zer0-san3’s blog

zer0-san3.hatenablog.comの漢字かな混じり墨字文バージョン。

リオちゃんが仕事を辞める話。

 

「うー……もちょもちょ…………うんち……。」


リオちゃんの寝言が聞こえる。なんてことだ。寝言でまで「うんち」とか言うのかこの妹は。

日が完全に出てきた。今、5時半すぎくらいかな? もう6月だし、日がのぼるの早くなったなぁ。きのうの夜から仕事してたから疲れちゃった。

アラームが鳴る。今日リオちゃん早いんだっけ。もぞもぞ、と動く音がする。


「ぅん……? あー……やっべっぞ……。」


リオちゃんがベッドからむくりと身体を起こして、寝起きのかすれた声でつぶやく。


「どした?」


「今日朝礼あるじゃん。いまなんじ?」


「5時40分。」


いつも「明日早い」って言うときこの時間だから、アラーム早めておいたんだけど。これより早いってなったらしらない。


「んーーーーーっ……、」


リオちゃんは大きく伸びをして、こっちに向きなおる。そうして、


「ごじ よんじゅっぷん? ありがとぉ。」


いつもみたいに、ヘラっと笑ってみせた。


こうして寝起きだけはいい妹を毎朝起こして、送りだす。それがわたしたちの、朝の習慣になっている。


「レイちゃん、行ってきまぁす!」


「ん。」


朝から元気だなぁリオちゃん。どこからあんな元気が出るんだろ。

さて、無事に送りだしたことだし、エゴサして、いまから寝るかぁ。

 

 

 

 

「ねぇレイちゃん、あなたお姉ちゃんでしょう?」


わたしを叱る声が聞こえる。


「うん……。」


「お姉ちゃんは、しっかりしなきゃダメ。」


理不尽だ。生まれるのが数分早かっただけなのに。


「だから、そんな男の子みたいなオモチャで遊んじゃいけません。」


なんで? わたしは……レイは、すきなもので、あそびたいだけなのに。


でも、そっか。おねえちゃんは、そんなこといっちゃ、いけないんだ。


「レイちゃんが あそばないなら、リオにちょーらい!」


「リオちゃんは……まぁ仕方ないかなぁ。はい。」


「やったぁ! リオの〜!」


どぉして? レイのなのに。リオはどぉしていいの?


がまんしなきゃ。リオが、いもうとが、ほしいっていってるんだから。


「レイちゃん、おかーさん、いっちゃったねぇ。はい!」


リオがかえしてくれた。


「リオはねぇ、レイちゃんと あそんでるのが、いちばんすき! レイちゃんが、たのしそーに おはなししてるの みるの うれしいもん!」


リオ、……リオちゃん。

 

 

 

 

——よく寝た。なんか懐かしい夢を見た気がする。あんまり覚えてないけど。

もともと寝起きがよくないのもあって、頭がぼんやりしている。もうちょっと……寝…………。


電話が鳴った。リオちゃんだ。

毎日、わたしが起きたかどうか確認するために、昼休みに電話をかけてくれる。


「レイちゃ、起きた?」


「うー……。」


「レイちゃーーーん、起きてーーー」


「うるさ……。」


思わず文句を言う。


「レイちゃん、もう昼! 昼だよ! 起きて、起きて! 起きるんだレイ!!」


「んんっ……! 起っ……き、る!!」


あまりのしつこさに電話を切ろうかと思いつつ起きた。昔から、この妹は元気で、おせっかいだ。


「はーい、おはよー、レイちゃん。」


「………………。」


リオちゃんと違って、寝起きはだれとも話す気にならない。そのことを向こうもよく分かっているからか、そのまま「お疲れさま。じゃあ切るね!」と言って電話を切られた。


お昼。またそのまま寝そうになったけど、エゴサして、冷蔵庫のお弁当をチンして食べて、また作業を再開する。

あ、upd8からメール来てたから返信しとこっと。本業のほうも依頼来てたっけ? あとは休憩がてら動画のネタ探ししてぇ、やるって決まったネタの台本書くでしょー。で、エゴサしてー、昨日のやつの編集も手直しもするでしょー、それからー……。


ピコン!


リオちゃんから、そろそろ帰ることを伝えるLIN○が来て、もう夕方だと気付いた。

夕飯は基本的に一緒に食べることになってる。作業にキリつけて待つかぁ。


あ、積みゲー。1ヶ月も積んでるから今日こそやろうって思ってたのに……まぁ、いっか。

最近全然リオちゃんとも遊んでない気がする。お互い忙しくなったもんなぁ。

 

 

 


リビングで風呂上がりのカルピスを飲んでたら、玄関から音がした。


「たらいまぁ。」


「んー。」


「お、レイちゃんリビングいんのめずらしー。」


「ちょうど風呂上がって……ってリオちゃん、手洗ったら拭いてってば。」


「はぁーい。」


他愛のないやり取りをしながら、2人でリビングのソファに座る。


「今日なに買ったの?」


リオちゃんが買ってきた、セブン○レブンの袋を指差す。今日はねぇ、わたしはラーメンの気分なんだよなぁ。


「なんとなく今日はラーメンの気分かなって。」


こういうときだけ、双子だなぁと感じる。

温めて、それぞれに食べ始める。うま。さすがセ○ン。


「レイちゃんさ、」


一味のキャップに苦戦しながら、リオちゃんが喋り始めた。


「私がさぁ、仕事辞めるって言ったらどうする?」


一瞬、耳を疑う。好きで就いた仕事なのに、辞める、って……


「なんで? 辞めるの?」


疑問が口を突いた。ようやくキャップを外せたリオちゃんは、ラーメンに一味をかけてから、一旦その手を止める。


「んー、うん。YouTubeも収益化条件とっくにそろってんじゃん? だから収益化したら辞めよっかなって。」


様子をうかがうようにこちらをチラッと見られた。


YouTubeから連絡が来ないとなんともなぁ。」


「でもなぁレイちゃん、会社は急には辞められないんや! upd8にも入って、さすがにさぁ忙しくなってきたし、収益化したらもっと忙しくなるでしょ?」


「でもさぁ……、」


煮え切らない気持ちがもたげる。

将来的なことを考えたら、リオちゃんが言っていることは正しい。でも……、

お金のこと。編集技術のこと。そして何より、好きで始めた仕事をリオちゃんが辞めると言っていること。


「私がレイちゃんの手伝いすればさ、動画もいっぱい上げれるし、お金も入ることない?」


「リオちゃんに手伝ってもらってもなぁ……。」


つい、意地の悪い言い方をしてしまう。ケンカになることは分かってるのに。


「なぁにそれ。少しでもさぁ、楽になればいいじゃん!」


「リオちゃんが手伝わなくてもさぁ、わたし1人でもさぁ全然出来るし!」


「そうかもしれないけど、レイちゃん最近全然好きなこと出来てないじゃん!」


「……っ!」


意外なことを言われてびっくりしてしまい、口をつぐむ。

リオちゃんは、言葉を選びながら、ぽつりぽつりと続きを話し始めた。


「……今日から、私もがんばるからさぁ。」

「今はバーチャルYouTuberが一番楽しいなって思うけど、それもレイちゃんがいないとやってこれなかったじゃん。」

「だからさぁレイちゃんにもさ、好きなことしててほしいんだ。」


そう言ってヘラっと笑う顔を見て、


「好きなこと話してるレイちゃんがさ、私、一番大好きなんだよねぇ。」


なんとなく、なぜか思い出せないけど、懐かしい気持ちになった。

 

 

 

 

収益化のメドもついて、レイちゃんから仕事を辞める許可をもらってから、できるだけ動画に参加しようと思っていろいろやっていた。

仕事の合間にネタ探ししたり、バーチャルYouTuber関連のメールの返事をしたり。

編集も独学でやろっかなって本買ったけど、それはよくわかんなくて放置してる。レイちゃんも「仕事辞めたらでいいよ」って言ってたしなぁ。でもホントにいいのかなぁ……。


企画会議にも色々出したけど、結局ほとんどボツ。唯一、P.T.だけは私の希望で押し切った。やってみたかったんだよねぇ、ホラー。


そうこうしているうちに、7月3日。ついにYouTubeから収益化の連絡が来た。マネー! マネーェェェ!!

ごちそう頼んだり、好きなものを買いに行ったりとぜいたくに1日を……あ。大事なこと忘れてた。


「レイちゃん、レイちゃん。」


こういうことはレイちゃんに聞くのが一番だ。


「なぁにリオちゃん。」


「仕事辞める言い訳どうしよ?」


「あぁ、それならさぁ——」

 

 

 


出勤。いつも通り仕事を始めた。

午前中の仕事がある程度終わり、昼休みに差し掛かる頃を狙って、上司に声をかける。


「部長、お仕事中失礼いたします。」


「ん。あぁ、何。」


機嫌が良いようで、珍しくすんなりと応じてくれた上司を目の前に、レイちゃんに言われたことを思い出す。えーっと、なんだっけ? 確かあの時……。


『ありがちなのは、「姉が病気でキトクになってしまい、しばらくメンドーを見なければならないので、仕事を辞めます。」かなぁ。』


『え、もっかい言って?』


『わたしが病気で具合悪いことにしてさぁ、リオちゃんがお世話してくれることになったみたいな。分かんなきゃキーワードだけ覚えてればいんじゃね?』


みたいな感じだったっけ。そうだ、キーワードをメモっておいたんだった。


キトク、姉、メンドー。オッケー、思い出した。

上司に向き直り、事情を説明する。


「奇特な姉が面倒くさいので仕事を辞めます。」


「……おめがさん、ちょっと、あっちで話そっか。」


なぜか別室で話すことになった。

 

 

 


半分以上説教と説得を受けながら、何とかきちんと説明し、事情が事情なだけに3週間で辞めることを了解してもらえた。

良かった、これでレイちゃんのことも手伝えるし、動画にも集中できる。ちょっと胸が痛いけど。


3週間、引き継ぎをしながら、周りにもそれとなく事情を説明しながら、そして何よりも動画投稿に力を入れて過ごした。

ネタもいっぱい考えた。うんちのモデリング案が通ったから、調子に乗ってリアルうんちの3Dスキャンを提案したらめちゃくちゃ怒られた。


いつまでも忙しそうなレイちゃんに、何度か、編集を手伝おうかって、提案もした。

でもそのたびにレイちゃんに、


「べつにいいよ。仕事忙しいでしょ。」


と言って、断わられた。

 

 

 

 

最近のリオちゃんは、ちょっと心配になるくらいがんばってる。

いい大人なんだし、心配するほどでもないかもしれない。でも姉として、妹のことは気にかけなきゃなって。一応。


「ねぇレイちゃん、やっぱりさ、忙しそうじゃん。編集教えてよ。」


「仕事辞めてからでもいいってば。」


「でもさぁ、昨日もカップヘッドだったし、そういう長いやつの編集毎回大変そうじゃん。なんか手伝えることない?」


いつもこの調子だ。

家でもなにか手が空くと、「手伝おうか」と声をかけてくれる。前まで、わたしが1人で作業していても、1人でポケ○ンやったりベッドで寝てたりして好きに過ごしてたリオちゃんが。


「いいって。ぜんぶレイがやるから。……あっww」


しまった。編集で動画観すぎたかな……ふだんの生活で一人称自分の名前とか、恥ずかし……。

まぁリオちゃんも笑ってくれるでしょ。編集の話もそれでお流れになるだろうし。


「……レイちゃんさぁいっつもそうじゃん。」


そうはいかなかった。


「えっなに?」


「いっつもそうやって1人で無理してさぁ。確かに私じゃ頼りないかもしれないけど、もうちょっと頼ってくれてもよくない?」


「いや、ホントに1人でだいじょうぶだよ? あと1週間でしょ?」


「でも……!」


粘るリオちゃんにどうやって説得するか考えてしまう。


「レ、……わたしはお姉ちゃんだからさぁ、だいじょうぶだから。ほら、早く風呂入って寝、」


「お姉ちゃんなんて思ったことない!!」


急に大きな声を出すリオちゃんにびっくりして手が止まる。

えっ、リオちゃんってそんな大声出す子だっけ……というか何にそんな怒って、


「……レイちゃ、のこと、お姉ちゃん、なんて、思ったことないし、」


え、リオちゃん、泣いてる?

ふと振り返ると目が合った。泣いてる。


「そりゃさ、……いちおー、Twitterとか……だとっ、姉、とか言ってるけど、だっ……て、双子じゃん……!」


目をそらさずに、必死に訴えかけてくる。


「……ちょっと、トイレで頭冷やしてくるわ。おっきい声出してごめん。」


そう言い残して、リオちゃんは部屋を出た。

さすがに、そのままにしておくのは気がひけるので、少し間を置いてトイレに向かう。


リオちゃんは、トイレの中で歌っていた。これはあれだ、前にソロで歌ってみた出してた、『シルエット』だ。

途中まで鼻歌だったけれど、次第に小声で歌い出す。


「覚えて、ないことも……たくさん、あったけど……ぉ〜お……」


トイレのドアに背中を預けて、しばらく聴いていた。

何か気持ちを落ち着けるとき、それから盛り上げるときとかに、わたしたちはよく歌を歌う。今も、たぶんそういう気分なのかなぁ。


「リオちゃーん……。」


最後まで歌い終わったタイミングを見計らい、軽くノックをする。


「……、レイちゃん、ごめんねぇ。」


リオちゃんに先に謝られてしまった。

でも、わたしが悪かったんだよね。リオちゃんを妹扱いして、子ども扱いしてた。

ぜんぜん違うのに。わたしたち、双子なのに。


「わたしのほうこそさぁ、ごめんね。」

「これからは、リオちゃんにもバンバン頼ってさ、動画編集とかもさぁ、やってもらおうと思ってるから。」


「……うん。ありがとぉ。」


怒っても泣いてもない、落ち着いた声だ。むしろ感謝するのはわたしのほうなんだけどなぁ。


「じゃあさぁ、もう出てきてよ。」


今日のところは、これで仲直りってとこかな。よかったよかっ


「今、うんこしてる。」


「うんこしてんの!?www」


予想外の答えに吹き出してしまった。


「のんきなやつだなぁあんた!www」


「「wwwwwwwwwwww」」


こうして今日は平和に終わった。ちなみに、この泣いたエピソードはヨルタマリで暴露した。

 

 

 


しばらくして、リオちゃんの退職の日がやってきた。

送別会で飲んで帰ることは聞いていたから、しばらく待っていると、玄関のドアが開く。


「おっかえり〜。結構早かったじゃ、うわっ、」


「レイちゃ〜ん。」


酔った勢いで抱き着かれて、支えきれず壁にもたれかかる。1人で歩けないくらい飲んじゃったの?


「ちょ、自分で歩け!」


「ん、ちょっとフラフラするかもぉ。レイちゃん大好きぃ。」


「もー、はいはい……。」


今日くらいはしょーがないか、と、甘えられるまま、軽く抱き返した。今日まで、本当によく頑張ったもんねぇ。

リオちゃんは、そのまま話を続ける。まるで顔を見せたくないみたいに。


「レイちゃん、大好きだよ。いっつもさ、ありがとぉね。心配もしてくれて、やりたいこともさせてくれてさぁ。」


いつになく声が真面目だ。


「たくさんさぁ、我慢してくれたよね。毎日、家で待っててくれて、ありがとぉ。」


そういえば、顔はよく見えないけど、酔っ払いほど耳は赤くない。こいつ、ホントは酔ってないな?


「急に仕事辞めるって言ってさ、不安にさせてごめんね。」


酔いにかまけたフリをして、泣く子をあやすように語りかけてくる。


「だからね、レイちゃん、」


ああ、そっか。顔を見せたくないんじゃない。


「そのまま、泣いてていいよ。」


顔を、見ないでいてくれてるんだ。


どうしよ、何か返さなきゃ。何か、何か言ってあげなきゃ。


「リオちゃん、」


「うん。なぁに、レイちゃん。」


大好き、ありがとう、ごめんね。全部言ってくれた。でも胸が詰まって出てこない。代わりに、ぎゅっと抱き返す。

もういいや。全部全部伝わってしまえ。どうせ、リオちゃんにはお見通しなんでしょ。


「——うん。」


何を了解したか分からないけど、きっと、たぶん、伝わった。

猫の耳を撫でるように、ぴょこぴょこを触られる。ゆっくりと、わたしから離れながら、リオちゃんは口を開く。


「……レイちゃん、私——」


ン゙ン゙、という軽い咳払いが聞こえる。


「リオはさぁ、」


両手を広げて、いつもの、撮影用の声で、


「レイちゃんとさ、楽しいこといーっぱいできたらなって、思ってるよ。」


それは、宣言だ。普段自分からは言いださないリオちゃんが、仕事を辞めてまでしたかったこと。


「——うん、いーっぱい、楽しいことやろう……!」

 

 

 


そのあとわたしは、ツイッターのbioを変えた。

リオと一緒に楽しむ。これからもずっと。