zer0-san3’s blog

zer0-san3.hatenablog.comの漢字かな混じり墨字文バージョン。

おめシス『砂の惑星』感想

 こんにちは、ゼロサンです。

 今回は、先日おめシスさんが上げた『砂の惑星』 の歌ってみたについて、想いが溢れてしまいましたので、簡単に記事にしていきたいと思います。

 

 

※この文章は、曲を聴きながら勢いで書いているため、脈絡のない場面があるかもしれません。洗練されていない、散文、乱文です。

 

サムネ

 サムネの時点で、すごく好きです。何なんですかその、まっすぐ見つめる、朴訥でまっすぐな瞳は。そういう原曲リスペクトをされるとオタクは死ぬ。地味に、手前の砂埃も原曲のサムネと同じ形をしていて、芸が細かいな、とも感じました。砂漠の中にたたずんで風になびく髪が美しい。リオちゃんのツインテがなびくのは動画中でもよく見ますが、今回のサムネの髪はまた違った良さがあります。レイちゃんのショートボブがなびくのも良い。『白日』から変わった見た目のテクスチャが、 砂漠でのライティングとよく合っていて、サムネ全体で見てもクオリティが高く、「動画の顔」 としての役割を凛と果たしており、動画に対する意識の高さをここでも見せつけられました。

 

選曲

 二人で歌うことで、リオちゃんの長所としての低音が生きる上、普段聴くことのない貴重なレイちゃんの低音を聴くことが出来るという点でも最高です。二人とも、音域の化け物。「これまで歌ってきたボカロに戻ってきた」 という考え方もできるし、それでもパワーアップしたうえで、また何か違う趣向を凝らそうとしている様を見ることが出来て、ワクワクが止まりません。何故、今、『砂の惑星』なのか。これだけ多くの解釈幅を見せるハチさんのこの曲を、なぜ歌うのか。我々は、おめシスの掌の上で転がされているのではないか? とすら思います。「心残り、残さないように」。

 

MV

 最初、見たことないくらいダルそうな(?)雰囲気からの「わーお」のレイちゃんかわいすぎないですか。二回連続でやるな。あと、途中、二人で同じことをしているシーンなのに動きに違いがあるの好きすぎる。揺れるレイちゃん、 やはり二人で横並びで歌っていたときの横揺れの名残を感じられて とても好きになる(既に好き)。「この井戸が枯れる前に早く~」 のリオちゃん、普段を知っていても尚伝わってくる歌詞通りの想い。女優・ おめがリオ、顔の造形もよければそれを生かす術も完璧すぎる。と思えば基本的な動きはいつも知ってる「リオちゃん」なんだよなぁ。死を匂わせるモチーフを散りばめた中での写真はエモい。その宇宙船みたいなやつ、モンスターボールみたいにパカッて開くんだと思ったら何でサザエさんのアレみたいに真っ二つに割れて開くんですか。何でリンゴの木っつってるのにリンゴの木植えないの???? 「ハッピーバースデイ」なのに死んでしまったレイちゃんで、生前葬を思わせるような表現もあり、何か意味があるのかとも思っています。てかなんでレイちゃん死んでんの。ああ、泣いたったのリオちゃん……。可愛いねぇ……。「あっち行け、飛んで行っちまえ」みたいな動きも可愛いなぁ。最初レイちゃん一人だったのが、最後はリオちゃん一人で終わるのには、どんな意味があるんだろうか。色々、考察班が捗りそうなMVでした。

 

歌声

 まずはリオちゃん。コーラス頑張ってるのがめちゃくちゃ好きです。「立ち入り禁止の札で満ちた」の「ふだぁぁで満ちた」のところ、一瞬の溜めからの瞬発的ビブラートが歌としての芸術点が高すぎて心が波打ちます。そして「ラップのセンスがある」と言われただけあって、こうしたリズム感が難しくも気持ちいい曲が最高に似合う。そんなテンポの良い曲でも崩れない、圧倒的安定感のある色っぽい歌声。それから、「思い出は電子音」の「電子音」できちんと加工しているところ、これまでのおめシスにはなかった表現でゾワッと鳥肌立ちました。また新たな技を取り入れてくるなんて、どこまで進化すれば気が済むんだ。

 レイちゃんも、コーラスひとつ取っても可愛すぎる。「わーお」じゃないんですね。何でオケじゃないのそこ。曲歌ってる最中に何度も出て来るの胸が苦しいんですが。「天空の城まで僕らを導いてくれ」のレイちゃんの「僕らを」 のお姉ちゃん感やばない? 分かれ? 「導いてくれ」の「導いてくれ~ぇ」の若干の伸びと抜けもすごい好き。「後は誰かが勝手にどうぞ」 も「勝手にどうぞぉ」って感じで抜け感があって可愛いです。

 レイちゃんの低音、こんなに艶っぽいのをきちんと聴いてしまうと、より好きになってしまいますね。このくらいの低音なら、今までの歌動画でも聴いたことがあったけれど、強く伸びのある歌声が特徴のレイちゃんが一貫して重みを伴って歌いこなすのを聴くと、これまでの努力の積み上げと挑戦に思いを馳せてしまいます。「一瞬リオちゃんかと思った」との感想もあり、確かにおめシスに関して、低音パートはリオちゃんの専売特許であると思われがちで、しかも双子なので、かつて視聴者も声の件でドッキリを仕掛けられてしまったほど声が似ていますが、リオちゃんは優しさと深みを兼ね備えた「お姉さん」なのに対して、レイちゃんは可愛さをプラスした「お姉ちゃん」な声だな、という微妙なニュアンスの違いがあります。オタク的なキ(キモいのキ)な語彙でしか表現できないのは申し訳なく思いつつ。そして、これまでの二人の道のりや努力、性格や個性の違いを表したような歌声の些細な違いに、キモ・ オタクとしては勝手に物語を見いだしてエモを感じてしまいます。前回がハーモニーに優れた『点描の唄』だったのも手伝って、二人が交代で滔々と歌うことがこんなに新たな気づきがあるのか、と感銘を受けました。音程、リズム感、発音、歌声への挑戦は尽きず、歌以外のそれぞれの動画にも手を抜かないでいるように、伸びないとか、金銭的にも数字が出ないとか本人たちが認識してしまっているやも知れない歌動画にすらディティールを追及する姿勢は、ただ単に数字の中で上を目指す「プロ」とは違うプロフェッショナルな二人の想いを感じられて、本当に大好きだという気持ちになります。頑張る二人の軌跡一つ一つに、勇気をもらえることが嬉しくてなりません。だからこそ、なるべく楽しんで、気持ちよく活動してほしい、と祈っているし、これ以上二人の足かせにはなりたくないと心から願っています。

 

余談

 余談なのですが、ひとつ、思ったことがあります。歌動画の選曲は、リオちゃんがしているのではないか、と。リオちゃんは物を作るとき、ストーリー性を持たせがちです。Blocksを使った動画でもそれは見られます。なので、実は歌ってみたの選曲はリオちゃんが行なっていて、実は何らかのストーリー性やメッセージ性があるのではないか、と若干勘ぐっています。リオちゃんなら青春系アニメ映画も観そうだし、ボカロが好きだし、楽曲解釈とか案外好きそうかもしれない。そして、人の想いを深く汲み取るリオちゃんなら、ファンに対して何か伝えたいことがあるだろう、と。まぁ、これは「そうだったら面白そう」というただの全くの妄想ではありますし、ただ勢いと深夜テンションでやっていても、ある意味ではおめシスらしくて、すごく好きではあるのですが。創作物に謎のストーリー性を持たせるのは、レイちゃんについてはあまり見られない傾向かと思いつつ、実はレイちゃんも『シンクロニティ』のバヤなMVを作っているので、MVのカオスさはレイちゃんなのかな、とも思ったり。

 

 いろんなことを考えて、いろんなことを想って。やっぱりおめシスが好きで、おめシスはいいぞ、という気持ちで落ち着きました。そんなところで、頭の取っ散らかった記事ではありますが、〆たいと思います。

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 それでは。

「許す」ということ、「認める」ということ。

 こんにちは、お久しぶりです。ゼロサンです。

 今回は、昨日したツイートにリプライを頂いてから考えたことを、それまで私の身に起きていたことと共に整理しながら、記事にします。

 整理しながらとはいえ、まだ生まれたての考えなので、多少の乱文は御容赦ください。

 

記事にしようと思い立ったワケ

 まずは該当ツイートをば。

 

 このツイートに、何人かの人がリプライをくださいました。

 そこから丸1日考えて、いくつか気付いた点がありましたので、こうして記事にしようと、先程思い立ちました。

 

初めての「許せない」こと

 正確には、"初めて" ではないのですが、許せなくて困ってしまったのは、初めてでした。

 

 まずは、これは「"私の視点から見た" 出来事の一部」である、ということを御理解ください。傷付く、傷付けるという関係には、視点の違いによる解釈の相違がほぼ確実に起こるので。

 告発をしたいわけではないため、手短に書いていきたいという願望があります。ただの願望です。長かったら、次の太字まで読み飛ばしてください。

 

 発端は、とある人と、キズナアイちゃんに対する推し解釈の不一致が起きたことでした。お相手が住み分けを強く拒絶したため、私も住み分けずにお相手とのオタク関係を続けており、結果お互いに痛手を負った形となりました。

 推し解釈の不一致でバトルになる、ということなら良かったのですが、私は実は、お相手の推し解釈については全く否定的な気持ちにはなりませんでした。むしろ私は、気持ちの上ではお相手側に近い立場であったように思います。

 そして私も私で、アイちゃんに対して感情的な部分で割り切れないながら、アイちゃんの今の立場を応援したい、という矛盾を内包した推し事の仕方をしたことで、強めの暴走をしてしまいました。そこがお相手の気に障ったのだと思います。

 対してお相手は、そんな私に対して途轍もなく怒りながらも、それをひた隠しにしながら良好な関係を続けようとしていたため、いくつか歪んだ行動に出ていました。

 

 その中でも決定的だったのは、私に対して何度も仲良さげにリプライを飛ばして来ながら、その特徴的な口調で、質問箱という匿名サービスにおいて、推しの名前で私を傷付けようとしてきたことです。これが一番、許せなかった。

 思い出すと私が胸糞悪いので、詳しい内容は伏せます。本当に悲しかった。私がおめシスばかり推しててアイちゃんを推していない、ということを言っていたのですが、この人は本当はそんなことを言いたかったのではなく、ただ私を一番痛めつけられるのはアイちゃんとおめシスの話題である、と、分かっていて名前を出したのです。

 それだけのために、他人の、しかも推しの名前を使う。どんなに私がその人に対して嫌なことをしていたとしても、私にとっては、とても卑劣で、度し難く、許せない行為でした。

 

 私も私で、そのことをツイキャスなどでお話をしてしまったのが良くなかったと思います。たぶんですが、聴かれていたような気がするので。それについては、申し訳なかったと反省しています。

 

 それとともに、こうしたやり取りが、推しにも届いてしまっているのでは? そして、もしかして無関係な推しにもそれが届いてしまうのでは? と、不安を抱いていました。結果として、それはほとんど杞憂に終わるのですが、その杞憂が思わぬ苦しみを招きました。

 まず、アイちゃんに嫌な気持ちを届けたくない、と思った私は、最初はアイちゃんに関するツイートを減らしました。元々、あまりツイート出来ない性質なもので、そこら辺は何とかなっていました。その後、当該お相手が私についてツイートすることにより、そのお相手以外からも私に対してDMなどが来る中、もしかして、無関係なおめシスのことについても、その人たちからツイートで触れられてしまうかもしれないと危惧しました。

 おめシスは、エゴサが頻繁なVTuberさんです。みんなの事をよく見てくれていて、想いに応えようとしてくれます。そうした彼女らのエゴサに、不穏なものが引っかかってほしくない。その一心で考えたとき、焦った私は、「おめシスを推すのをやめよう」と思い立ちました。

 もちろん、好きでいることを簡単に辞められるわけがありません。今でも、変わらずに大好きです。でも当時は、そうするしかないというところまで考えていました。あるいは、思い詰めていた、という言葉が適切かもしれません。

 2019年11月頃から数ヶ月かけて、「忙しい」を理由に、少しずつおめシスから離れていきました。動画を観た報告をしない、リプを減らしていく、リツイートを減らしていく、そしておめシスのチャンネル登録者数20万人達成を最後に、関連ツイートにもいいねすらしなくなりました。

 

 推しを推せなくなる。そのことは、私が覚悟していた以上に、キツいことでした。特に、おめシスやおめが団とは、一定の関係を築いていたつもりだったので、その人たちと一緒に楽しむことが出来ないのが、たまらなくつらかった。そうした苦しみによって、当該お相手へのやり場のない怒りが募って、より許せなくなっていく。すごく嫌なループに入って1ヶ月、とうとう耐えきれなくなり、当該お相手からのブロ解を機に、「またおめシスを推すぞ」と決意して、今に至ります。

 最初は、普通にサラッと推し事を再開する予定でした。でもどこかモヤモヤしていて、上手く割り切れない。感受性が死んでいる。そう感じました。

 

割り切れないことを、認めること

 ここからは、昨日ツイートしてから考えたことを、ようやく並べていきます。

 私は、推しを盾にして身を守り、推しの名前を使って人を傷付ける当該お相手を、到底許せそうにありませんでした。それでも最近、推し事が充実してきて、「やっぱり推しが好きだな」と思い始めたところで、ふと「今なら許せるんじゃないか」と思い、例のツイートをしました。

 色々なご意見をいただきました。許さなきゃならないワケじゃない。思考を放棄してみてはどうか? 心を囚われてあげる必要なんてない、(許したくない相手を、許すでも、許さないでもなく)見てあげないという選択肢もある。そうしたご意見を聞いて、ああ、本当に良い相互さんを持ったなと、すごく勇気づけられました。

 同時に、たくさん考えました。この件では、何度も何度も、心の中でスッキリと答えを出しては、また「それは違う」と傷付き、思い悩んでいました。そしてそのループにおける現在最後の問い掛けが、昨日のツイートなのでした。

 ここまで割り切れないなんて、どうしたのだろう。そう思ってぐるぐると悩んでいたのが、今日。そして、今日は今日なりに、答えをひとつ出したので、それをようやく綴っていきます。

 

 思うに、一日ひとつ答えを出しても、良いのではないかと思います。世の中に割り切れないことは数多くあって、それを1回で全て解決するなんて、不可能なんです。だから、一日ひとつ答えを出してもいい。その度に、答えが変わってもいい。政治家じゃあるまいし、真剣に考えた結果なのだから。

 

 私は、このお相手について、今日、新たな答えを出しました。新たな、と言っても、4〜5年前から繋がりのあるフォロワーさんから見たら、「そんなことはとっくに答えを出していたのではないか」というような答えです。私は今日、先程、その答えを思い出していたのでした。

 

 私は、決して褒められた生き方をした人間ではありませんでした。加害的、暴力的な性格をしており、許されざることをしたことも、たくさんあります。そんな中で、どうやったら、みんなみたいに優しくなれるのだろう? どうしたら、自分の生き方を、そして似たような人の生き方を、肯定出来るだろう? と、必死に考えて、生きてきました。

 そうした同族たちも、見てきました。自分がしたことは分かっていても、どうすればそれをしないでいることが出来るのか分からず、ただ自分を呪うように生きている。そうした人たちを、許すことも責めることも出来ないで、「ただそこにいること」を、認めてあげることしか出来ませんでした。それは、自分に対しても同様に。

 

 だから、今回のお相手に対しても、そのようにしていこうと思うのです。許すことは出来ない。でも、これ以上責めることもしない。それでいい、と。

 

自分を許すということ

 そんでもって、つまらん推し事の張り合いで、推しの活動を見逃していたことに腹が立ち、焦り、オタクとしての正しい自分の在り方とは何かを考え始めて、また空回りしてしまっていたので、今日のメンタルは閉店ということになりました。

 たくさん傷付いたことで、感受性が曇って、「正しい」か「誤り」かでしか物事を判断出来なくなっていたなぁと反省しています。そんな自分を休ませて、許すことで、クールダウンして、事態の悪化を防ぎたい。

 元々、私は自分を傷付けたり身の回りの事を放棄したりする「セルフネグレクト」でメンタルを保とうとして、余計に荒れるタイプなので、自分にはなるべく甘くいたいと心掛けていたのが、最近は忘れて焦っていました。正しいオタクになるために、良いオタクになるために……、そうした考えが、自分の首を絞めていました。

 今日はゆっくり休んで、明日また仕事して、考えることを放棄していたいと思います。

 

 まさかここまで読む人がいらっしゃるとは思いませんが、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

 

 それでは。

「愛にできることは……」

 こんにちは、ゼロサンです。

 以前に、似たようなエントリを書いたことがあるのですが、ちっとも進化が見られないので、今回はその進化が見られない部分を綴っていきます。

 ……って見に行ったら、2年前の記事でした。流石にその頃よりは多少違った考え方になってます。

 

 私は、相変わらず、愛というものが苦手です。

 かつて、RADWIMPSさんの『愛にできることはまだあるかい』にて「愛の歌も歌われ尽くした」とあったほど、世の中に愛は溢れかえっています。しかし時には「愛」の名のもとに、人を傷付けることを良しとしてしまうことがあります。

 

 気を付けていたって、止まらない。「あなたのためなのに」「ここまでしてやったのに」とキレる親や恋人の話など、よく聞く話でしょう。よく聞くのに、そんな話は、ひとつの反省も伴わずに、いつもどこかで起きている。

 

 結果として誰かのためになることはあるし、「誰かのため」と人に想いを寄せることこそ究極の思いやりで、ひとつの愛の形なのだろうなと思います。ただ、それが思いやり足り得るのは「すべてがその誰かのためになるわけではない」と知っている人だけです。

 

 そんな、「あなたのためだ、あなたを愛しているからだ」という言葉に、「それは本当の愛ではない」なんて、私は言いません。

 

 「人は意味のないものに意味を持たせる」。私のお気に入りのセンテンスです。自分が意味付け、信じたことを、「愛」と呼び、「生」と呼び、「死」と呼ぶ。本当は、元々は意味などないことなのに、「これは意味があることなんだ」とすっかり信じ込む。

 

 だから私は、「本当の愛」などという言葉が嫌いで、愛をすべて一緒くたにして神聖視する思想が大嫌いです。どうせそうやって私に暴力を振るってきた奴らも、同じことを言ってきたに違いないから。「本当に愛してるから」と。

 

 「愛」とは信念で、ひとつの譲れないもの、正義の後ろ盾のことを指すのでしょう。そう解釈するなら、絶対的で、神聖で、まるで穢してはならない地位を保つ「愛」ってやつも、きちんと疑ってかかってよい※ということになります。愛というだけで、過ちが許されるわけじゃない。「意味のないことに、勝手に意味付けをしている」んですから。

※「きちんと疑ってかかってよい」とは、「それは愛じゃないだろう」「あなたは口先だけだ」ということではなく、「愛しているからと言って、暴言や暴力が許されるわけじゃない」という意味。所詮すべての愛は、強烈な思い込みに過ぎない。

 

 意味のないことに意味付けすることで「人」と「愛」を繋ぐなら、「それでもあの日の君が今もまだ僕の全正義のど真ん中にいる」なら、「愛にできることはまだあるかい」という問いに答えましょう。

 

 「愛にできることはまだあるよ」。
 

#おめシス この1ヶ月の感想

 こんにちは、ゼロサンです。

 今日で、バーチャル双子YouTuberおめがシスターズさんの、メインチャンネルの動画本数が386本。もうすぐ400本に到達します。サブチャンネルである、あるふぁブラザーズの動画本数が14本なので、実質今日で400本です。

 おめでとうございます。いつも、楽しんでくれて、そして頑張ってくれてありがとう。楽しみをくれて、本当にありがとう。ありがとうございます。


 毎日に近いくらい動画を上げていてくれて、本当に嬉しいです。特にこの1ヶ月、動画のない日はYouTubeストーリーの方を上げてくれていたので、ほとんど毎日投稿と言って差し支えないレベルだと思います。


 一方で、この1ヶ月私が何をしていたのかと言えば、大学での講義も終わり、やることもなく、早めの春休みの中、ひたすらダラダラと過ごしておりました。Twitterをしたり。あとはオフ会に参加したり。お菓子食べたりね。


 ダラダラしていたにも関わらず、推し事をあまり出来ておりませんでした。あんなに、「推しが好きだ!!」と暴れ回っていたのが嘘のような状況ですが、ここはのっぴきならない事情があるとして察していただければ。


 なので、今日はそのぶん、おめシスの動画に関する感想をざっくりと綴っていこうと思います。全部は多いので、1ヶ月ぶんの、まぁいわゆる所感をば。

 


バーチャルだから

 この1ヶ月は、それに尽きると思いました。いつもそうなのですが、この頃は、遊びの範囲を越えて、少し考えさせてくれるような。

 VRChatでも「寝るための部屋」がある通り、VRをつけたまま、何人かと修学旅行気分で寝ることはしばしば流行しているらしい…… しかし、HMD(ヘッドマウントディスプレイ・目を覆うように装着するVR機器)を装着しながら寝られるのか!? というところから、2人も試してみる動画。

 おめシスがこれまでVRで作り上げたステージの中から、どうやらコントの‪『キャッチボールをしているときにありがちなこと』‬や、

おめシスオリジナル曲の『シンクロニティ』

でも使われた溶岩のステージを使用するようです。溶岩のASMRも存在することから、なるほど寝やすいのでしょう。

 結果は観ていただければ分かるのですが、目を瞑っても明るいことや、目が覚めても異世界にいることなど、メリットもデメリットも忌憚なく述べられています。寝づらそうなことを除けば、少し興味が湧いてきます。

 寝る前や起きてからのやり取りも非常に可愛らしい。姉妹やんけ(姉妹です)。いっぱい寝てくれよな。

 

 

 平日昼間に突如Twitterからメンバーを招集し、clusterで10分ほど行なわれ即終了した勉強会の様子を記録した動画……、なのですが、それだけでも充分に面白い試みなのに、新型コロナウィルスが流行していてリモートワークが増えているという導入からの繋ぎも上手く、また勉強会の内容も「YouTubeで伸びるには!?」とキッチリとしたもので、興味深く観られました。

 YouTubeコントリビュータとして、YouTube本社から仕事を請け負っているおめシス。個人バーチャルYouTuberの中では唯一「伸び」を示している2人の説得力は並外れており、またそれを抜きにしても論理的で分かりやすく、資料を含めて、プレゼンとしての完成度も高いものでした。

 ステージの上でお話をしていたのはレイちゃんだけでしたが、その話しぶりも素晴らしく、緊張しいだと聞いていたのにそれを感じさせない堂々ぶり。

 レイちゃんが真面目に、しかしテンポよくお話ししている中、カメラマンリオちゃんの相槌も光っていて、「いつもの面白おかしい動画をそのまま目の前で観ている」ようなトークの仕上がりでした。

 これなら、VR会議でも全く問題ない。そう思わせる企画でした。


 

 まとめて紹介します。というのも、この2つはVRの核心と革新に迫る動画だからです。

 VRは、「現実では有り得ない体験が出来る」もの…… と思われがちですが、実際には少し違います。もちろん、「現実では出来ないことが出来る」のは、VRの利点ではあるでしょう。しかし、"virtual" という言葉の意味には、以下のものがあるのです。

 

(表面または名目上はそうでないが)事実上の,実質上の,実際(上)の,虚像の


 実質上の……、これを見て私は、こう思いました。


「バーチャルとは、現実ではないが、本質なのではないか?」

そして、

「レイちゃんが『実質無料』って言うのは、『バーチャル』だからなのでは?」

と。


 まぁ後者は絶対違うしどうでもいいんですけど、つまり「バーチャル」とは「実質上の、本質的には」ということで、「VR」とは「現実では有り得ない映像、体験」ではなく、「現実ではないが、実質現実で体験したようなもの」「現実には存在していないが、実質そこに存在しているようなもの」なのではないか。

 「バーチャルとは、枯山水である。そこに山も水もないが、イメージによって、表面上存在しないものを見い出すことなのだ」というような言説が一時期流行りましたが、そこに差し迫るのが、上記2つの動画です。

 思うに、VRでの体験は、視覚情報に頼りすぎているような気がします。素晴らしい映像、まるでそこにあるかのような立体感。人間は情報の8割を視覚から得ている、という話もあるので、確かに視覚に訴えかけるのはベターではある。しかし、それだけではVRの可能性を閉ざしていないか? それを思想ではなく、技術の面から斬ってゆくのが、おめシスなのです。


 上記2つの動画のうち、1つ目は、触覚に訴えかけるものです。

 バーチャル空間で立体的なひらがなを用意して、バーチャルな箱の中に入れ、視覚上は見えなくします。その箱の中にバーチャル棒を突っ込んで、棒がひらがなに当たると、手に持っているコントローラーが震えるというシステム。それを使い、相方が用意したひらがなを当てることは出来るのか!?というゲームです。

 動画では、視聴者にもわかりやすいように、ひらがなに棒が当たると棒が赤く光ります。が、重要なのはコントローラーが震える点。しかも、棒が赤く光ることだけを説明すればこの動画は成立するのに、「コントローラーが震えます」というプレイヤーの感覚を視聴者にきちんと共有してくれています。


 2つ目は、聴覚に訴えかける動画。

 どんな仕組みか分からない「音が鳴るバーチャルボール」を、またどんな仕組みか分かりませんが視覚上は消して、相方が置いたボールの座標を音だけで当てるというゲームです。

 結果としては、「耳が良ければかなりの精度で当てられる」こと、また「動いていても当てられる」ことが分かります。また、音源が複数ある場合、音源同士が隣り合っているとやはりかなり難しいそうです。イヤホンやヘッドホンをつけて動画を観ると、プレイヤーの聴いている音がどんな物なのか伝わってくるのでオススメです。


 2つとも、レイちゃんが不正を働いていたりなど、funnyの意味でもめちゃくちゃ面白くて手を叩いて笑っちゃうんですが、interestingの意味でも挑戦的で興味深く、面白いです。

 "実質" そこにある。"実質" 触れていて、聴こえている。視覚上では隠されているものを、VRで感じることが出来る。VRとはなんだろう? 本質に迫るからこそ、問い直したくなる、そんな動画でした。これが2日続けて上げられていたのも興味深いですね。


 なお、おめシスがこれまでに、五感からバーチャルの可能性を試してきた動画は、これだけではありません。この1ヶ月以内ではないのですが、まさかの味覚に挑戦する動画もあります。みんなも是非試してみてね。


レイちゃんが "実質" 漏らした動画はこちら。

 

 今日の動画です。第1回ということは続きがあるので……?

 これは「バーチャルの本質に迫る」というより、「バーチャルだからこそ出来る」動画でしたね。どんな夢遊病やねん。ベッド背負って歩くな。涙出るくらい笑いました、ある意味分かりやすくも「これこそバーチャル」!


「創る」ということ

 お馴染み、Blocksという3D製作ソフトを使っての動画! Blocksの動画は、「バーチャルでいっぱいいっぱい遊んでる」感じがして好きなんですよ。楽しそうだし、2人のモノづくりに対する見方が分かります。

 レイちゃんは、VRジャングルクルーズの動画

からも見て取れるように、「楽しくて、勉強になる」ことを目指すところがありますね。その姿勢めちゃくちゃ好きです。食物連鎖が学べるエレクトリカルパレード、深海よりも深い。

 リオちゃんは毎度謎のストーリー性がありますよね。ジャングルクルーズ

もそうですが、3Dアート選手権

で、えもんの尻にあんな壮大なストーリーがあるとは……、なんてこともあったり。今回も、社会派VTuberとして風刺を交えながら、ニチアサ戦隊モノのステージよろしく悪を成敗する話が何とも言えない面白さでした。

 こうした2人の観点って、動画に活きている感じがしますよね。YouTubeでの活動を通じて、クリエイターとして、たくさん吸収しながら楽しく活動しているのだなと思います。


 これもBlocksを用いた動画です。新型コロナウィルスの影響からTwitterで流行したアマビエという妖怪・伝承。その姿を描いて人々に見せれば、人々の伝染病が治まるという伝説があるそうなのですが、伝承の中で描かれた絵を見てもどのような姿をしているのかイマイチ分からない。だから3Dにしてしまおう! という企画でした。

 アマビエの絵に対する2人の解釈が違って、笑えつつも興味深かったです。そんな解釈あるんだ!? と思うと、動画を観てからもその姿かたちを想像して、当時のことやその姿に想いを馳せてみたくなります。

 

 これはバーチャルではなく、ボードゲーム。最新からアナログまで押さえていくのがおめシスのエモさです。新型コロナウィルスの影響で、アナログゲームの祭典であるゲームマーケットが中止になり、この『こねこねアート』の作者さんも悲しんでいた様子。その支援のためか分かりませんが、直後にこの動画が上がりました。クリエイターへの敬意を忘れないのが、この2人の良いところですね。

 片方がお題を粘土で作り、相方が何を作ったのか当てるというシンプルなゲームです。制限時間は90秒、2人以上でプレイ可能、みんなで遊ぶこともできます。

 作り方の違いも面白く、レイちゃんはそのモノを概念的に捉えて作ろうとするため一度悩み、リオちゃんは思い付いたものをすぐに作り始めました。「そんな解釈ある!?」もあれば、双子ならではの、視聴者からしたら「なんでそれ分かるん……!?」もあればで見応えがあります。

 サブチャンネルである、あるブラの方に、おまけが載っています。

 


これからも楽しみだ

 おめシス二周年記念生放送兼、TwitterのTLから阿鼻叫喚の地獄絵図を引き出した人気キャラ総選挙の結果発表です。冒頭の「おっ……まさか!?」と思わせるようなミスや、途中のグラフなど、視聴者を翻弄するミスリードを展開していく様は流石でしたね。

 記念となる日に一番楽しむべきは自分たちなはずなのに、視聴者を巻き込んで一緒に楽しめるような企画をしてくれるところが、たまらなく好きです。長くは語らないけれど、二年間、ありがとうね。1人のオタクとして、わがままかもしれませんが、2人のことが大好きだから、どうかこれからも応援させてくれたら嬉しいです。

 

 人気キャラ総選挙とともに頭を悩ませた、動画の人気投票の結果です。1番人気の動画はリバイバルするというお約束の元で票を募ったところ、びっくりする結果でしたね。レイちゃんが仕掛けたレイちゃん主導のドッキリなのに、これはレイちゃんが不憫だ……!

 

 この動画の前までに上げた4つの動画で、レイちゃんが不正行為をしていたことについて裁判にかける動画。罰ゲームでそんな動画を撮らされてしまうなんて楽しみ……ゲフンゲフン、可哀想だなぁ!!


 さて、ここしばらくの動画について、ざっくりとした感想を書いてみました。一部飛ばした動画もありますが、ここ1ヶ月の動画に関する「所感」なのでお許しください。


 それでは。このあとは余談です。


ものすごい余談

 そういえば。私、来年度の予定がありませんので、先日初めて就活の面接を受けたんですよ。遅いね。でも、私には大きな一歩でした。

 怖かったです。この歳になるまで、就職面接を受けたことがありませんので。加えてあがり症で、ほんの少しだけ吃音があります。こういうときによぎるのは、やはり推しのことだったりします。

 1年と半年ほど前、今の大学院における1年課程への受験をするときも、おめシスの歌動画を聴きながら勉強していました。もう少し後の、当時の大学における卒論を書く時にも、「今日動画アップ!」のお知らせに胸を弾ませながら、机に齧り付いていました。

 今回も、やっぱりおめシスのことを思い返していました。2人だって毎日、色々なことを考えて、こうしよう、ああしようって話し合って、慣れないことがあっても頑張ってるのに、私はなんだ。

 実は別に、就活しなくても来年度困る予定などはないのですが、それでも挑戦したのは、何か新しいことを始めたかったからでした。攻め続ける。挑戦。新しいことをする。そうして取り組んだことを、少しずつでも継続していく。そういう推しの姿勢を尊敬するなら、自分だって出来ることをしたかった。それだけです。

 まだ結果は返ってきてませんが、たぶんボロボロだと思います。なので、別の企業にも応募してやりました。私なりに、やれることをやろうと思います。貰ったものをそのまま返せなくても、どうか「あの頃、あなた方のおかげで頑張ろうと思えました。」と、またいつか胸を張って言えますように。


 今度こそ、それでは。

#シェリンの推理ショー 『フィクサー』感想

こんにちは、ゼロサンです。

一昨日、にじさんじ所属バーチャルライバーの自称名探偵シェリン・バーガンディさんの記事を書いたら、何故か1日置いて昨日、たくさんの反響をいただきました(当社比)。

それに味を占めたので(?)、また探偵さんの記事を書きます。ベッタベタに褒める記事です。大丈夫、ARKのアーカイブを履修しなければ、探偵さんの記事は今回が最後になるはず。何が大丈夫なのか分かりませんが。


私が探偵さんを観始めてから、知らない間にチャンネル登録者数が11万人を突破し、初の歌ってみた動画『フィクサー』の再生数がハーフミリオンを達成したそうですね。おめでたい限りです。おめでとうございます。

これは毎度言っていることなのですが、数字は基本的にはただの数字で、実質的に大切なのはその中でもアクティブユーザ(配信をよく観に行く人など)の数ですし、これからまだまだ伸びていくことを思えば、通過点にすぎません。しかし、これだけの人数の方が同じ人に注目していて、これだけの回数同じ質の時間を誰かと共有していることは、本当にすごいことなのだと思います。その人が幸せにする人の数が、そして回数が増えることは、その人がクリエイターとして、表現者として評価されるということです。

そんなわけで、今回はシェリンさんの『フィクサー』歌ってみた50万回再生を記念して、感想を書いて記事にしていきます。……まだまだ余所者なので、「お前は何様なんだ」と自分に問うておりますが、まぁいいでしょう。おめでたいので。おめでたければなんでも許されるはず。


‪【初!歌!】フィクサー歌ってみたんですけど!!!!!【聞いてほしい】シェリン/にじさんじhttps://youtu.be/_keov9CotK4


動画を観る前の段階から

いや、動画タイトルなんなんですか。元気すぎる。「ですけど!!!!!」じゃないですよ。この探偵、あんなに良い声なのに、いつもテンション高くて可愛いですね。

そして概要欄。「?」が多くて圧がすごい。圧がすごいのはタイトルもだけど。なのに()の中が謙虚。めっちゃ良い。

あと選曲が神。私は不勉強にもこの曲を知らなかったのですが、この世界線を選ぶのは完全に「分かってる」し、ある種ひとつの「答え」じゃないですか。フィクサー…… 「黒幕」。とても、テンション高い動画タイトルと概要欄を書く人が選んだとは思えないセンス。この時点でギャップがすごい。

ゲーム実況の配信を聴いてて知ったのですが、かなり頑張って収録していたようで、熱意もこだわりも感じられて楽しみです。


すごくすごい歌声

ついに動画を再生してみると、イラストも動画も良い。そして、4小節ほどのイントロの後に英語が聞こえます。え? これ探偵? 下手すれば自分の名前も読めなさそうなあの探偵?? と驚いている間に歌に入ります。

普段は若いながらも少し低めに響く落ち着いた声でお話しするのに、そんな甘々でセンシティブで高い声を安定して出せたので? そのしゃくりはなんだ。繊細になったり、張りのある声になったり、邪悪な笑みを浮かべたような声になったり。歌声での演出が、まるで舞台の1場面を観ているよう。ピアノも相まって、曲に合うドラマチックな歌声がいい。

サビやっべぇ!! ついに正体を現したような取っておきの悪役ボイス。巻舌、嗄声による迫力がすごい。嗄声とは、歌においては、迫力を出すためのしゃがれ声のことを指します。今回は二番サビの「死んでしまえ」がやばい。v flowerの歌を選ぶだけある。v flowerは柴咲コウさんをボイスモデルとしたボーカロイドで、迫力がありつつも繊細な歌声を特徴としています。そして急に囁かれるとビビりますね。私個人的に耳弱いんで、くすぐったいです。

というか、刻むようなリズムや音が飛ぶ部分なんかがあるこんな難しそうな曲をよく歌いこなすなぁ。


タイトルと概要欄の圧を凌駕するような格好良さ、伊達じゃない。


歌であれ、動画であれ、加工や編集や演技というものも含めて、「伝えたいことや、その世界を表現すること」が重要だと思うのですが、その点から見てもやっぱりこれがひとつの「答え」なんじゃないかと思うレベルで隅々まで完成度が高い。

動画リストに1曲だけ入っているところを見ると、また次の歌ってみた動画を録る意思があるのでしょうか。是非次も聴いてみたいと思いました。


今回はこの辺で。たぶんしばらくは探偵さんの記事は書かないと思います。


それでは。

#シェリンの推理ショー めっちゃ面白いねって話。

今日皆さんにお集まりいただいたのは、他でもありません……犯人は、この中にいrrrrうぅ!!!!


\な、なんだってー!?/


……つくづく、この挨拶長いなと思う次第にございます。いつかこれ生配信で参加してぇな。どうも、ゼロサンです。


私のツイートをご覧になっている方はご存知かと思いますが、最近、自称・名探偵のシェリン・バーガンディさんにハマっております。

否、嘘です。決してハマってません。ただ毎日ほぼ20時間ほど配信アーカイブを追っているだけです。


人間、「寝落ちするほど波長の合う声に会ったら、その後ずっと聴いてしまう」特徴があるようですね。そんな話私は初耳ですけど。


「少しの音や光があるだけで眠れない」という面倒くさい人間の私が、シェリンさんのゲーム実況で寝落ちするようになってから早……ほぼ1週間? ほど経過しております。

一体何がそんなに良いのかは言語化が難しい部分ではありますが、なんか喋りのリズムがいい。すごくいい。軽妙で分かりやすく、常に笑いが絶えず、しかし落ち着く。ホラゲでの予測不能な驚きや、ゲーム内の登場人物の動きなんかを含めても、それすら想定内なのではないか? と思うほどに喋りのリズムが良い。

あと声も当然良い。分類すればイケボの部類ではあるし、聴きやすさが計算されていて、キャラクター(この場合のキャラクターは、性格や人格の意味も含む)に合うように調整していると思うのですが、自然で、意識しすぎてない感じがいい。言うて、疲労が見えたり背中を攣ったりして気を抜いても「ええ声」なのは変わりないんですがね。

おかげさまで、YouTube寝落ち用動画リストを個人的に作り、毎日気分によって内容を入れ替えつつ、シェリンさんの配信アーカイブを聴きながら寝て、朝になったらキズナアイちゃんのモーニングコール動画が流れるように時間調整し、それで起きたらまたシェリンさんの配信アーカイブに切り替えて、聴きながらトイレに行き、聴きながら顔を洗い、聴きながら朝ごはんを食べ、聴きながら作業をしているだけなのですが、それを言うと周囲ににじさんじ沼へようこそ」「ハマってるねぇ!」と言われます。ハマってないです。1日20時間前後聴いてるだけです。まだゲームのアーカイブだけしか観てないし、それもまだ残ってるしな。ちなみに残りの4時間は家族が帰ってきたあとの風呂と夕食と推しの動画ですね。


最初に出会ったのは、ちょうど諸事情で推しの動画の話をすることが億劫になって、それでも何か面白いことないかなーって思ってた頃でした。

ゲーム実況だったら手軽で面白いだろう、配信アーカイブなら長いから作業にも向いてるし、眠れない夜のお供にもちょうどいい。そんな気持ちで、YouTubeのオススメ欄を乱暴に遡っていたところ、シェリンさんが私の大好きな「Detroit:become human」の実況をしていた配信アーカイブを発見したので、ついつい観てしまった次第です。


違うんですよ、あの人の喋りが面白いのが悪いんですよ。これは決して責任転嫁じゃないです。まぁまぁ、ちょっと話聞いてってくださいよ。ほんの数千字程度のことですから。


特にThief Simulator

https://www.youtube.com/playlist?list=PLo7x8uT69a1ZuB6TZ2wQrs9oHdR9vQ8VS

依頼を受けて盗んだり壊したりするゲームです。探偵なのに泥棒(Thief)ってところがまずズルいんですが、「探偵だから犯罪者心理にも詳しい」とか「これは探偵稼業」とか言ってることが二転三転適当吹かしながら、第1回で既にハマりだして延長してるってのがおかしい。しかも、配信3回ほどで終わる予定だったと言っていたのに、アーカイブが5本もあるのもおかしい。もうズルい。盗んだ後に「そういう依頼も受け付けます!」とか、最強のマッチポンプ。しかも盗みに失敗すると被害者のせいにする。人のせいにしちゃダメですよ? 「あの人が悪い」じゃないんですよ、もう。あとトイレ壊す依頼が謎すぎましたね。標識にこんにちはさせる(車をぶつけて倒す)のと合わせてノルマ扱いされていて、これ以降だいたい毎度意味もなくやっていくのも草です。

第2回もズルい。動画やんけ。この人、待機画面に使う例の動画のクオリティがやたら面白いから、編集上手いんだろうなと思ってたらコレだよ。27分は動画勢だったらちょっと長いけど、まぁゲームだし、配信ですら見どころ満載だから全然長く感じなかった。あと動画なのにくしゃみたすかるところもポイント。自分の見せ方が分かってる人に弱いんだ私ゃ……。配信のときのような雰囲気を崩さず、しかし無駄なく、見やすくが心掛けられていて、「動画を作るときに気にかけるポイントから漂う人の良さがすごい……。」と思って好きになりかけました。まだですけど。あと、動画を録ってるときは配信と違って誰もいない虚空に話し掛けてるんだな、と想像すると、可愛いなと思いそうになった。成人男性に対して「可愛い」って何???

違うんですよ。動画勢が動画を録るのと、配信勢が動画を録るのは全然違うんです。最初から裸眼の美人と、眼鏡を取ったら美人くらい違う。ちなみに関係ないけど眼鏡は個人的に性癖なので、後者は許せないことが多いことを補足しておきます。私の名誉のために。

だんだん手慣れてきて、分かりやすくも段階を踏み飛ばさず闇堕ちしていくところも面白い。苦手だったピッキングが悪い方面に鮮やかに、手際よく。退路や隠れ場所を周到に確保しながらも、いっそ清々しいほど大々的な逃亡の手口、そして住民や警察を煽るようなあまりに大胆不敵な犯行。探偵よりも怪盗と呼ぶに相応しい。ARKも耐久で何十時間もやってるあたり、作業ゲー好きなんじゃないですか? 未視聴なので分かりませんが。めちゃくちゃしんどい思いしてたらすみません。

「頭がチョロくなってきた」催眠音声が本当にやばい。聴いてほしい。催眠に掛かりたくない内容と、催眠に掛かってしまいたいくらい気持ちのいい声との葛藤に君は勝てるか(時間指定URL: https://youtu.be/MF7QeHZFAzQ?t=4556)。

第3回以降はめちゃくちゃ再生はしているのですが、寝落ちしてしまっていて内容分からない部分も多いです。また作業しながら聴きます。


何と言ってもホラーゲーム

「怖くないホラーゲーム実況」と銘打たれた実況は多いもので、動じない人や、逆によく悲鳴をあげる人なんかがそれにあたりますが、この人は違う。

ビビることは多すぎないものの、悲鳴があまりにも模範的。「悲鳴」然とした悲鳴。「うわぁあ!!」がもうマジ第一発見者すぎて手を叩いて笑えます。でもびっくりしながらもサクサク進んでいくところがプロ。

「怖くない」どころか笑えてしまう。正直、ちょっと寝られない日なんかは、私は笑いすぎて布団ごと揺れてます。言語センスどうした? Detroit:become humanの実況で「言葉のマーライオン」なるコメントがありましたが、追い詰められて頭の回転がフルになっている分、その真価はホラーゲームでこそ発揮されているように思います。

 

home sweet home(https://www.youtube.com/playlist?list=PLo7x8uT69a1b2Ark4_NYz2Ww8MPCwwrmz)で襲い掛かってくる幽霊の言葉の翻訳がある意味完璧すぎて酷い。車運転しながら声だけ聴いてたら、笑いすぎて事故るところだった。その幽霊、そんな家庭的な大学生だったんですか?

 

あと、"Burgundy" で「バーガンディ」と読むお名前をお持ちでありながら、英語が弱い&何故か "r" を長音として読まないせいで、恐怖の壁文字すら間抜けな落書きと化している。Layers of Fear(https://www.youtube.com/playlist?list=PLo7x8uT69a1b8q75N941wG61xJJnH1njC)にて、"circle" を「しるくれ」と読むなら、"Burgundy" は「ばるぐんでぃ」でしょうか……。"EXPERIENCED" を "EX" の時点で読むのを諦めたせいで「エクスアルビオ」さんにしてしまうのもおかしい。これはDetroit:become humanですが。

 

夜勤事件(https://youtu.be/DpJ20-e4x5I)がこんなにコメディになるのもあなたぐらいじゃないですか? 用意されたビビりポイント全スルーした上で「自動ドアのセンサーがない!? ずっと霊圧で動いてたのかな……。」とか訳の分からないところでビビるの笑いすぎちゃった。「ビデオの延滞金が10万円近くまでいった」とか実体験の方がホラーなのも草。

ちょくちょくゲームの物語本編にない伏線を回収していくのも、面白すぎるのでやめてほしい。夜勤事件の「ビデオの延滞エンド」もそうなんですが、たまたま熊よけの鈴の話をしていたら、熊が出てきたりとか。それ何の奇跡使ってるの?


Detroit:become humanがやばい

https://www.youtube.com/playlist?list=PLo7x8uT69a1a5Z_OoW0rcLaklep9sCj2t

この項に至る前から何度も名前を出しているこのゲームのアーカイブ、是非観てほしい。いわゆる群像劇で、3人(3体)のアンドロイドが主人公となり、コロコロと操作キャラクターを変えながら、それぞれの物語を、プレイヤーの選択とQTE(コマンドアクション)の精度によって紡いでゆくゲームです。

アホみたいにお人好しで、善人で、とても別のゲームで手練の盗人をやっていたとは思えない性格の良さがふんだんに見られます。何より、これ以上のハッピーエンドを私は見たことがない。

最初はチュートリアルの説明を見落としているため、「おいおい名探偵……」と思うこともあるかもしれませんが、慣れてからの動きが尋常ではないです。QTEもミスらないわけではないにしても、かなり正確。

それぞれの主人公の物語が交錯し、それぞれの正義によって、主人公同士が敵対したり、助け合ったりしながら話が進んでいきます。この探偵はそれをよく理解していて、操作キャラクターが変わったら、たとえ直前に操作していた別の主人公の目的を害することになろうとも、今現在操作している主人公の正義を果たそうとします。それが彼なりの誠実さなのでしょう。

「助ける」「助けない」の選択肢が表示されるシーンでは、食い気味に助けようとします。主人公全員が「ジェリコ(アンドロイドたちが自由に暮らす場所)」へと集まり、FBIや特殊部隊から追われるシーンでは、幾度となく訪れる「助ける」か「先を急ぐ」かの選択肢を煩わしく思ってか、「助けるから問うな!!」と怒鳴る場面も見られ、そんな人の好さに震えて思わず「格好いい……!」と思いかけました。寸でのところでした。

 


歌声、声、声、声

いや、『フィクサー』(https://youtu.be/_keov9CotK4)。危うく恋に落ちるところでしたね。違いますよ、たまたま崖が足元から消えただけで、落ちてないです。断固。冒頭の英語言えてえらいね探偵。

どうして探偵なのに、あんなに悪役声がえっちで似合うんでしょうか。あ、えっちとか言っちゃいけませんね。大変センシティブな歌声で、めちゃくちゃよく似合います。

関係ないですが、センシティブかつ悪役といえば、にじメンのボイスがすごかった(時間指定URL: https://youtu.be/3N7hy8oCYtA?t=2656)。私はこの探偵の声よりもトークに惚れてるので、「だれぇ!?www」と思ってくすぐったいほうが強かったのですが、シチュエーション的にも言葉選び的にも声がすごく合っていて、パーフェクト・センシティブ・ボイスでした。え? 惚れてないです。惚れたなんて言いました?

配信の途中でたまに歌い出すのも気に入っています。陽気で呑気だねぇ。声がデカいねぇ。楽しいときの声が本当に弾んでいる人って、聴いてて気持ちいいんですよ。幸福は連鎖するんだなぁと思いながら聴いています。私の安眠のために、どうか毎度気分良く配信していてほしい。HEAVY RAIN心の軋むとき(https://www.youtube.com/playlist?list=PLo7x8uT69a1Y6qQM06qjuNRXdWo81SqMa)の第1回冒頭20分、ゲームに全く関係ない後輩の怪盗に気持ち悪く(※褒めてます)限界オタクしてるところも聴いててハチャメチャに楽しいです。


トラブルに愛される男

Thief Simulatorの第4回、たまたま起きてたら冒頭25分がトラブルで潰れてて笑ったのですが、真にすごいのは、トラブルが起きても面白いところ。OBSという、このとき異常を起こしていた配信ソフトを絡めてのやり取りがセンスの塊。何で分身すんの? 何で絵文字だけ浮くの? 何も分からなくて、しかもOBSをいじりながらの雑談も面白くて、ずっと笑いに震えながら観てました。

Layers of Fearにて、驚きすぎて背中を攣ったことがあり、そのときは本当に心配になるほど痛そうで、声も疲れきっていたのですが、のちのち事ある毎にコメント欄でネタにされていて、たまに本人もネタにしているので、その際には笑っています。杞憂しがちなオタクなので、心配ではありますが。背中が攣るなんてことある? めちゃくちゃ痛そう。

Detroit:become humanの第1回も、諸用という名の腹痛でしたね。大丈夫だったんでしょうか。これに関しても、背中を攣るのと合わせて、二度と訪れてほしくないタイプのトラブルなので、「トラブルに愛されてる」と記すのが微妙ではありつつ。

トラブルが起きても面白おかしく喋る様子は痛快です。ただ、どうか、これからはずっと、心配事なく配信できますように。


スカッとするほどポジティブ

Thief Simulatorでの上記のトラブルの最中なのですが、「トラブルでパニックになってる僕を見たいでしょう? みんな僕が性癖だから。」は声上げて笑いました。そうだね、顔はいいもんね。声もいいしな。正直トラブルに見舞われてるだけで面白いのは確か。

ドロボウランクの評価がEだと「いーね!」、Fだと「FantasticのF!」って言うところも良い。ポジティブすぎる。盗めるものが増えてると「僕のことが大好きだもんね!」って言ったりとか。

アイキャッチの動画の顔がうるさい」といった意見・要望が来た話の際にも、「僕がイケメンすぎて目がチカチカするということだと思いますが、」って解釈してるの良すぎる。クレームを華麗に笑いへと変えられるの、強い。このレベルではクレームには当たりませんが。それと、自分の顔が良いことを深く理解しているVTuberって、ママにあたるクリエイターへの感謝や尊敬があることを感じられて逆に謙虚ですし、振る舞いから何から考え尽くすことができて、エンターテイナーとしても面白くていいですよね。


そんでなんか気が付いたら6000字を超えてましたね。びっくりしました。まだまだ、「必ずツッコミどころを用意しながら喋ることで、リスナーの参加してる感を高めつつコメント欄の治安を維持してる」とか、「Twitterが元気で可愛い」とか、言いたいこと色々あったのになぁ。今日も別に好きとかではないんですが、シェリンさんの配信アーカイブを聴きながら、「この記事ひょっとして被疑者(シェリンさんのリスナー)に怒られるのでは?」と震えながら寝ようと思います。


ちなみにチャンネルはこちら。

https://www.youtube.com/channel/UCHBhnG2G-qN0JrrWmMO2FTA


TwitterIDはこちら。

@ShellinBurgundy 


まだ生配信に間に合ったことがないので、一度くらいは「な、なんだってー!?」とコメントしてみたいものですね。

 

余談ですが、彼は「文章を読むと目が滑る」とよく仰っているので、たぶんこういうのは読まないでしょうね。と、タカをくくっています。限界キモオタクっぽくて恥ずかしいからちょうどいい。ついでにSS(ショートショート・短い物語)でも書いて公開してやりますか。なんてね。


では、次回。

今日の空について。

こんにちは、ゼロサンです。

今日は、おめシスの二周年生放送ライブビューイング上映会に足を運びながら、この記事を書いています。

元々は独り言のつもりだったので、そのつもりでお読みいただければと存じます。↓

 

最近、この焦燥感はなんなのだと思いながら、日々を過ごしている。焦っているのに、気持ちが重い。どうしたら晴れるのだろう、この気持ちは。

そんな思いを抱えながら、おめが団主催の二周年生放送ライブビューイングの会場へと向かう。飲む気でいたので、もちろん電車でだ。しかも今夜は地下鉄を使う。最近何かと電車を使うことが増えてきたものの、地下鉄に乗るのは久々である。

 

名古屋市営地下鉄は、地下鉄の名を冠しながらも、いくつかの主要駅周辺においては地上空高くに位置する空中地下鉄道となる。名古屋特有の地形が生んだ、愛知県七不思議のひとつだ。というのは今考えた。

そんな状態だから、地下鉄に乗っていながらも、窓の外に視線をやれば空が見える。間もなく名古屋市営地下鉄のひとつの主要駅である赤池に到達しようという頃、ふと顔を上げた。当然、この流れからいって、空が見えるのである。ああ、電車から空を見るのは久しぶりだなぁと思いながらぼんやり眺めていて、先程の重い気持ちが過るのを振り切るように、イヤホンをつけて『シンクロニティ』を流した。『シンクロニティ』は、おめシスの初のオリジナル曲だ。

 

ここのところ、どんよりとした空模様が多かったけれど、今日はこんな良き日に似合う澄んだ色をしている。2人が歌う空も、こんな空だったらいいな。VTuberにとっての「空」とは、『透明声彩』であり、『Sky High』であり、そして『シンクロニティ』なんだ。カラフルで、透き通っていて、夢と未来の象徴であり、すべてが始まる場所。それがこんなに綺麗であったならいいな、と。

まぁ、それくらいしか考えることがなかったといって差し支えない。ここのところ、かなり塞ぎ込みがちだったから、少し余力がなかったのだ。せめて、今は楽しむしかない。ブログも書いたし、絵も描いたからな。

 

そう、最近はなんだかんだと絵を描いている。元々は絵を描く人ではないのだが、絵を描く人のキャスなんかを眺めていると、不思議と「ああ、そうやって描けばそれっぽく見えるのか」「そのツール初めて知ったなぁ」「意外な組み合わせで意外な色を使うんだな」と、絵を学びたい気持ちで見てしまう。

特に最近は、何となく色遣いに注目している。どうやったらその配合でそんな色になるんだ……、髪の毛に三色以上使うのか……!? と愕然としながら。

お絵描きは初心者どころか、まずほとんど描けない。描画に一切馴染みがない。正確に描くことも困難であれば、「それっぽく」描くことなんて尚更である。

しかし、ハマりこんでしまったものは仕方ない。向いていなくても、楽しいものは楽しい。おかげさまで、普段の生活の中でも、「この色は何色から出来ているのだろう?」と考えるようになった。

 

ちょうどこの空の色も、そうだ。青は青でも、その中には様々な含みがある。そろそろ夕焼けに近付く頃の空は、青緑色と、少し赤みがかった紫色が混ざり合っている。

ふと窓の外から視線を外して上を見れば、求人サイトの広告が貼られている。色としては鮮やかな水色で、新たな門出とフレッシュな新卒の雰囲気を表すのに相応しい色だ。ひとつ言い方を変えれば、これは空色といっても間違いではない。空を表す色は、爽やかで夢のある未来を見せてくれる希望の色である、というのは、世間の共通認識のようだ。

 

そうして、もう一度、実際の空を眺める。何層もの色が重なった空の色は、そう一筋縄ではいかない。ほとんど快晴と呼んでもよいほどの空に浮かぶひとつの雲にさえ、青みがかった白、灰色、ブルーハワイのアイスのような鮮やかな青緑色、そしてパープルの意味での紫色と、たくさんの色を見つけることができる。細かく分ければもっとだろうが、そこまで目は肥えていない。ぼんやりと眺めながら、「もしこの空を描くなら、あの境界線は、エアブラシでぼかすだろうな。雲の上層は指でぼかして、下層はRGBでいえばあの辺の色にするのかな。」と、……言語化出来ない辺りまで考えて、やめた。やめたというより、それ以上考えられなくなった。

 

やっぱり私はたぶん、言葉にするのが好きなんだと思う。空の色から感じたことを、色として表すよりも、言葉を使って全身に、五感に訴えかけたい。

あの空の色からは、夕方の少し寂しい雰囲気と、春に向けて優しく、青々しく、しかし冬の名残からか、乾燥でツンとした空気をも感じる。時節も時間も、時と名のつくものはすべて空に表れては消えていく。だから人間の気持ちも、ゆっくりと移り変わっていく。色即是空、空即是色……、じゃないけれど、すべてが「今」ではないし、「今」がすべてじゃない。

あのひとつだけ浮かんだ雲の下には、何があるんだろうな。ここから、どのくらい離れているのかな。そう考えると、「ここじゃないどこか」が確実に存在していて、それを繋いで「ここ」にしてくれるのがこの空なんだろうな、とか、訳もなく考える。そうだ、絵を描くようになったって、考えることは、結局あんまり変わらない。

 

そういえば、これは上映会が終わったあとに書き足しているのだが、今日の上映会中になごり雪が降ったそうだ。いつかどこかの空の話が、こうして言葉によって繋がる。私にとって、「空」にあたるのは何で、誰なのだろうか。

 

それでは。