い。

ぶっちゃけ私は……

「ねえ、リオちゃん。」

「なぁにレイちゃん。」

「2人でさー、色々なことやっていこうね。たんのしみだね!」

「……うん、たんのしみ!」

レイちゃんと、2人で楽しいことが出来れば、何だっていい。


「あ、リオちゃん、1つだけいーい?」

「なぁに?」

「『攻め続ける』って言っても、コンプラに引っかかるのだけはやめようね……!! うんちとか、おっぱいとか! 絶対言っちゃダメだから!」

「なんで私? てか今食べてんだけど。」

のちに自分がコンプライアンスに対してさえ「攻め続ける」ことを、当の私自身すらまだ知らない。

 

※こちらは1個人の二次創作であり、妄想です。実在するバーチャルYouTuberさん・企業・作品とは何の関連もございません。

ガンダム知識がかなり間違っていることが発覚(そらそーや)。レイちゃんごめん。