zer0-san3’s blog

zer0-san3.hatenablog.comの漢字かな混じり墨字文バージョン。

アイスクリーム色の空。

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※Pixivよりもこちらの方が読みやすい方用です。イラスト:しびとにゃんさん(@SibitoF)

 

「あ、」

 

ふと、空を見上げて、思い出す。

 

「空、アイスクリームみたい!」

 

あのとき、誰かが言ってくれた言葉を。

 

 


「おはよぉ、レイちゃん。」

 

「……。」

 

寝起きのレイちゃんに声をかけたけど、まだ眠そうで返事がない。昨日も遅くまで頑張ってたもんねぇ。


ごはんを軽く作って、レイちゃんが来るのを待つ。いつもなら、作り終わる前には廊下に出てくるはずなのに、なかなか部屋から出てこない。

 

「レイちゃーん、ご飯はー?」

 

声をかけて部屋のドアを開けると、そこには作業してるレイちゃんがいた。

 

「んー……、あとで……。」

 

眠そうな目をこすりながら、画面とにらめっこしてる。

 

「あとで、ってあんた……。」

 

「それよりさぁリオちゃん、ちょっと買ってきてほしいものがあるんだけど。」

 

 


空を見上げる。雨が降り出しそうなくもり空だ。起きたときは雲ひとつない快晴で、真っ青だったのに。

買い物メモには、動画用のプラスチックコップとかが書いてある。いつものスーパーに寄って、適当に選んでかごに入れた。ついでに晩御飯用の食材も買い込んで、少し重い買い物袋を提げながら歩き始める。

 

レイちゃんは他の仕事や作業があるし、役割分担として仕方ないけど、ちょっとくらい外に出てくれたっていいのにな。あの人はときどき、私のことなんてお構いなしに色々決めて、進めていく。見向きもしないこともある。

……胸に隙間が空いたような気持ちになって、そこにモヤモヤが立ち込めた。
おつかいリストとレシートをにらめっこさせて、買ったものの確認をする。おつりは725円。よし、あいつのマネーでアイスでも買って帰ろっと。あいつの、というか、おめシス経費だけど。あとで返しときゃバレないでしょ。今月は私も他に買ったし。

 

 


「ただいまぁ。」

 

帰ってすぐドアを開け、自分の部屋に入る。

 

「おかえりー。そこ置いといて。」

 

振り向きもせずに机を指差して、その手はまた作業へと戻っていく。

カチカチ。カタカタ。無機質な音が響いて、胸の内がスッと冷たくなった。
どうしてなのか分からない。いつも通り作業頑張ってくれてんだから、手伝ってあげるくらいすべきなのかもしんない。なのに。

 

なんとなく沈む気分の中で、真剣に画面と向き合うレイちゃんを見る。あの顔を見せるのは、仕事のときだけだ。
食い入るように画面を見つめては、色々といじって、うんうんと確認している。マウス、ヘッドホン、キーボードとその手は忙しなく動く。

 

レイちゃんの器用な手が好き。仕事をしてる時の真剣な表情も好き。自分が仕事してた時にも真似しようと画面の前で頑張ったけど、できなかった。その手で、その頭で、魔法みたいに何でも創り出していく。
そして私は、それが魔法じゃないことも知ってる。

 

「あー、もぉ!」

 

独り言をつぶやきながら、それでもまっすぐに向き合うことができるレイちゃん。その姿を、いつも尊敬してた。その、はずだった。

 

「レイちゃんさぁ、ちょっとは休んだら? 昨日もやってたでしょ、それ。」

 

気を遣うつもりで、声をかける。

 

「や、昨日のは本業で、今日のはその……。」

 

「なぁにそれ。何やってんの?」

 

動画に使うやつなら見せてほしいなぁと思いながら、画面をのぞき込もうとする。

 

「いいから、あっち行って。」

 

よっぽど余裕がないみたいで、会話を止められた。モヤモヤが胸を刺して、ズキリと痛む。いつもの私なら、「ドッキリなのかな」とか、「忙しくてイライラしてるのかな」とか考えられるのに。

 

「……そ。いいや。もう知らない。」

 

わざとらしく、冷たく言い放って、自分のパソコンを立ち上げる。レイちゃんのほうを見ると、ヘッドホンをして、自分の世界に閉じこもってるみたいだった。少し期待してた自分の心を、唇と一緒にキュッと閉じて、パソコンの画面から、「World(ワールド)」のフォルダをクリックで開く。
どっか、ひとりになれる場所で、アイスでも食べてきちゃおっかなって。

 

 


コツ、コツ。カサ、カサ。靴音と、ビニール袋のこすれる音が校内に響く。廊下の緑色の床が、キュッと高い音を立てていて、ここがバーチャル空間なことを忘れちゃいそう。
透明声彩で撮影した階段を上る。柱を一つ越えて、決めた。ここにしよっと。
コントで使った教室の前に立つと、中から鼻歌が聴こえてきて、背筋がスッと凍る。
え……? だぁれ? ここには、私しかいないはずなのに。顔を上げて中を覗いてみる。窓際の一番後ろに、そこにいるはずのない人が、衣装じゃなく、昔ホントに着てた制服を着て座ってた。

 

なんで昔の制服着てんの? コスプレ? でもなんか、ちょっと顔も幼い気がする。遠くて、あっち向いてるから、よく見えないけど。ドッキリなのかな。でもそれにしてはよくできてんなぁ。
夢の中にでもいる気分でドアに手をかける。ガラ、と、見た目よりもずっと軽く、引き戸が開く。教室のセットの中にいるその人は、イヤホンで耳を塞いでて、こっちに気付かない。窓の外をぼんやりと眺めるその顔は、夕日に照らされて、血色がいい。ほんとにそこにいるんだって思った。

 

さっきまで、顔も合わせたくないって思ってたのに。もう知らない、って。でも、楽しく鼻歌を歌ってるはずのその横顔が、あんまり寂しそうに見えちゃったから。

 

「レイちゃん? どしたのこんなとこで。」

 

なるべく明るい感じでいこって意識して、声をかけた。何聴いてんだろう、何見てんだろう、そんで、何考えてんだろう。
青い髪がサラリと揺れて、ぱちりと目が合う。まばたきして、目を見開いて、それから不審者にでも会ったみたいな顔をして、

 

「誰……ですか。」

 

ゆっくりと口を開くその顔は、見慣れたいつものレイちゃんよりも、もっとずっと幼く見えた。中学の卒業アルバムに載ってたときの顔だった。

 

「誰、て……。」

 

誰ってなに? 知らないわけないでしょ、って言ってやりたかったけど、

 

「え? レイちゃん、だよね?」

 

ちょっとだけ違う顔つきに、あたふたする。何だか、懐かしい感じがした。
不気味に感じるところなのかもしんない。馴染みのある顔よりもずっと幼かったら、まぁ普通はぞわっとする。気持ち悪ってなる。
でもこのときは違かった。こっちをにらんでて、重く押し黙って口を結んで、それでもしゃんと座ってる。目の前の、姉のはずのその人が、こんなに気持ちだけをむき出してるのを初めて見た。

 

「そうですけど。誰なんですか。」

 

キッとにらみつけて、もう一度同じことを聞かれる。そりゃ、知らない人が自分の名前を知ってたら、警戒するよねぇ。

 

「とりあえず、アイスでも食べる? てか隣座ってい?」

 

言いながら、隣に座る。ほんとにレイちゃんなら、きっと人見知りだから、隣になんて座られたくなくて、でも座っちゃえば断り切れないと思って。自己紹介しようかとも思ったけど、さっきの寂しそうな顔が気になって、どうしても早く話を聞きたくなった。レイちゃんに、寂しそうな顔をしてほしくなかったから。

 

 


隣に座ってから、すぐには話してくれなかった。クリーム色のバニラアイスが日の光に照らされて、ちょっとずつ溶けてくのを眺めながら黙ってるのを見て、「私が先に食べちゃおっかなー、ん! これめっちゃおいしいよ、食べてみ?」なんて声をかけたら、ひとくち、ふたくちと食べ始めた。ほおばったアイスが、甘く甘く溶けていく。
それから、

 

「あの、リオちゃ、……妹もこれ、よく食べてて、」

 

と、ぽつりぽつりと話してくれた。

 

「あ、妹さんいるんだねぇ。どんな子なの?」

 

「妹、……妹はねぇ、なんか、やたらわたしに絡んできて、ちょっとウザい。めっちゃウザい。」

 

「ヴッ」

 

なんとなく、覚えがある。中学ぐらいの頃は、小学生の頃よりはくっつかなくなったけど、思春期特有の自意識に焦がされて、ちょっかいかけたりなんかしてた。それでも忙しそうなレイちゃんが心配で、どう声をかけていいか分からなかったりして。仲は悪くなかったけど、よく怒られて、ケンカしたっけなぁ。
ダメージをくらった私を不思議に思ったみたいで、きょとんとした顔でこっちを見られた。何でもないように話を続ける。

 

「妹さんと仲良いの?」

 

「昨日、めっちゃ喧嘩した。」

 

やっぱり。

 

「そうなんだ。なんで?」

 

「……。」

 

レイちゃんは、口をもちょもちょさせて、言いづらそうに唇を尖らせた。あの頃はケンカなんていつものことだったけど、やっぱり人に言うには言いづらいのかな。それとも、そんなに大ゲンカしたとか?

 

「言いづらいならさ、言わなくてもいいよ。言いたくなったら、いつでも聞くからさぁ。」

 

ほんとは、言いたいんだと思う。たぶん、寂しそうな顔をしてたのも、それのせいだし。

 

「あ、……。」

 

「うん?」

 

「わたしが夜中に作業してて、そしたら妹がトイレに起きてきて、」

 

「うん、うん、」

 

中学生なのに夜中まで作業してたんか、というツッコミはおいておく。散々、叱られてきたんだろうし、今はもう、そう言われるのが嫌いだって知ってるから。

 

「あんたこんな時間まで起きてたのって言われて、」

 

「あー、」

 

あの頃なら、やっぱ言うだろうねぇ。

 

「それでイラッとして……、」

 

「そんで、ケンカしちゃったの?」

 

「……。」

 

 


それからまた、しばらく黙っちゃった。
ケンカからちょっと時間が経ったから、頭が冷えてきたのかな。「ムカついたけど、自分もヤなこと言っちゃった」って思ったのかもしんない。

 

ゆっくりと日が落ちてくのを2人で見てた。溶けかけのアイスがシェイクみたいにゆるくなってく。

 

「ぬるくなっちゃうからさぁ、先にアイス食べよっか。」

 

レイちゃんは何も言わずに、こくりとうなずいて、そんで2人でアイスを食べた。液体なのか固体なのか分からないアイスの塊を、すするようにして。

 

 


食べ終わってもまだ、レイちゃんは喋らなかった。ちょっとうつむいたまま、困ったような顔をしてる。
1回黙っちゃうと、喋りづらいのかもしんない。雰囲気やわらげるためにも、ちょっとおどかしてみよ。そのほうが話しやすいだろうし。

 

前にヨルタマリで、今考えてんのと同じことやったっけ。あのときのレイちゃんの反応を思い出すと笑えてきちゃう。ダメだ笑っちゃ。

 

「レイちゃんさぁ、」

 

「……あの、さっきから思ってたんですけど、なんでわたしの名前——」

 

「いいから、ちょっとこっち見てみて。」

 

パッ、とレイちゃんが顔を上げるのに合わせて、私の頭が突然うんちゃんに変わる。

 

「え、えっ……!?」

 

目の前で起きたことが信じられないみたいで、目を丸くしてこっちを見てる。

 

「見て! 私はうんちの妖精☆ あなたの心に舞い降りたキューピットよ!」

 

いつも動画で使ってるふざけた声でおどけてみせると、レイちゃんは冷めた目で私を見た。

 

「は?」

 

意味不明な展開についていけないみたいで、ちょっとキレ気味に返事が来る。

 

「何やってんの……。」

 

レイちゃんがこっちに手を伸ばしてきた。そのまま、私の顔(うんちゃん)に触れる。

 

「何これ。マジック? すご……こんなのできるんだ。」

 

もちょもちょ、むにむに。すんごく興味深そうに、感触を確かめるように触って、くすっと笑った。

 

「ふふふw へんなの。」

 

くすくすと笑い続けるレイちゃんを見て、安心した。いつものレイちゃんだ。
私が変なことをすると、絶対笑ってくれる。あの頃から変わらない、いつものレイちゃん。
ちょっとは緊張解けたかなぁ。

 

「私があなたのお悩みを解決するわ☆」

 

ぱっ、とレイちゃんのほうへ身体を開いて手を広げる。モヤモヤしたことを、少しでも話してくれたらいいな。
さっきよりもずっと気が緩んできたのか、ヘラヘラと笑いながら、レイちゃんがこっちを指差す。

 

「とりあえず、それキモいからやめて、臭そうだし。」

 

「え、ひっど。」

 

せっかくおもちろいかなーって思ってやったのになー。まぁいいけど。
パッと顔を戻すと、おおー、とまたレイちゃんが声を上げた。あ、目が合った。
レイちゃんは気まずそうに目をそらして、机を眺めながら、独り言みたいに喋り始める。

 

 


「……悩んでるっていうかさ、」

 

「うん、」

 

「クラスにあんまり友達とか……、いなくて、」

 

つっかえながら、あんまり言いたくなさそうにレイちゃんが言った。ぽろぽろと言葉がこぼれ落ちる。

 

「うんうん、さびしいね。そんで?」

 

「帰ってもさぁ、……アニメ見たり、その、色々やったりしてて、」

 

ガンプラ作ったり?」

 

レイちゃんのことだからそーなんだろーなと思って声に出して、あっとなったタイミングでレイちゃんが顔を上げた。

 

「なんで分かんの?」

 

そりゃそーだ。初対面の人間がさぁ知ってたら怖すぎるよねぇ。
レイちゃんって昔からガンダムが好きだったなぁ。遊戯王も好きで、小さい頃は私もレイちゃんにつきあって、ルールも見よう見まねでやってみたっけ。仮面ライダーも好きだったな。デジモンとかも、私も隣で一緒に見てて……それも、小学生くらいで終わっちゃった。ポケモンは何だかんだ一緒に見てたけど。

 

「んー、なんとなく。」

 

昔のことをちょっと思い出して、懐かしくて、なんでか寂しい気持ちになる。

 

「お姉さんも、ガンプラ作る……んですか……?」

 

「んーん、うちの姉ちゃんがねぇ作るんだよね。」

 

ずっとレイちゃんの隣にいる気がしてた。そりゃちょっとは離れてたときあったけど、それ以外のときはなんだかんだ一緒にいて、なんでもじゃないけど、なんでも知ってる気でいた。

 

「そうなんだ……。お姉さんいるんだ。バカにされたりしないの?」

 

「うーん、色々あったかもしんないけど、」

 

たぶん、私はレイちゃんのことを思ってるよりもぜーんぜん知らない。今何をしてるのかも、何に悩んでるのかも。それでも、

 

「それでも、好きなものはさ、やっぱり好きなんだろうねぇ。」

 

「そっか……。」

 

レイちゃんは噛みしめるように話を聞いて、きゅっと手を握った。

 

 


「わたしさぁ、この前クラスの子にさ、『流行りのアニメ見てる?』って聞かれて、」

 

「うん、」

 

「『見てない。』って答えたらさぁ、『じゃあ何見てんの?』って聞かれてさ、」

 

「うんうん。」

 

「『ロボットアニメとか、特撮とか。』って答えたら、なんか……。」

 

また、口をもちょもちょして、喋りづらそうに黙った。

 

「ヤこと言われちゃったの?」

 

静かにうなずく。
夕闇に消えちゃいそうな震えた声で、レイちゃんがつぶやいた。

 

「なんかさぁ、……情けないよね。」

 

好きなことをバカにされて、それでも言い返せなくて。どうすればいいのかさぁ分かんなくなっちゃったんだろうなぁ。そんなの悔しいよね。

 

「家に帰っても、妹にさぁ趣味の話ばっかりしてさ、」

 

色んな気持ちが、レイちゃんをあの顔にさせる。あの、寂しそうな顔に。ごく、と喉が鳴るのが聞こえた。涙を飲み込んだのかもしんない。
代わりに、溢れ出る気持ちが言葉になって、早口で喋り出す。

 

「リオちゃんも話聞いてくれるけど楽しいのかどうか分かんないし、リオちゃんは友達多くてさぁだからやりたいことだっていっぱいあるのに、わたしが時間奪っちゃって、」

 

「レイちゃ、……。」

 

何か言ってあげたいのに。言葉を吐き出すレイちゃんを、ただ見てることしかできない。たくさんの感情がレイちゃんを突き動かしてて、スカートの膝のとこをきゅっと握るその手も、身体も震えてる。

 

「わたしはっ……、わたしはクラスに話せる人がいないわけじゃないけど、どう思われてるのか分かんなくて、」

 

泣きそうな気持ちをぐっと我慢してるのか、ちょっと震えた唇をゆっくりと開けて、

 

「も……、もう、もうさぁ、」

 

さっきよりも、ずっと強く、言葉と心が戦ってるのが見えた。言いたいことを噛み殺しては飲み込んで、吐き出そうとして、発作みたいに口をぱくぱくさせてる。
でも、それもほんの一瞬で。

 

「リオちゃんと縁切ったほうがいいのかなって。」

 

「え、」

 

 


しん、と静かになった教室が、少し暗くなる。夕日に雲がかかって、レイちゃんの表情も見えなくなった。

 

「は? なんでっ……、」

 

喉の奥が詰まって、勢いよく声が出る。でもその先が続かない。
なんで? そういうことじゃなくない? 私がレイちゃんの話聞き続けてるのと、友達とうまくいってないのと、私と縁切るのは何もつながらないじゃん。どうして?

 

「だ、だってさぁ、もう、そうするしかないじゃん。……リオちゃんの、妹の邪魔して、そんなんだったらさぁ、趣味やめるか、……妹と縁切ってさぁ、わたし1人で……。」

 

雲が陰って、どんどんレイちゃんの顔が見えなくなってく。何を言ってるのか自分でもよく分かんない感じで、独り言のように話し続けて、行き止まりだらけの迷路で立ち止まったみたいに、言葉を探してる。

 

「あのさ、」

 

困って次の言葉が出てこないレイちゃんの代わりに、私は口を開く。
レイちゃん、

 

「1人で決めちゃダメだよ。」

 

ひとりにならないで。勝手にどっか行かないで。そこに出口はないんだよ、置いてかないでよ。

 

「ねぇ、こっち向いて。」

 

「……。」

 

夕日も少し沈んで、相変わらずレイちゃんの顔は見えない。泣いてんのかもしんない、それでも、ゆっくり顔を上げてこっちを見てくれるのを、待つ。

 

「あのねぇ、レイちゃん。ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど。」

 

たぶん、うなずいた気がする。薄暗い中で、こっちを見てじっと次の言葉を待ってるのは分かった。

 

「ごめんねぇ。」

 

まだ言いたかったことがあったんだろうに、途切れさせちゃったのを謝って、本題に入る。

 

「私もさぁ、さっき言ったみたいに姉ちゃんがいてさ。ガンダムとか、特撮とか、遊戯王とかさぁ好きなんだけど。」

 

そこからは、今のレイちゃんとの話をした。
一緒に2人で暮らしてること。仕事も2人でやっていて、遊ぶのも2人でか、友達と一緒なことが多いこと。
姉は話し出すと止まらなくて、趣味に対する金遣いも荒いこと。

 

「好きなことには真っ直ぐなんだよね。そんでさぁ、そーゆーとこほんとすごいなぁって思っててさ、でも、」

 

ふいに、ここに来る前に感じてたモヤモヤを思い出す。
「でも」という言葉に、レイちゃんがぴくりと反応したように見えた。大丈夫だよ、って意味を込めて、声のトーンを落とした。

 

「……でもさぁ、やっぱり、見向きもされないのが一番寂しいんだと思うんだ。結局、一緒に好きなことしたいんだよ。だってなんだかんだ言って、姉ちゃんだもん。」

 

あの頃きっとこんな風に悩んでたんだってことと、今も全然変わらないレイちゃんを重ねて、私の方が泣きそうになる。
そっか。結局、私も、寂しかったんだよなぁ。

 

「ねぇ、レイちゃん。」

 

さっき食べたアイスの、口に残った曖昧な味を飲み込んで、改めて、レイちゃんのほうに向き直った。

 

「1人で白黒つけるほどさぁ思い悩まないでよ。」

 

ちょっと声が震えてたかもしんない。それでも、レイちゃんを不安にさせたくなくて、ぎこちなくヘラっと笑ってみせる。

 

「……でも、じゃあ、どうすればいいのかわかんないよ。」

 

絞りだしたみたいなレイちゃんの声が、秋の夕方の澄んだ空気に響いた。表情は分かんない。でもたぶん、泣いてる。

 

「一緒にさ、好きなことしてあげてよ。どっか遊びに行ったりとかさ。それで怒るような子じゃないでしょ?」

 

「でもっ……でもさぁ、気遣わせたりっ、嘘かもしれないじゃんそんなんさぁ、だって……。」

 

「大丈夫だって。嫌なことはたぶん、嫌って言うから。嫌だって言われたら、やめたげればいいしさぁ。」

 

「でも、……。」

 

返す言葉がなくなったのか、唇をぐっと噛んで、言葉を探してるみたいだった。

 

「きっとさ、姉ちゃんと、もっといっぱい話したいんだと思うんだよねぇ、ほんとは。友達と遊ぶのも楽しいけどさぁ。」


あの頃ずっと、レイちゃんとは別のクラスだったし、休みの日も向こうは作業でこっちは友達と遊び歩いてて。学校終わって家帰ってから話したりしてたけど、あんまちゃんと聞いてなかったなぁ。

 

「好きなことの話もさぁ、いっぱいしてあげてよ。そんで、今思ってることもさ、言っちゃえばいいじゃん。」

 

嫌なこととか、つらいこととかも話してほしかった。喋るとずっと趣味の話しかしない人だったから気付かなかったけど、色々、悩んでたんだねぇ。

 

「だからさ、」

 

手を握れるくらいの距離まで近付いて、じっとレイちゃんの目を見る。やっぱり、泣いてた。

 

「あなたを一番信じてくれる人を、いっちばん信じてあげて。」

 

手と手が、触れる。レイちゃんが、ハッと我に返ったように、目をぬぐった。空いた片方の手を取って、両手で握る。

お互いに、寂しかったのかなぁ。ほんとは見てほしくて、聞いてほしくて。そんなこと言わなきゃ分かんないのに、すれ違って。

 

「……ほんとは、」

 

うつむいたまま、レイちゃんは喋り始めた。ぽたぽたと涙が手の甲に落ちて、言葉とともに流れてく。

 

「クラスの人にバカになんかされてなくて、でもやっぱりどう思ってるか不安で、自信がなくて、……。」

 

「それは、みんながってこと?」

 

「うん。」

 

「でもさー、それはわかんないよ。人がどう思ってるかなんて、聞いてみなきゃさぁ。」

 

「……。」

 

言葉に詰まったレイちゃんが、手で口元を抑えて、考え込んだ。

 

「喋ってみなきゃさ、分かんないよ。無理に友達作ろうとか思わなくていいからさ。それでなんか言われたらさぁ家で愚痴聞くから。」

 

まっすぐにレイちゃんを見つめる。それに応えるように、レイちゃんが見つめ返してくれる。

 

「だからさ、好きなものは好きなままでいて。」

 

澄んだ青い瞳の中に、光が戻るのが見えた。

 

 


「あっ、そういえばさー、アイスもう1つ買ってきたんだけど食べる?」

 

コンビニのビニール袋の中から、もうひとつバニラのアイスを取り出してみる。
レイちゃんはごしごしと涙をふいて、ぷっと吹き出した。

 

「さっき食べたじゃん!w
 どんだけあんのwww」

 

「いーじゃんいーじゃん、だーいじょうぶだって。」

 

「えー、でも怒られちゃうよ。」

 

「誰に?」

 

「お母さんに……。」

 

「いーの、バレなきゃいーの!」

 

「なにそれwww」

 

ニシシと笑うと、レイちゃんも笑う。懐かしくて、でもやっぱり夢みたいだなって。
アイスを渡して蓋を開けると、中身が溶けてゆるくなってた。

 

「ねぇ! ちょっと溶けてんじゃんwww」

 

「あー、結構時間経ってたもんねぇwww」

 

「もーwww」

 

あぁ、やっぱりレイちゃんなんだなぁ。でも、……これは本物じゃない。レイちゃんが、家で待ってる。

 

「これ食べたら私も帰ろっかな。」

 

「えっ?」

 

「家帰んないと。姉ちゃん待ってっし。」

 

「そっか……。」

 

「そっちもさぁ、早く帰ってあげて。妹さん、早く喋りたくて待ってるから。」

 

「……うん、そうだね。」

 

そう、はにかんだレイちゃんのスプーンが、ちょっと光って見えた。反射したその先を見ると、1つ、ぽつんと星が輝いてる。

 

「あっ、めっちゃ星キレイだねぇ!」

 

「えっ、あっほんとだー! 一番星!」

 

「あのー、あのさぁ、空もめっちゃキレイだよねぇ。なんか今食べてるアイスみたいじゃない?」

 

「え、どこが?」

 

「あのなんかさぁ、間のとこ! 途中のさぁ!」

 

青空と夕焼けの間の、優しい黄色というか、クリーム色をしたところを指差して、一生懸命伝える。

 

「えー? どれ? 分かんないけろ。」

 

「なんかさー、ほら、そこ! 見てほら! よく目をこしらえて!」

 

「目をこしらえてって何www」

 

「あーあ、アイス食べたくなっちゃったぁ。」

 

「今食べてるでしょ!www」

 

「そーだったわwww」

 

溶けたアイスをスプーンですくって、食べながら夕焼けを見て、ずっと喋ってた。あの頃もこんなふうに笑いあえたらよかったなぁ、なんて。

食べ終わると、レイちゃんはゆっくり立ち上がる。

 

「ごちそうさまでした。じゃあ、もう帰るね。なんかあの、……ホントに、ありがとうございました。」

 

「なにそれw」

 

急に敬語になるレイちゃんに、律儀だなぁと思ってくすっと笑う。
でも、ほんとにお礼を言いたいのは私の方なんだよなぁ。

 

「いいよべつに。こっちこそ、ありがとぉ。」

 

「え?」

 

「レイちゃんのことがさ、聞けてよかったなって。そんでさ、」

 

なんでモヤモヤしてたのかも分かってよかった。そういうことを言おうとして、なんて言おっかなと考える。

 

「あの…… リオちゃん?」

 

「へっ?」

 

「あ、いや、そんな気が…… なんでもない、ごめんなさい。帰る。」

 

「……うん、気を付けてね。」

 

「はぁい。」

 

ドアの方に向かうレイちゃんに、手を振る。きっともうこのレイちゃんには会えないけど、また会える気もした。

ドアを開ける。夕方の暗闇の中、その向こうに消えてく、ように見えた。

 

「またね。」

 

 


ゴミを持って、教室のセットから出る。秋って日が沈むの早いねぇ。

 

「リオちゃん!」

 

自分たちの編集部屋に帰ると、いきなりレイちゃんの声がした。

 

「はぁい、ただいまレイちゃん。」

 

焦った感じのレイちゃんに、のんきに返事する。

 

「どこ行ったのかと思ったぁ、また撮影セットん中いたの!?」

 

「だってやることないじゃん。」

 

「いやそうじゃなくて、これ! なに!?」

 

デカめの声で叱るレイちゃんの指差すほうを見ると、アイス食べに行く前に残した書き置きがあった。

 

『いつか帰ります。💩』

 

「せめて場所と時間くらいはさぁ!」

 

「いやあのさぁ、こんなんで心配する? 普通w」

 

「あんたねぇ……。」

 

呆れた感じで言い返すレイちゃんに、少し嬉しくなる。そんなに心配してくれてたの?

 

「ごめんって。レイちゃんごめんね。」

 

「いいけど……、一応さ、何があるか分かんないから、次は言ってね。」

 

「はぁい。でもなーんかさぁ、レイちゃん忙しそうだったからさぁ。」

 

「ヴッ」

 

「結局あれ、何やってたの?」

 

「あれは、あの……、誕生日の。」

 

「誕生日? 生前葬のやつ? ドッキリ的な? だったらいいや。」

 

「いや、それとはべつで、あのー…… 誕生日ケーキ、を、」

 

「ケーキ!? うそ!」

 

「バーチャルで。」

 

「バーチャルかよ!」

 

「いやぁわたしケーキは作れないからぁ、そんでさぁ今年はリオちゃんがケーキ選ぶ番じゃん? でもさぁ自分でもなんかしてみたいなって思ってぇ、」

 

「なぁにそれw 動画に出すの?」

 

「え? いや、出さないよ?」

 

「えっじゃあ何のために、」

 

「一緒に写真とか撮ったら、かわいいかなーって。」

 

「ええー……www」

 

今度はこっちが呆れて、笑ってしまう。そのためにあんな徹夜してたの?

 

「じゃあさぁレイちゃん、ちょっと今から散歩しよ。」

 

「え、やだ。」

 

「いーから。行きたいとこあんの。」

 

「今じゃなきゃダメ?」

 

「だぁめ。ちょっとついてきてくれればいーから。」

 

「はぁい……。」

 

しぶしぶついてくるレイちゃんを引きずって、私たちは家を出た。

 

 


「ねぇどこ行くの?」

 

「ケーキ屋さん。」

 

「それわたし行く必要ある?」

 

「たまにはさぁ、外に出なきゃ。」

 

「えー……。」

 

「えー、じゃないの! この引きこもりが。絶対来てよかったって思うから。」

 

「え? なんで?」

 

「ついてからのお楽しみ。」

 

「ちょ、ちょんなぁ〜!」

 

「すっごwww すっごい震えるねぇ!www」

 

いつも通り、笑いながら、すっかり暗くなりそうな道を歩いてく。家からは見えた夕焼けも、ほとんど沈んでた。
開けた場所に来た。ちょっと大きな川の橋の上を、歩く。

 

「あ、」

 

レイちゃんが、口を開く。

 

「空、アイスクリームみたい!」

 

びっくりして、言葉に詰まった。その言い回し、どこで?

 

「なんかさぁ、昔誰かが言ってたんだよねぇ。誰だったか忘れたけど、今意味わかった!」

 

キラキラした無邪気な笑顔で、ビルとビルの隙間に伸びる川の向こうの、空の色が混ざり合うところを指して、せがむように腕を引っ張る。

 

「アイス食べたくなっちゃうねぇ。」

 

レイちゃんが、ポツリと言う。

 

「さっき食べたでしょ。」

 

「は? 食べてないよ?」

 

「あっ、」

 

やっべ。

 

「リオちゃんさぁ……、さっきわたしに内緒でアイス食べた?」

 

「あ、レイちゃんあとちょっとでケーキ屋さん閉まっちゃうって! 早く!」

 

「ちょっとぉお!!」

 

「それ、流行んねーから。」

 

笑いながら、ケーキを頼んだお店に向かう。今年は、実はガンダムのキャラデコケーキを予約したんだよねぇ。レイちゃんには、着くまで内緒だけど。

曖昧な、薄暗がりの中でも、2人なら怖くない。道を見失っても、君がいるから。