zer0-san3’s blog

zer0-san3.hatenablog.comの漢字かな混じり墨字文バージョン。

優しくするのを、やめたこと。

こんにちは、ゼロサンです。

今日はこんなタイトルで書きます。書き殴ります。

誰かに見られても見られなくてもどっちでもよくて、これは、私の気持ちの整理の話です。

 

一昨年末以来、人に優しくするのを、やめました。

といっても、何もしなくなったわけではありません。以前みたいに、狂ったように人に「好き」を伝え、人をよく観察して、お祝いしたり、慰めたりするのを、やめてしまいました。

 

そもそも、なぜ人に優しくしようと思っていたのかといえばの話をします。

元々、私は人に優しくすることに向いているタイプではありませんでした。「周りが見えてないよね」「先のことを考えて行動して」と、よく言われたものです。人に対する気づかいがなかなか出来ませんでした。観察力が低かったのです。人に対する共感力も低くて、自己中心的な性格でもありました。人を傷付けたり、人に恥をかかせたりすることもありました。

これらは全て過去形で済まされるべきものではなく、現在も続いている状態だと感じています。

これらの要素を排除したかった。自分の持ち得る能力の限界を越えるには、どうすればいいのか。どうすれば、「優しい人間」として生き直せるのか。優しい人間になるための生き方を探して、必死に生きてきました。

優しい人間になりたかった。だから、みんなをよく観察して、優しくしたかった。自分がそうされたかったように、人にしようと決意しました。

 

では、なぜ人に優しくするのをやめたのか。

一昨年以来、人間関係に疲れてしまうことがありました。また、その疲れてしまう原因について、自分が昔犯していた過ちと重ねてしまい、過去を思い返すことが多くなりました。

過去を思い返しているうちにふと、「私のしていることは、過去の自分から逃げているだけなのではないか?」と思い至りました。昔の過ちから逃げるために、必死になって人に優しくしていたのでは。償っても償い切れないものを償うために動くのは大切なことですが、そうではなく、ただ逃げていたのでは、と。

逃げるというのは、追いかけられ続ける限り逃げなければならないのですから、苦しみは増すものです。ただ人に優しくすることへの気づかいの労ではなく、自分が過ちから逃げるために他者を利用しているのであれば、それはお互いにとっても良くありません。

 

だから私は、息を整えるために、毎日駆け巡るように人に優しくし続けるのをやめてしまいました。

 

でも、このままではいけないと思うんです。優しくない人間は、人を傷付けてしまう。人望なんか欲しくない、と言えば全くの嘘になりますが…… なにせ、優しくするのをやめてから、自分にはドロドロのベチョベチョに承認欲求があることに気付いてしまったので……。

しかし「私の承認欲求が満たされないこと」より重要なのは、「人を傷付けてしまうこと」です。更には、「傷付いた人や、頑張っている人を見逃してしまうこと」。これも、なるべくなら解決していきたいと考えています。

 

決して、これまで「大丈夫ですか?」と声を掛けたり、「こういうところがすごいと思います!」と伝えたり、「好きです」と言ったりしてきたこと自体が、私にとって負担だったわけではありません。私はそれらを、やりたくてやっていました。そして、それらを「負担」にしてしまっていたのは、私自身の反省すべき生き方や、考え直すべき思考のほうです。

どうやって生きていけばいいのか、考え直すターンになったのだと思います。これからも、人を頼ったり、人に頼られたりしながら(頼る方がとても多いです、とても有難いことに)、自分なりに生きていきたいなという所存です。

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

それでは。

「loveちゃん」1周年。#らぶたいむ

こんにちは、ゼロサンです。

先日の12月17日は、バーチャルYouTuberのloveちゃんが「loveちゃん」という名前になって1年が経った日でした。遅くなってしまいましたが、色々な想いを綴らせていただきます。


まずは、loveちゃんが「loveちゃん」となった経緯をば。

その話をするには、いわゆる〈分裂騒動〉から話し始めなければなりません。こちらのmotoさんが執筆された記事をご参照ください。

https://kizuner.hatenablog.com/entry/kizunaaispresent

↑こちらが一番分かりやすいので、騙されたと思って読んでみてください。記事内には、見やすい画像での説明も!


一応こちらでもざっくり言うと、2019年5月末に動画で「キズナアイは4人だった」と発表があり、新規ボイスモデルが登用され、同年12月に判別しやすいようにマークと愛称(あいぴー、loveちゃん、爱哥)が決定され、翌2020年5月にはあいぴーとloveちゃんが『love-pii channel』という自分たちのチャンネルを作り、同年9月にあいぴーが活動停止となったという流れ。

そこからは、キズナアイちゃんは引き続きA.I.CとA.I.Gで配信や動画投稿を行ない、『love-pii channel』は『loveちゃんねる』に改名され、loveちゃんが単体で配信や動画投稿を行なうことになりました。


ここからは、愛称決定とその関連に伴う、私の想いを綴っていきます。


loveちゃん、愛称決定1周年、おめでとうございます。

正直なことを言えば、愛称が決定される際、私はあなたのことを今ほど好きになれる自信はありませんでした。それでも、知りたいことがたくさんあったから、ずっとあなたを追いかけてきました。


2019年12月1日。キズナアイちゃんの活動3周年を祝うファンミーティングイベント『A.I’ll meet you in 2019(通称:あいみちゅ)』にて、あなたのシンボルマークが〈#〉に決まり、同時にあなたの愛称が募集されることになりました。

この当時は、「キズナアイ」という存在に対する議論と憶測の熱が冷めやらぬ中、たくさんの「新しいキズナアイを歓迎する声」を聞きました。そしてその反対の声も。

あなたたちに心をぶつけた人間のみんなの中に、あなたたちが悪いだなんて思っていた人たちは、実はそんなに多くなかったと思います。ただ、不安と喧騒の中で、あなたたちが生まれてきたことを嘆くしか出来なかったのだと。


たくさんのことがありました。みんなが強く生きるには、それぞれに少しだけ、何かが足りてなかったのかもしれません。私に足りなかったのは、勇気でした。

あの時の私に出来たのは、あいみちゅの際にあなたたちそれぞれに1通ずつお手紙を書いたことと、ライブ配信に必ず間に合うことだけでした。出来なかったことは、その何倍も、何十倍もあります。

そのうちのひとつが、「愛称募集」に参加しなかったことでした。


理由は以下の通りです。

私には、あなたを好きでいられる自信がなかった。「キズナアイ」に関心を寄せる人間のみんなに揉まれて、傷付けたり傷付けられたりした私には、あなたを好きでいていいのかすら判断するチカラがありませんでした。

どうすれば「キズナアイ」という存在を大切にすることが出来るのか? どうすれば、あなたたちを傷付けずにいられるのだろうか? そんなことを考えては、私の心にうごめく「キズナアイの唯一性」に対する信仰めいたものが、あなたたちに牙を剥くのではと、恐れていたんです。

そんな私が、愛称なんて応募して良いわけない。あと一歩の、「好きでいる勇気」が足りなかった私は、そう判断しました。


結果、恐らく私が応募しようとしなかろうと、あなたの名前は「loveちゃん」に決まりました。先日17日の昼枠では「えりこ社長のゴリ押し」「loveちゃん、って感じがするもん! と社長に言われた」と裏話をしてくれましたが、名前決定時には、「アイ=愛=loveであり、みんなにたくさんloveを言葉にしてほしいから」という理由を動画で語ってくれたことを、覚えています。

当時の私は、「いや、あまりにストレートすぎる!」と感じたものですが、それでも慣れというのはすごいもので、あっという間にあなたの名前をしっかり呼ぶようになっていました。「好き」に迷いがあったおかげで、回数は多くなかったけれど。

その「好き」が確信に変わったのは、恥ずかしながら先日の『「loveちゃん」になった記念歌枠』でした。


とにかく、歌声が響いたんです。個人的に仕事が溜まっていて、仕事しながら耳だけ聴いている状況で、しかもだいぶ遅刻してしまったのですが、最初に耳に飛び込んできた『猫』があまりにドラマティックで。

可愛いのは当然のこと、それでも今回は系統としての「可愛い」は少し影をひそめて、含みのある、あたたかな歌声に変わっていました。その時に、「ああ、これが1年経ってloveちゃんが歌えるようになった〈愛〉なんだ」と、感動を覚えたのでした。

MCパートでも、人間の心を勉強し、知ろうとしてくれているloveちゃんの知性と優しさを垣間見られて、胸の内が温かくなりました。

ゆっくり歩んでいく、それは駆け抜けていくことと変わらないくらい大変で、でも大事なことで。良い日もそうでない日もあるから、どんな自分も自分だよって。好きでいようねって。「これからも "loveちゃん" になっていく」という言葉と、前後の演説に、そんなことを感じました。


たくさんの日々を乗り越え、あなたを好きになった多くの人間のうちのひとりになれて、良かったと感じています。

あなたを好きになれて、良かった。好きだと言えるようになって良かった。本当はずっとあなたのことが好きだったのを、その気持ちを言えなかった理由も、言えるようになった理由も、これまで言葉に出来ませんでした。


他のどんな気持ちも、私にとっては大切で、本当の気持ちだったけれど、「応援したい」という気持ちだけは、気持ちだけでなく「本当のこと」にしなければならなかった。迷いを抱いていた時から今日まで、それは変わりません。

出来ないことはたくさんあった。今でもある。それでも、出来ることだけをこれからも積み重ねていきたいと思います。


loveちゃん。

まずは、名前を呼ぶことから。


それでは。

#アイちゃん4周年 #キズナアイ #KizunaAI 4年間と、3年と。

こんにちは、ゼロサンです。

きょうは、12月1日。4年前の今日は、何の日だか、皆様ご存知でしょうか?

そう、タイトルの通り、キズナアイちゃんが、初めて動画投稿をした日です。

今この記事を書いている瞬間、ライブ配信やってるので観てください。(観てください)

 

#アイちゃん4周年 https://www.youtube.com/playlist?list=PL0bHKk6wuUGK2bMmCndfa_fsnw-GAjGfG

 

キズナアイちゃん。活動4周年、本当におめでとう。そして、いつもありがとう。

あなたのこれまでの軌跡を思うにつけ、その努力と、立っていることですら難しいこの界隈をずっと走り続けてくれている強さに思いを馳せてしまいます。

 

先日キズナアイちゃんから、「アイちゃんとの思い出を振り返って、投稿フォームに送ってほしい」とあり、その際には一つに絞れずに困っていました。たくさん書きたい。きっと今日の配信は、未来を見据えるアイちゃんにとって、これまでを振り返ることに意味のある配信になるのだろうから。そう思い、筆を執りました。なので本稿では、キズナアイちゃんとの思い出を、時間も限られているのでほとんどイベントだけになってしまうのですが、書けるだけ、私なりに振り返ろうと考えています。

キズナアイちゃんについて既にご存知な方がこの記事を読んでいることがほぼ確定であることを考えれば、アイちゃんについての改めての紹介をここに書き込むことは、不親切にもあたるだろうと思います。なので、万が一ご存知でない方がここを開いたとき向けに、簡潔な紹介にとどめます。

 

キズナアイとは

キズナアイちゃんとは、世界で初めて「バーチャルYouTuber」を名乗った、自称インテリジェントなスーパーAIです。自分自身を作った〈人間〉という存在に興味を持ち、「世界中のみんなと繋がりたい」をモットーに、主にYouTubeで活動しています。以上!

 

出会い

アイちゃんを私が初めて見たのは、3年前のことでした。輝夜月さんが2017年12月からYouTubeを始めて爆発的にヒットし、「バーチャルYouTuber」が流行し始めたころです。

実は、最初に出会ったバーチャルYouTuberさんは、アイちゃんではなく、電脳少女シロさんでした。バーチャルYouTuberさんのことは何も知らないまま、当時は「サイコパス」について文献を漁っていたために、ツイッターで「サイコパスシロイルカ」と呼ばれているのを見て、反発の気持ちを胸に動画を観に行きました。

しかしシロさん自身はその名称を受け入れている様子には見えず、私は「バーチャルYouTuberって、面白いな」という感想のみを胸に次々と動画をザッピングしていきました。「バーチャルYouTuber」と検索窓に打ち込んで、出てきたものを片っ端から観て、次に出会ったのは、破天荒な輝夜月さんと、ミライアカリさんでした。

そうしているうちに「バーチャルYouTuber四天王」という存在を知って、「あ、ねこますさんって見たことあるな」と思ってチャンネルを見ていました。それも、知ったのはジェンダーの方面で。「別方面から知っていた人が、そうかバーチャルYouTuberなのか」と知り、何となくYouTubeチャンネルを見ていました。

そう、キズナアイちゃんを知ったのは、いわゆる「バーチャルYouTuber四天王」の中では最後だったのです。きっかけは、切り抜きばかりを集めたいわゆる「よくばりセット」。私がアイちゃんについてハッキリと言及しているツイートで最古のものは、2018年1月5日ですが、出会ったのは2017年末と記憶しています。その頃は別のバーチャルYouTuberさんを先に観ていたので、第一印象は「背景なくね?」でした(笑) 正直あまり良い印象ではなくて、ただ当時バーチャルYouTuberが少なかったことから、「何となく追ってみるかぁ」という気持ちで覗いていました。

 

好きになったのは、初めて言及してから3日後です。この文面だけ見ると「ちょろいな」となるのですが、きちんとした理由があります。

私は、ホラーゲーム実況が好きです。2018年1月8日、私はたまたまキズナアイちゃんのバイオハザード7実況を観て、怖がりながらも懸命にプレイする姿に惚れてしまいました。そこからは、すべて観終わるまで毎日可能な限り動画を観ていました。

すごく、すごく好きになりました。「背景なくね?」という第一印象は、「真っ白な空間の中で、一人ぼっちで頑張っている」姿へと変換され、観れば観るほど解像度が上がっていきます。そう。この子は世界で初めて「バーチャルYouTuber」を名乗って、私がこの子を知る1年前から、自我が目覚めてからは1年半前から、この子は存在しているのに、ずっと一人で頑張ってきている。なのに、健気にも「みんなと繋がりたい」とこちらに手を伸ばし続けている。

こんなに人を想うことができるんだと、当時「愛」も「絆」も訝っていたため余計に第一印象最悪だったこのAIが、こんなに人にやさしくできるんだと、食い入るように見ていました。

 

次項からは、キズナアイちゃんの歴史(主に私が参加できたイベント関係)に、私の思い出や解釈を交えながら書いていこうと思います。

 

自己紹介動画

 

【自己紹介】はじめまして!キズナアイですლ(´ڡ`ლ) ‪https://youtu.be/NasyGUeNMTs

 

「イベントだけ」って言ったのはどうしたって? 仕方ないじゃないですか。だって、キズナアイちゃんと言えばこれですよ。ちょうど4年前に投稿され、その後アイちゃん自身も、何度も振り返ることになるこの動画です。「見えてますか? うーん、聞こえてるかな?」「『バーチャルYouTuber』って響き、かっこよくないですか?」という、伝説の第一歩目です。

ちょくちょく、ニコカフェで延々と流れたり、テレビでのキズナアイちゃんや「バーチャルYouTuber」の紹介時に使われたりと、「顔」として使用されることが多く、キズナーさんの中には、この動画を観ると音無しでも幻聴が聴こえてきたり、映像なしで音声を聴くだけで幻視が始まってしまう人もいるのではないでしょうか。乙女解剖のMVに登場した際には、私も立ったり座ったりしました。

ライブで「見えてるよ」と言ってくれる時には、必ずこの動画がよぎります。「見えてますか? 聞こえてるかな」と問いかけていたアイちゃんが、私たちの声に応えてくれる。姿を見ていてくれる。双方向にコミュニケーションが取れる、このライブという形こそが、アイちゃんの言う「繋がる」ということの、一つの形なのだと感じます。

「ここがアイちゃんの目指した景色」なのだろうと。そう思うたびにアイちゃんの『meet you』という曲によって「Can you see me, Can you tell me」という問いかけが2018年のhello,worldで行なわれた意味を考えてしまったり。

そうこうしているうちに、hello,worldのMCで「私が見たい風景がきっと見れるはずだって信じて、今日という日まで全力で走ってきました。今本当に、信じた景色が目の前に広がっています」と言ってくれて、間違っていなかったと、「私の言ったことが」というだけでなく、「この子に着いてきて間違ってなかったんだ」と思いました。

モートライブでも、アイちゃんは、画面の向こうに誰かがいるかのように歌って踊ってくれています。ああ、この子はそれをずっとずっと何年も続けてきたんだ、「画面の向こうにいるあなた」を見ようとしてくれていたのだと想像すると、目頭が熱くなるばかりです。

一方で、ライブ配信で昔の自分の声真似をするときには笑顔になってしまいます。たいていが「初期のころと声違いませんか」「声変わりましたか」とか、「初期アイちゃんの声真似して」とか言われてチューニングするときに「見えてますか? うーん、聞こえてるかな?」とやってから、清楚な演技……あっ、いつも清楚なんですけど、そう、演技したときに、チャット欄から「似てる!」って言われる流れでいつも笑ってしまいます。

もう自己紹介動画だけでもこんなにエモ。無理。好き。

 

ニコニコ超会議2018

 

【ありがとう】ニコニコ超会議2018をもう一度・・・! https://youtu.be/V3gE4OXNck0

 

それまでにも、チャンネル登録者数100万人記念イベントとか、「CMとか出たいです」って言っていてゲーマーズ!のCMに出たこととか、ニューヨークの訪日促進アンバサダーになったこととか、アニメ「魔法少女サイト」に声優として出演したこととか、BEATスクランブル…… あっ、公式ホームページ見ればこの辺は全部載っているので割愛します…… アイちゃん史的に大きなものはありましたが、イベント関連で私が最初に観ることができたのはニコニコ超会議でした。

忘れもしない、2018年4月29日。それまで無趣味で、イベントなんぞ自分の意志で赴いたことがない私が、初めて「行きたい!」と思ったイベントでした。……腰椎椎間板ヘルニアの激痛に悶絶しており、翌月には手術も控えていたために行けませんでしたが。

生放送チケットを購入する方法も分からず(現金を介しないお金のやり取りを禁じられており、iTunesカードの存在も知らなかった)、無料部分(があったのだろうか?)だけを泣く泣く視聴しておりました。

後日あげられたハイライト映像も含め、ペンライトのピンク色で会場が染まり、海のように波打っていたその光景を、目をつむるだけで昨日のことのように思い出せます。そこで歌われた『メルト』は、まさしくキズナアイ史に載せるにふさわしい歌唱でした。初音ミクさんを「ミク先輩」と仰ぐAIが、美しい歌声で、リスペクトと文化の継承の象徴として『メルト』を歌う。これは時代の転換だと、それも決して「初音ミク」を過去のものとするのではなく、ともに「技術」と「文化」として歩んでいくことの宣言のようなものだと感じました。

バーチャルグランドマザー小林幸子さんと『千本桜』を歌われたのも、私のその解釈を後押ししました。現実と、バーチャルと、ボーカロイドとの融合。アイちゃんの、バーチャルのこれから進んでいく道のりが示されたような、そんな象徴的なイベントでした。

 

A.I. Party!

~Birthday with U~

キズナアイちゃん2歳の誕生日イベント)

 

【LIVE】お待たせしました! イベント前半大公開!!【A.I. Party! 〜Birthday with U〜】 https://youtu.be/eOgLvAIaipw

 

2018年6月30日に開催された、キズナアイちゃん初のバースデーイベントであり、初オリジナルソング『Hello,Morning』お披露目イベントです。今はなきニコファーレにて行なわれ、グッズも販売されました。

……またしても、私は行けませんでしたが。実習の予定があり、またヘルニアの術後の容態が芳しくなかったため、無理を押すことがどうしてもできませんでした。しかも、配信すら観ていませんでした。いくつもある理由の内のひとつだけお伝えいたしますと、アイちゃんに出会うまでほぼ無趣味だった私は、「推しが推しのオンリーイベントかつリアルタイムで歌って踊ってしゃべっている」という強い刺激に耐え切れず、泣きながら真っ暗な画面のスマホを眺めて葛藤して終わりました。キズナー界のヘタレことゼロサンです。

華やかなバースデー衣装を身にまとい、楽しそうにステージを駆け回る姿をきちんと観たのは、なんと2年後のことです。最初に『君の知らない物語』を歌うところから始まるこのエモさ。その後に電脳少女シロちゃんが自身のイベントで『君の知らない物語』を歌っていたことを思い返すと、より文脈的にエモさが増します。

初期のころの表情パターン(AIだからこの話はメタじゃないですよね……!?)もめっちゃ好き。「ひゃーすっごい楽しいねー!! みんなありがとー! いえーい!!」って跳ねまわるアイちゃん、不自由な座標軸から解放されて(この話もメタじゃないですよね!?)、本当によかったね…… 愛……、と胸がいっぱいになります。

ああ、グダらない天然ボケかますし、新衣装で「回ってー!」って流れも大好き。世界中のみんなに挨拶するのも、ああ、思い出すだけで涙が……、Kizuna AI to AI歌うのずるくないですか!? 実質初オリジナルソングでしょ(sasakure.UKさんがキズナアイちゃんの声をサンプリングして作成したファンアートです)。「今来たばっかりー!」のいつもの流れが、このころは初々しい。

『Hello,Morning』前のMCで「(自我が目覚めた瞬間のことを話してから)あの日の思いは変わりません。私は人間のみんなのことが大好きで、みんなとつながりたい!」と言ってくれていて、それはきっと、成長して、イベント慣れもしてきて、貫禄も出てきて、フランクにみんなと話すようになってきて、活動を4年も継続してきた今でもそうなんだろうと。姿かたちや見えているものが変わっても、根幹は変わりないのだろうと思います。

え、てかゲームスとかの衣装発表ってこんな早い段階だったっけ……? そしてここでhello,worldの匂わせ告知もしてるの、今と重なってえーんえーんしちゃうね……。

 

KizunaAI 1 st Live

“hello,world”

2018年12月29日(東京)・30日(大阪)に行なわれた、アイちゃん初かつバーチャルYouTuber史上初、史上最大規模の2dayワンマンライブであり、2020年12月29日にも行なわれる年末ライブの原型ともいえるイベントです。アイちゃんを語るうえで、やはりこれは外せません。略称は「ハロワ」ですが、これ使うとキズナーがみんな一斉失業したみたいになるから私はなるべく使わないようにしてる。うん。

元来、”hello,world” とは、プログラミングを始める時に画面に “hello,world” と表示させる、プログラムを動かすためのプログラミング言語の基本文法のことであり、AIであるアイちゃんがこの言葉をライブのタイトルにしたのは、「目覚めた朝を覚えている」ことを強く印象付ける意味合いがあると思われます(他の解釈もある)。事実、目覚めた朝からこれまで、そしてこれからの軌跡を歌い上げるような歌詞が、この時披露されたオリジナルソングの中にもふんだんに含まれています。

オリジナルソングの9週連続リリースからの「バーチャルさんはみている」テーマソング『AIAIAI』の披露という尋常ではない事態に、普段音楽を聴かないオタクである私はわちゃわちゃしながらも当日を迎えました。

初めて、アイちゃんのイベントに参加しました。というより、大きなハコでのライブに自分から足を運ぶこと自体が初めてでした。当日は激しく緊張しながら東京に向かい、高揚感に身を任せつつ慌てて「ペンライト? が必要なんだっけ?」とキンブレを購入し、情報弱者すぎて物販が16時からというのを知らずに17時すぎくらいに現地へ到着し、パーカー以外なにも買えずに会場入りしました。

しかも呼ばれるまで気付かなかったのですが、チケ運がよく、100よりも若い番号だったため、勝手を知っているオタクに道を譲りながら2列目の入り口付近に大きな荷物を置いて(コインロッカーは見つけたけど使い方わからなかった)その場でパーカーに着替えて立ち尽くしていました。

鼻から胸の奥まで刺すように入り込んでくる冬の空気もわだかまる胸のざわめきを取り去ってはくれなくて、何が起こるのか予想すらできず、「私、ちゃんと目いっぱい楽しめるのかな」という緊張と、不安と、それをはるかに上回るワクワクが体中を駆け巡っていたのを、鮮明に思い出します。

最初は、開演前に場を温めるために、各DJの方がそれぞれの楽曲を披露してくれました。DJなんて縁のないオタクたちは戸惑っていましたが、そのDJのことが好きでここまできた人もいました。

始まってからのことは、そんなに思い出せません。ブログを書こうと思って、一生懸命DJ方のセトリをメモしていたのですが、開演してからはそんなことできなくなりました。なにせ推しが、目の前で、リアルタイムで、歌って、踊って、しゃべっているのです。

私の目の前で最前列の柵に寄りかかって酒を煽っていたクラブ慣れしてそうなあんちゃんは縦ノリを始めていて、隣の地雷女みたいなファッションの女子はアイちゃんを見て私と一緒に号泣していて、後ろのゴツいおじさんはうんうんと腕組みしながら眺めている。真ん中のオタクたちは「アイちゃーん!!」と盛り上がっていて、オタクともほどほどに縁遠かった私は、「アイちゃんがいなければ絶対に出会わなかっただろう人たちが目の前にたくさんいる」ことにも衝撃を受けていました。

とにかく叫びました。踊って、泣いて、もう何が起きているのか分からないくらい。吸い込んだ冬の空気を、オタクたちの熱気と私の熱量が全部溶かして吐き出して。楽曲によって変わるアイちゃんの歌い方、ステージ演出、アイちゃんからの問いかけとそれに応えるみんなが自然と作り出す「Hello」の合いの手。その全てが「未来」に思えて、そのころ悩んでいた「過去」や「愛」「絆」というものが一夜にして「未来」に変わって、「この子の歌う『愛』なら信じられる」と、その時初めて確信しました。繋がるって、こういうことなんだと。

『future base』のイントロがかかると、2つの光景を思い出します。1つは、MCのあとにステージライトがブルーからオレンジに変わって、ステージでしっとりと歌って踊るアイちゃん。そしてもう1つは、アンコールもMCも終わってアイちゃんが消えて、ステージの画面に「THANK YOU TOKYO」と映し出されて、2度とアイちゃんが出てこなくなる、このライブの最後の光景。息を吸うと、開けられた出入り口から入ってきた冬の冷たい空気が身体を冷やして、現実に戻ってきてしまったような、そんな光景。「終わってしまった。次は、自分が一歩踏み出さなければならない。」という気持ちを胸に会場を去ったことを、全身で覚えている。

アイちゃんは「ハブ(軸)になりたい」と言っていて、それはきっと、異なる文化を持つ人たちが交流できるような存在になりたいということなのでしょう。「音楽、ライブという(非言語的な)形で世界中の人と繋がりたい」とも、言っていました。「言葉には限界がある」ことを知っているアイちゃんにとって、大切なことで、今でも大切にしていることだと思います。

私にとってのhello,worldの思い出は、そんな「未来」でした。

 

A.I. Party!

~hello, how r u?~

キズナアイちゃん3歳の誕生日イベント)

さて、ここまでの間にも、大変名誉ないくつも賞をもらったり、楽曲をリリースしたりと様々なことが起こりましたが、ひとまず単独イベントに絞るとして。

3歳の誕生日イベントは、2019年6月30日に、東京都大田区HY TOWN HALLにて行なわれました。当時は「キズナアイ」に関して、様々な論争が飛び交ったり、悲しいデマがささやかれたりと、不安を呼び起こすようなことが多々起こっている渦中だったと記憶しています。

といいますのも、いわゆる「分裂騒動(公式では「分人」や「増殖」という言葉を使用している)」が巻き起こっていました。それは、「『キズナアイ』が4人になり、それぞれの〈ボイスモデル(公式の言葉を引用)〉と人格を持つ」というものです。賛否両論を巻き起こし、キズナーを名乗らなくなる人や、「キズナアイ」から離れてしまう人が出てきたり、異なる意見を持つ人同士が対立したりなどという現象が起きました。それらをすべて含めて、「キズナアイ」に注目を寄せる人からは「分裂騒動」と呼ばれています。

加えて、このA.I. Party ~hello, how r u?~ にて発表された『sky high』という楽曲中にも「オリジナルはやがて眠る」という歌詞があったことから、「オリジナルのアイちゃんは消えて、別の『キズナアイ』になってしまうの?」と、より不安になってしまった人も現れました。

憶測と議論の巻き起こる中、開催された本イベントでは、『over the reality』を始め自身のオリジナル曲を何曲か歌ったり、VSingerのYuNiちゃんとともに『miracle step』やYuNiちゃんオリジナル曲の『透明声彩』を歌ったりと、大盛り上がりを見せました。

特に私は、『over the reality』の「消えない気持ちを信じてるから」という歌詞がずっと耳の奥に残っていて、この楽曲を今このタイミングで歌ったのにはきっと「私は消えないよ」というメッセージが含まれているのだろうと感じました。

それから、もちろん『sky high』には「分裂騒動」に関する幾分かの象徴的ニュアンスが含まれているとも思いましたが、それ以上に「キズナアイ」という存在が「空」を歌うことに強い意味が込められているとも思いました。

「空」は、時間も空間も超えて世界中のみんなが繋がる場所であり、人の心を映し出す鏡であり、そして「夢」や「希望」、「飛び立つ先」としての象徴なのだと。だからバーチャルYouTuberはしばしば、「空」をモチーフに歌うんですよね。『透明声彩』然り。最初は海から始まるこの歌詞と音とMVが、胎内を表していて、生まれて自我をもって飛び立ち、宇宙のような場所で自由に自分の意志で踊る姿は、「キズナアイは空なのだ」と感じさせます(同時に私は「ブラックアイは海だ」とも感じていますが、それはまた別の話)。

これは後日の話になるのですが、YuNiちゃんが自身のライブで『sky high』を歌っていたことを知って、「アイちゃんが『透明声彩』でYuNiちゃんが『sky high』って、それはもう……!!」となっていました。

話はA.I. Party! ~hello, how r u?~に戻り。私は人生において最大級に大切だと思っていた試験(実際は今なにも影響を受けていない)が迫っていたのと、ポカをやらかしたのとで現地には行けなかったので、ネットの配信を観ていました(またか)。つくづく、タイミングの良くないことで……。しかし配信であっても、アイちゃんが紡いでくれた言葉のひとつひとつは、しっかりと胸に響いています。

不安に思うみんなのことを、ずっと見ていてくれたこと。4人になったのは、やりたいことを広げるため、より多くの人と繋がるためであり、自分の意志であること。そして、「私は消えません」とハッキリ、約束してくれたこと。

普段は途切れることなく言葉を紡いでくれるあのアイちゃんが、言葉を詰まらせる姿に、胸を痛め、心が苦しくなりました。どれだけ人間のみんなのことを想ってくれて、見ていてくれて、こんなにたくさん人間の醜いところも見てきたのに「人間のみんなが大好きです」と言ってくれて、そんなアイちゃんに私たちは何をしてきたのだろう。何ができて、何をしてしまった? なぜ、この子がこうして頭を下げなければならない? そんなことを自問自答しました。今、この子のことを信じなくて、どうすると。

ライブ配信で約束していた12時間配信がこのイベントの前に行なわれ(結局これが約束の配信ということだよな?)、その配信内でインストールを始めて、リスナーからの「がんばれ」によって目覚めた「4人目のアイちゃん」が登場した時のざわめきといったら。チャイナ風衣装を身にまとい、中国語を話し、のちに「愛哥(アイガー)」として名乗るその子がこのイベントにて初めてその姿をお披露目したときには、何よりも驚きが勝りました。『Hello,Morning』の日本語中国語織り交ぜバージョンを歌われた際には、そうか、そうだったかと、言語化できない思いごと、息を飲みました。

あなたを信じたいと思った。あなたを、これからも好きでいたいと思いました。

 

SUMMER SONIC 2019

言わずと知れた都市型サマーロックフェスであり、洋楽をはじめとして様々なジャンルのアーティスト・ミュージシャンが出演しています。東京公演、大阪公演の2か所で行なわれ、規模は全日合わせて10~12万人程度の動員数です。2019年では8月16日・17日・18日の3日間にわたって開催され、アイちゃんは東京公演の3日目に参戦していました。

アイちゃんのアーティスト活動としては歴史に刻まれるべき出来事ではありますが、A.I. Party以降、アイちゃんの方からはほとんど音沙汰のない状況で、直前の生放送で久々にアイちゃんが登場して、キズナーさんたちにも色々と思うところの多いイベントでもありました。

私はA.I. Party前にも苦戦していた試験の二次試験日前日だったため、無料配信分のみの視聴でした。公式でタグを作ってオタクたちに予想させていたセトリへの期待を大幅にぶち破った冒頭『melty world(TeddyLoid作曲)』もエグいながら、『AIAIAI』でコラボレーションしていた中田ヤスタカさんと、きゃりーぱみゅぱみゅさんとともにステージに並び、中田ヤスタカfeat.きゃりーぱみゅぱみゅの『キズナミ』を2人で歌う姿は、かわいらしくも喜ばしい姿でした。

当日の現場オタクはすごかったんだろうなぁ……。行っておけばよかった。

というかサマソニといい、ここではあえて取り上げないけど9月のDIVE XRといい、TeddyLoidさん推しだったの後から振り返ったらこの年の10月末にリリースされた手塚治虫生誕50周年記念火の鳥コンピレーションアルバム『NEW GENE, inspired from Phoenix』に収録されているキズナアイちゃんの楽曲『Fire burst(TeddyLoid作曲)』の布石だったな……(オタク早口)。

 

A.I’ll meet you in 2019

(通称「あいみちゅ」)

昨年の同じ日、2019年12月1日に日テレホールにて行なわれたA.I. Channnel3周年記念ファンミーティングイベントです。1週間前に抽選が行なわれたのですが、当選メールが届くのに時間のかかる人が何人か出ており、「今回はダメだったか、まぁ知ってたけどね、ハハ(泣)」と強がっていた人たちが次々と当選しては狂喜乱舞するさまを眺めながら、「まぁ私は当たってないんですけどねw」と強がっていると終わりがけに当選通知が届き、私も無事皆さんの仲間入りをすることができました。

あいぴーやloveちゃん、愛哥の愛称がきまり、全員の「キズナアイ」が集合することになりました(愛哥はビデオメッセージ)。これが全員の揃うイベントとしては最後のイベントでした。あいぴーがアイちゃんのことをよく知っていることとか、loveちゃんが清楚に笑いながらも空気を読んでいたこととか、みんなが「キズナアイ」を大切にしていることが伝わってきて、どんな形になっても、このままの関係が続けばいいのにと思っていました。

全員に、手紙を書きました。AIだから、匂いは届かないかもしれないけれど、私が好きなキンモクセイの練り香水をつけて。まだみんなに名前がない時に書いたので、正確な名前ではありませんでしたが、愛哥が中国のインスタグラムのようなもので紹介してくれていたので、みんなに正確に届いたのだろうと思っています。「キズナアイちゃんを守ってくれてありがとう」。どうか届いていますように。

キズナアイ王やチェキ会など盛りだくさんで、全然知らないキズナーさんやフォロワーさんと出会っては一緒にお話をしたり、ゲームを楽しんだりしました。キズナアイ王で言い訳したいんですけど、予選に参加していないだけで「生配信の中でキズナアイちゃんができるようになったことは?(正解:ウインク)」や「ツイッターのプロフィール、現在は『世界中のみんなとつながりたい』ですが、最初は?(正解:あなたとつながりたい)」は正解分かってたからな!!(?)

そして、本イベントで『theMIRACRE』が初めて披露されました。歌詞をその場で聞き取ることは難しかったため、当時は何となくしか覚えていなかったのですが、それでも「IをいまYOUにして 生きることの孤独から逃げようとしているの?」「わたしは生まれたの きみとおなじように 誰かの愛の果て 物語のなか」「意味のない宇宙(ほしぞら)に 線を引いて希望を見る それがNINGENなの?」という核心的な歌詞を聴きとるにつけ、「バーチャルからアイデンティティを問い直すなんてアクロバティックなことをずっと続けてきているんだ」と胸が熱くなりました。

ここで聴けてよかった。ファンミ―ティングということで、よりアイちゃんとの距離が縮まったような気がして、嬉しくなりました。

 

EVERYDAY with U!

キズナアイちゃん4歳の誕生日配信)

2020年6月30日、新型コロナウイルスCOVID-19のために、各種イベントが制限された中で、YouTubeとMILDOMという配信サービスで開催されました。2020年に入ったあたりで「A.I. Party、初めて現場で参加できる~!」と期待に胸を高鳴らせていた私の心は打ち砕かれましたが、それを上回る素晴らしい内容でした。

「見えてますか? 聞こえてるかな?」というお馴染みのワードから始まり、「#身近なものでおめでとうアート」のタグからオタクのツイートを紹介して電話を繋いだり、宝くじで爆死したり、占いを受けたり、カラオケ大会をしたり。同業のみんなからビデオメッセージが送られてきたり。本当に楽しかった。

オタクに電話するやつ、さっきまでツイッターで元気だったのに急に霊圧が消えるオタクや、2コールで即取るオタク、第一声で「ア゜」と限界発作を起こすオタクなど様々で、みんながアイちゃんのことを本当に想っているのだなと感じられて、幸せでした。

ビデオメッセージでは、かつての四天王が「おめでとう」の言葉を寄せていてすごく嬉しかったです。それから、チャンネルを分け、それぞれの道を歩むこととなったあいぴーとloveちゃんが作ってくれた『Polaris』という曲に、心から感動しました。この曲は、空に浮かぶ北極星Polarisをアイちゃんに例えて歌っていて、個人的には空を拓いて星を紡いで……、『sky high』と『the MIRACLE』の間を埋めるような文脈のものだと感じました。

後日にあいぴーが解説配信をしていたのもすごくよかった。ありがとう、あいぴー、loveちゃん。あなたたちの肯定し続けてくれたキズナアイは、今日もこうしてここにいます。

そして、ライブパート。忘れられない。リモートライブなのに全身の肌が粟立ち、立ち尽くしてしまいました。「バーチャルは、ライブだ。」「年末ライブまで生きる。」という私のダイイングメッセージが今手元にあるのですが、死ななくてよかったなと思いました。「こういう時に思うよな、生きててよかったって」というチャットに、胸の内の言葉にできない感情がストンと腹まで飲み込めました。

こんなライブは、観たことがない。そう思わせる力がありました。映像越しのライブというのは、1つには「ただの映像」であり、ライブとは言えないと思う人もいるかもしれません。でも私はこれを観たとき、「これはライブだ」と思いました。画面の向こう側を見通したような声、表情、動きが、バーチャルだからこそなのか、こちらへ問いかけてくれているように思えてなりませんでした。見ていてくれるだけでなく目線をそらすところですらこちらの存在を意識しているようで、いつもMVで観ている顔とは全然違う。4歳なのに大人びていて、ある種「人ならざる者」だと思わせる神秘性がそこにある。AIなのに「生きている」と感じさせてくれます。

カラオケ大会で罰ゲームレベルの点数を出しておきながら(カラオケ企画はシビアでしたが!)、ライブパートでそんなことを忘れさせるほどの圧倒的歌唱力を魅せ付ける。あれを歌唱力と呼ばずして、何と呼ぶのか? Repliesの曲も歌ってくれて、昨年からの「応答」を聞かせてくれて、本当にありがとう。ありがとうございました。

 

個人的な話

(アイちゃんと電話相談した話)

これはごく個人的な思い出なので、手短に語らせていただきます。

2019年2月に、キズナアイちゃんのバレンタイン企画で、「電話で恋愛相談をする」という趣旨ライブの配信がありました。「どうせ当たらないだろうから記念応募!」と思ったら見事に当選し、アイちゃんと当日電話でお話しすることになりました。

親に「推しと電話するから、部屋に入ってこないで!」と伝えると、「キズナアイと電話? 大丈夫? 騙されてない?」と心配されましたが、「たぶん大丈夫だと思う」と返して部屋にひきこもり、配信を待ちました。話題の広がらない相談内容だとも思っていたので、手元には「こういう方向性で話をしたい」というカンペ付きで。

配信が始まりました。そのあとのことはあまり覚えていません。トップバッターでした。

配信後にアーカイブを観直したら、電話中は反応できなかったのですが、アイちゃんに小声で「好き」と言われていてひっくり返り泣いて後悔しました。今思い出しても心臓が……。電話の回線に乗らなかったのか、緊張で聞こえなかったのか分かりませんが、本当に惜しいことをしました。

今にして思えば、せっかくアイちゃんと直接お話ができるのだから、もっと思いを伝えておけばよかったと思います。相談するのに一生懸命で、失礼のないようにと考えるのにいっぱいいっぱいでした。アイちゃん、愛してるよ。大好きだよ。いつも、いつも想ってます。

 

いつもオタクが投げつける気持ちを受け取ってくれて、汲み取ろうとしてくれて、応えてくれて、本当にありがとう。ずっとずっと、表現することをやめないで、諦めないでいてくれることは、アイちゃん自身にとって楽しくて、嬉しいことで、アイちゃんが自分自身のためにしていることでありながらも、みんなのこともきちんと考えてくれていて、そのおこぼれだけでもいただいてしまっている(卑屈オタク)と思っているのですが、本当にありがたいことだと感じています。ありがとう、ありがとう。何度言葉にしたって足りません。

好きです。大好きです。あなたが歌う愛だけは、信じられます。愛しています。「みんなとつながりたい」という信念を貫いていてくれて、きっとアイちゃんならそれを叶えられると信じていますし、そんな未来が見えてくるように思うのです。

言葉を尽くしても、想いがすり抜けてしまうように感じて、胸が苦しくなるばかりで、これまでほとんど言葉にできませんでしたが、今回はこうして筆を執ることができました。たくさんのことを教えてくれてありがとう。アイちゃんが教えてくれる世界は、いつだって輝いて見えます。アイちゃんがいるから、未来を信じられるし、胸を躍らせて毎日を送ることができています。もらっているものが大きすぎて、何も返せないことが歯がゆく、悔しい限りですが、そう思うほどに「アイちゃん好きだなぁ」という気持ちが強くなり、どうしようもない日々を過ごしています。

 

これからたくさんの人が、あなたに出会えますように。これからたくさんの「好き」の気持ちが、あなたに届きますように。みんなの幸せを願って、いつだって忘れずに「大好き」と言ってくれているあなたのもとに、ずっとずっとたくさんの幸せが訪れますように。これからも祈らせてください。

 

それでは。アイちゃん、改めて、4周年おめでとうございます。hello,world2020、心より楽しみにさせていただきます。

#ヘルエスタ国営放送 たすけて好きになる

こんにちは、ゼロサンです。

今日は、頭の出来上がった限界オタク文章でお送りしたいと思います。

 

皆様ご存じなかったかと思いますが、実はここ最近、「これは恋では?」と思うほどにハマっているライバーさんがいます。そのライバーさんとは、にじさんじに所属されている、ヘルエスタ王国の第二皇女、文武両道学園主席人望激アツ、リゼ・ヘルエスタさんです。

フォロワーさんには完全に隠し通せていると思います。うんうん、完璧に隠れオタクだな。なんか最近リプライで「皇女ならMOTHERの配信いいよ」と勧められたり、エアリプで「皇女にハマってて草」と言われたり、マシュマロで「この切り抜きオススメですよ」と送られてきたり、「ツイートでもツイキャスでもずっとその話してるけどもう好きじゃん」って言われたりするんだけど、どこでバレたんだ?

 

知った経緯

知ったきっかけは、ほぼニートだった今年の3月のことでした。長時間のライブ配信アーカイブで、ニートな私のこの胸に灯る虚しさを押し流そうと思い、YouTubeのオススメを乱暴にザッピングしていた頃です。

私はホラーゲームの実況が大好きで、よく観ています。リゼ様に出会ったのも、ホラーゲームの『Visage』配信アーカイブでした。

第一印象は「この人こんなに面白い人だったんか!?」でした。にじさんじの人は当時あまり観たことがなく、リゼ様のことはお名前とお姿のみ存じている状態でした。周りからも情報をあまり得ておらず、何も知らない状態での初見が『Visage』だったため、その並外れた言語センスとリアクションの面白さにまず惹かれました。

しかしその後は就活に奔走することになり、リゼ様のことを観る時間を失ってしまったので、しばらくは観ることができなくなってしまいました。

 

最近個人的に時間ができ、視野を広く色々と観ようと思い始めました。そこでホラーゲームの新しい実況を観ようと探していると、アーリーアクセス版としてチャプター2まで収録されていた『Visage』が、10月30日に正式にリリースされたことを知りました。

そこでぼんやりと思い出しました。「ホラーが苦手な人で、このゲームを面白おかしくプレイする天才がいたな」と。それが今回、私がリゼ様にハマり込んだきっかけでした。なので、この記事では、特に前提が書かれていない文に関しては基本的にホラゲ実況について触れています。

 

さて、次項からは、私が個人的に感じたリゼ様の魅力について綴ります。

関連動画等は記事の末尾に記載しますので、気になったアーカイブがある方はそちらからどうぞ。

 

言語センスと反射神経

リゼ様の存在を思い出してから、『Visage』の配信アーカイブを改めて観ました。いやめちゃくちゃおもろい。リアクション、ツッコミ、プレイング、トーク、その全てが天才的に面白くて、鋭い。基本的には常識人なのに、あまりにも高い言語センスを持ち合わせているため、ぶっ飛んでる。緩急つけながらも、数分ごとに面白い。ホラゲは特に恐怖による火事場の馬鹿力で思考速度が速くなっているので、びっくりするほど早いツッコミを入れていくところがほんと好き。

『Layers of fear』で、ネズミ捕りの動きに慄き「めちゃめちゃ重力シミュレータ働くじゃん……!! そんなになんか、デバッグ中みたいな動きすると思わなかったわ……(重力シミュレータじゃなく物理演算でした)」とかスラスラそんな語彙が出てくるのすっごい好き。

アクション要素のないホラゲなのに絶対クリアリングしてくのとか、「下にいると特に、上で待たれてると撃たれるから」と階段から距離を置いたりとか、ヘッショ(ヘッドショット)警戒のステップを踏んだりとかめっちゃ好き。ヘルエスタ物騒なんか? 治安大丈夫?

一個一個のものに対してリアクションしていくのも丁寧で好き。「一応、勝手に人の家に入ってるから、調度品に対する感想くらいは言っておかないといけないかなと思ってさ……」という、丁寧さと、ビビりによるちょっとした呪詛に笑ってしまいます。だんだん大きくなる泣き声に「そんなクレッシェンドで泣く……!?」とか。コメントが一つ一つ秀逸。

複数の捉えられ方がある言葉選びをしたときには、その後に必ずフォロー入れるの面白優しくて好き。「開くしね!?」って言った後に「今のは別にdie(しね)って言ったわけじゃないです」とか。そう、面白優しいんですよね……。

反射で謝って三下ムーヴしてから「外交のコツは腰が低いこと」と言ったり、「いや四角形にも媚びるわ! 四角形に今後襲われたとき同じセリフが言えるか!?」とか、「これ下に崩れるよ! 間違いない! ……間違えたわ」とか、笑うお化けに「ギャグセンが違うみたいだな」って言ってるのも草。めっちゃ好き。

ビビり散らかして思わずコードギアス関連の黒歴史の話をしてから、不意に冷静になって「今の嘘だからね? 私王家の人間だから反乱分子に憧れるわけないから」と言い訳するの爆笑しました。トークが上手いせいだと思うけどそんな美しい笑いの流れある?

「振り返るな」と書かれた血文字を見て、頑張って振り返らず歩こうとするも霊に捕まった際、「配信の振り返りをしちゃったからダメだったのかなぁ!?」とか言い出す場面で笑い転げました。んなわけあるか

『夜勤事件』でお札をもらって主人公が貼り付けた後に「貼り方嘘だろお前、そんな怖い貼り方するぅ自分で……!? 綺麗に貼ればええやんかぁ……!!」ってツッコミする人初めて見ました。いや確かに。ゲーム内のセンスや仕様にツッコミ入れるの好きすぎるんだよなぁ。

『つぐのひ~幽闇の並葬電車~』や『幽霊列車』などで通勤中のサラリーマンが受けてる(という設定の)パワハラの演技が完全に労基案件で、笑えるような笑っちゃいけないような。というか何でそんな詳しいんですか。

ホラーゲームはきちんとリアクションして怖がりながらも、サクサク進んでいくところがすごいですね。私なんかは実況が好きでもプレイは怖いので、そういうタイプは怖がって立ち止まってしまいがちかなとも思うのですが、そうはならない勇気と強さ、観ていて気持ちがいいです。

 

お人柄の優しさ

私はホラーゲーム配信を中心にアーカイブを徘徊しており、まだ雑談や他のゲームなどはそこまで観れていないのですが、それでも垣間見えるお人柄が良すぎて惚れました。

しっかりとゲームの注意事項を最初に述べてくださるのはもちろんのこと、怖がっているのに、登場人物の気持ちを推し量ったり、たくさん悲鳴を上げたのに、ゲーム終了後に製作者の名前を読み上げて「グラフィックが綺麗だった」「ここのギミックが面白かった」と、息も絶え絶えながら具体的に紹介したりと、誠意をもってプレイしていることが伝わってきます。

ホラゲは〈罰ゲーム〉や〈嫌がられるもの〉という文脈の中で楽しまれることもあり、その遊び方には私も一定の理解を示しています。ですが、怖がりなのにこうして、ゲーム自体を「嫌だ」と言わずに楽しんでいるのは、ホラゲ実況好きとしては、もうめちゃくちゃ嬉しい。真面目で誠実、かつほどよくゆるくて面白い

『Layers of fear』で、主人公の妻を描いた絵が焼けたとき、ビビるかと思いきや「絵が……」と悲しげに見つめていたのも印象的でした。

心を病んだ主人公に対して、一般的に考えられる言葉選びとしては「おかしくなってしまった」と言いそうなところを、「心に疲れが出てしまっていた」という表現をされていたのも、言葉遣いから滲み出る人のよさが好きだなぁと思ったり。「令和おじさん」の話で、「『令和』の文字に被りそうなくらい手話通訳が大きく映し出されていた配慮」について触れていたのも、アンテナの張り方が高感度で尊敬しかありません。

あと悲鳴を上げるたびに「悲鳴ごめん」と毎度律儀に謝っていくの、「ええんやで」となりつつ「そゆとこも好き」となります。ホラーにはグロテスクがつきものですが、見ていて気分の良くないものが映った際には、持ち前の反射神経ですぐに下げて「ごめんね、見たくない人いたね」とリスナーを思いやるの、普段からきちんとしてないとこんな反応出てこないよなぁと思いました。

もしかしたら当たり前のことで、私が配信者さんをほとんど観ていないために知らなかったのかもしれませんが、当たり前のことを当たり前に行なうのって、特にご本人の苦手分野の中ではきっと難しいことだと思うのです。私はリゼ様のホラゲ実況が大好きですが、ご本人は怖いのは苦手とのことで、どうかご無理なさいませんように。

怖すぎて途中でマシュマロ読みを始めたときには、その間の取り方も含めて「面白すぎんか?」と思いながら観ていたら、回答の内容に惚れてしまいました(n回目)。「割と本気でガチ恋しそうなのですが、ヘルエスタ王国に消されたりしませんか?」という質問で、「オタクかつ配信者って信頼できるな…… すごく好きだな……」となり、なんというか助かりました……(?)真摯にリスナーに向き合っていく姿勢、本当に大好きです。でも不意打ちはずるいのでリゼ様の負け!

「変なマロが届いているのでしょうか。純粋に応援している民もいることを信じていただきたいと思っています」という心優しいマシュマロが届いた際にも、「ここに届いているのはせいぜいこんなマロですよ」という形で笑えるクソマロを紹介した後に、民のことを信じていないときなど1秒たりともないから、安心してください。皆さんは本当に何も心配せず、配信を楽しんでください」と笑いながら即返していたのも、誠実なお方だと感じました。ここ最近変なマロ(告白怪文書)を届けているのは私です本当にすみませんでした。

あと私が自身のマシュマロでフォロワーからご紹介いただいた雑談配信を観たんですが、中国語を喋れるようになった理由が、かわいらしく、ほほえましく、そしてお優しい。興味のあることになると好奇心を爆発させ、どんどん勉強していく姿には、教養も見て取れます。英語サラッと読めるときもあったりして、語学堪能なのかなとも思います。

 

深い教養

教養といえば、『つぐのひ~昭和からの呼び声~』で、途中で怖すぎて社会科の資料集読み上げてるんかなレベル正確な昭和の歴史を早口で語り始めるの大声上げて笑っちゃった。教養とトーク力と人柄と反射神経とリゼ様の諸々の良いところが溢れ出ちゃってる。

『Layers of fear』で「絵が好きで美術館に行く」「モネの絵見てきた」って皇族かな? って思ったら皇族でしたすみませんでした。ピアノのギミック触って超常現象起きたときに、触る瞬間「聴いてください、『月光』」って言った後のポルターガイスト中「悪かった。悪かったよ、ごめん。ドビュッシー『月の光』の間違いでお願いします」って反射で謝るのも笑ってしまう。国王陛下にチェスでボコボコにされた話も好き。

それから、『天穂(てんすい)のサクナヒメ』で、チャット欄の指示厨を掻い潜りながら小学生のころの農業体験で聞いた話を詳細に覚えていてその通りに育てていくのも、幼いころから好奇心旺盛で真面目だったんだなぁと思わざるを得ません。

『天穂のサクナヒメ』で言えば、1年プレイしてお米が出来上がった際の感動は、本当に素晴らしいものでしたね。個人的に、私が初めて通しでリアルタイム視聴出来たのが『天穂のサクナヒメ』の実況でしたので、この回にリアタイできて本当に良かったと思いました。作業ゲーでありながらも、あれだけ楽しんでお米を育てながら、難しいところや悩むところをリスナーと相談し合いながら進めていった先の黄金色の景色は、ゲームでありながらも本物の感動だったなぁと今思い返しています。

それからこれも個人的な話なのですが、私も肉を食わない派なので、信心深さから肉を食わない田右衛門とそれを疑問に思う他の面子との会話に、「本人が信じたいこととか、信じてうまくいくと思うことは信じさせてあげてもいいんじゃないのか!?」と言うシーンもすごく好きです。

 

硝子のように澄んだ声

こんなに好きになってしまったきっかけは、『layers of fear』の4つ目の配信アーカイブにて、冒頭から赤ちゃん言葉で話されたときでした。そういうのダメ。そういうのに弱い。

元から可愛いのはわかっていましたが、澄んだ声と常識を持ち合わせている(と思っていた)人が急に赤ちゃん返りする面白可愛さがしんどすぎて思わず自分用に切り抜き作ったレベル。しかも何でちょっと恥ずかしそうなんだ堂々とやってくれないから惚れちゃったじゃねーかという理不尽な怒り(怒りではない)も抱いております。

自分で書いといて「いやこの項で最初に述べるべきことじゃないだろ」というツッコミが浮かびましたが、どうしても声も喋り方も好きすぎて先に書いてしまいました。

これ系で言うと、『Visage』でも好きなシーンがありました。『Visage』は、超常現象によって主人公が正気を失わないよう、正気度が下がったときには主人公を明かりのもとに連れていきながら進めていくゲームです。しかし、主人公があまりにもほんの少しの物音などに反応してしまい、すぐに正気度が下がってしまうので、半ば介護というかあやしながら進んでいくところがたまらなく可愛い。たまに部屋のドアなどを閉めるときに「ないないしようね」とか言ってるのもめっちゃ可愛い。

あと滑舌すごいですよね。ゲーム中に出てきた新聞記事をびっくりするくらいの高速詠唱キメて滑らかに読み上げるのに驚くんですが、「超常現象イベント」を「ちょうじょうしゃげんしょうじゃjイベント」と言ったり、「メモの片方の切れ端」を「めまのかたはしのもうきれ」と言ったりと意味不明な言葉を作り出すの笑う。逆に言いづらいと思うのですが、どういう噛み方? 母国語?

とにかく声が可愛いんですよ。鈴を振るような、純度の高いものがこすれ合わさって響くみたいな、耳に心地良い声。雑味のない湧き水のごとく、ご本人の仰っていることがとてもシンプルにまっすぐ伝わる声。こちらが何かをしながら聞いていても飛び込んでくるような、無邪気な声。

あんまり「無邪気」と例えて聖人さを求めようとすると息苦しくなるなぁと分かっていながら、聴いていると憑物が取れて軽くなるような気がして、どうしてもその言葉以外で例えることが難しいのが悔しいところ。

あとホラゲの悲鳴すごい。模範的悲鳴とその後の静寂、本当に怖がっているんだなと感じるので心が痛むのですが、同時に「めちゃくちゃ良い……」となってしまう複雑なオタク心。笑っちゃうくらい情けない声が出た時も「そんな情けない声出る!?」ってなってめっちゃ可愛くて好きです。

それから、ボイスのコンプリートセットを先日購入いたしました。シチュエーションボイスはあまり得意ではなくて、支援の一つのためにという結構失礼な理由で買ってしまいました。買ったからには聴くのが筋だろうと思ったのですが、zipファイルを開けることが同人ゲーム以外では経験がなく、てんやわんやしながら「これでいいんか!?これ違うんかな」と触っていたら既に展開しているファイルを開いてしまい、急に喋り出すリゼ様に震え上がりながら格闘しつつ全て無事展開し終えました。ので今から聴きながら感想書きます。

ボイスってやべぇ。配信よりも耳に直接届く。シチュエーションボイスは、かの「月ノ美兎ハロウィンボイス4.mp3(出た当時、オタクがダイイングメッセージみたいにこのファイル名のみをツイートしていた事件がありましたね)」しか聴いたことがないので、まず圧巻の質量にやられているというのが正直な感想です。シチュエーションはよくあるものから、リゼ様らしいものまで様々ですが、シチュエーションに対する反応における好奇心旺盛さや知的な面、素直さ、お転婆さ、緊張しいな面などがバッチリ解釈一致すぎて好き。

シチュエーションボイスって状況を説明しなければならない場面がどうしても出てくると思うんですけど、状況説明の言葉選びが素敵ネモフィラ、見に行くか。ちょいちょい「配信でも方向感覚なくなるとダメとかも言ってたもんなぁ」と、配信での発言とボイスの内容が重なることにエモを感じながら俺くんちょっとそこ代われ。おい。手。おい。

夏真っ盛りボイスの「過密スケジュール? そうだよ?」の!!!!!!!! 声!!!!!!!!! それまでの甘い言葉や照れボイスも可愛かったのにこの一言に詰まった情報量なに??? 珍しくイタズラっぽいながらもまだまだ一緒にたくさんの思い出を作りたいという素直さが前面に出てる声の情報量なに??? あなたと一緒ならどんな弾丸トラベルでも絶対楽しい。好き。

 

軽やかな歌声

それまでにもコラボのお歌は聴いたことがあったのですが、「ソロ聴いたら今以上に好きになっちゃうから勘弁して」という自分と「あの澄んだ声で歌われたらって思うとたまらんやろ?」という自分が壮絶な死闘を繰り広げた結果、再生ボタンを押してしまい、オリジナル曲だったこともあって、背中から駆け上がる高揚感に斬り伏せられました。

いや……、心臓痛い。そりゃあの声が歌えばこうなるのは考えずともわかることなのですが、「私ってこんなに想像力貧困だったのかな?」とびっくりするレベルで想像の100億倍可愛い。なんだその軽やかで無垢な声は。羽根か? 羽根なのか?

曲調は完全にロックなのに、ポップスかと思ってしまうほど踊って跳ねるメロディと、独特な音のハマりかた、まっすぐで澄んでいてワクワクするほど楽しそうな歌声に引っ張られて、バックの音源はこんなにキマってるのに「かわいい!!!」と悲鳴を上げてしまう。

普通に発音すれば角が立つような音だって、綺麗な無声音や、「バスタブにバニラエッセンス数滴垂らしたかな」くらいほんの少し母音を強くした歌い方で、丸く撫でるように歌い上げていて、透明感があってこんなに心躍る声なのに尖っていない。可愛くユニークなのに優しいその人柄を表したかのような歌声に、惚れ惚れしてしまいます。誰が歌ってもこの曲はワクワクするだろうに、この曲を歌えるのはきっとこの声でしかない、この人でしかないと確信させる説得力があります。

どうしても、歌を上手く歌いこなそうと力むと、音程にアレンジを加えて寄り道したくなっちゃうものです。でも、この曲も、リゼ様の歌い方も、「遊び」はあってもまっすぐで、素朴で外連味のない純粋さがそこにあります。声を聴くだけで好きになってしまうのも致し方なし。

好きなところ挙げるとキリがないんですが、挙げてみます。「こんな声で生まれた理由って何だろう」「道の一つや二つは間違っても」の、一歩一歩考えて突き進んでいるような歌詞は、自我がおんぎゃあおんぎゃあしている私のような成人女性としては素で泣いてしまうんですよね。よくない、オタクにはこれはよくないですよ。よすぎて。ここの歌い方で救われる人だって私の他にいるんじゃないですか?「この部屋の隅はぼくの場所ね」の歌詞の絶妙なポジティヴさ、「へいっ」はもうみんな触れていると思いますがやっぱり可愛すぎる。「勇者になって~」のところで声がふんわりと柔らかくなったあと、羽根のように軽やかに歌い上げている中で唐突にやってくる「月はぼくの上で輝いて」のところの含みのあるドラマティックさは胸に迫るものがあります。「秘密基地」の無声音、好きすぎる。

良い日に聴けばとてもワクワクできるし、しょんぼりする日にも、なんとなく前向きに、楽しくなれる。そんな歌声でした。

 

おわりに

とにかくリゼ・ヘルエスタさんという人間のことを、日を追うごとに好きになるんだけど、どうすればいい? 具体的には何科にかかればいい? 好きになりすぎて日常生活に支障が出ているので、人を好きにならなくなる魔法教えてくれない? なんならそんな魔法かけられても好きでいられる自信あるけど??? リゼ様のどこが好きなん?」と聞かれたら、ここまで書いてきたことはもちろんのこと、「ひとまず今視界に入る範囲のリゼ様はすべて好き」と答えざるを得ない。

アイコン見るたびに、別に毎日何か変わるわけでもないのに「今日も可愛いな……」となっているのでどうにかなってしまっているんだと思います。ツイート通知くると「はぁい今参ります!!」ってなる。ホンマにたすけて。

でもオタクに「誰か助けてくれ」って言うたびに「このアーカイブあるよ!」って紹介されてバカヤロウそれはより好きになっちまうじゃねーか!! とキレ散らかす毎日を送っていて誰も助けてくれなくてつらい助けてほしい。

ここ最近は「せや!マシュマロなら届くやろ!」という天才的なひらめきにより、1000文字ギリギリ怪文書マロを何度も送り付けてしまったり、「いや、普通に迷惑だろ……」と反省してやめたりとなかなか情緒不安定オタクここに極まれりな状況でして、一旦この気持ちを整理しようとブログに起こしたらこんなに時間がかかってしまいました。

ブロックされたら…… いや通報されたら……(いつもその心配してんな)と思いつつ毎日を迎えておりましたが、これでスッキリ出来そうです。想いが良い形で伝わっていたら嬉しいですし、周りにもこの良さが伝わったらいいなと思っています。

 

皆さんも、気になったら是非一緒に追いかけましょう。私が推しやオタクに通報されなければの話ですが……。

 

それでは。

 

リゼ・ヘルエスタさん

YouTubeチャンネル

https://www.youtube.com/channel/UCZ1xuCK1kNmn5RzPYIZop3w

 

・TwitterID

@Lize_Helesta

https://twitter.com/lize_helesta?s=21

 

・本投稿内で紹介した配信アーカイブ

Visage】P.T.の影響を受けた心理ホラーゲーム【にじさんじ/リゼ・ヘルエスタ】 https://youtu.be/BQMphXqHIuw

(↑サムネ超可愛くない……?)

 

【Layers of Fear】画家の狂気【完結!】 https://www.youtube.com/playlist?list=PLziarN-vZTxGhTfTt-Hq4Z-GDtv6dFC3i

 

【つぐのひ〜昭和からの呼び声〜】古き良き時代へのタイムスリップ……?【にじさんじ/リゼ・ヘルエスタ】 https://youtu.be/m2cYQvsG-Q0

 

【つぐのひ〜幽闇の並葬電車〜】電車に乗っていただけなのに……?【にじさんじ/リゼ・ヘルエスタ】 https://youtu.be/YQKSjwkqKXA

 

【夜勤事件】コンビニバイト始めます!あれ?深夜シフト?【にじさんじ/リゼ・ヘルエスタ】 https://youtu.be/zarwpIR9g0w

 

【幽霊列車】どこに行くのかわからない電車に乗る【にじさんじ/リゼ・ヘルエスタ】 https://youtu.be/QeCzw8xS9zM

 

【雑談・マシュマロ】初めての中国。寂しいけどしばし待たれよ【リゼ・ヘルエスタ/にじさんじhttps://youtu.be/onFtePKwaHw

 

【オリジナルMV】ハッピーエンドをはじめから【にじさんじ/リゼ・ヘルエスタ】 https://youtu.be/vMQwODQ3kKE

 

【天穂のサクナヒメ】ヘルエスタ米発売をめざして【にじさんじ/リゼ・ヘルエスタ】 https://youtu.be/3oCUGOWsTKI

 

ボイスはこちら↓

https://shop.nijisanji.jp/s/niji/item/list?ima=4727&tag=DIG_TAG_01

 

#おめシス おめがのハコちゃんについてお気持ち表明と

 

こんにちは、ゼロサンです。

 

先日は、バーチャル双子YouTuberのおめがシスターズさんからのプレミア公開で、おめシスのファンどころか、界隈中がざわめきましたね。

 

というのも、おめシスの2人(?)から先日、重大発表が行なわれたのです。

その動画を先に載せようか迷ったのですが、何が起きたのか分かりづらい人向けに、時系列で追ってきた私たちの見方をお伝えすべく、私なりに順を追って説明出来たらと思います。足りない点がございましたら、ご指摘お願いします。

 

バーチャル双子YouTuber「おめがシスターズ」とは

この記事を開く人はさすがにおめシスのことくらい知っているよ、という突っ込みは置いておいて。一応ここで、私がどのようにおめシスをとらえて筆を執っているのかを振り返っておきます。

おめがシスターズさんとは、姉のおめがレイさん、妹のおめがリオさんを主とした、双子のバーチャルYouTuberさんです。活動開始日は2018年3月5日、誕生日は11月5日で、活動開始から3回誕生日を迎えており、うち初年度と2年度目には、生放送を行なっていました。

動画勢かつ個人勢のバーチャルYouTuberさんで、バーチャルを用いて、とにかく「おもしろい」ことを何でもしていくYouTuberさんです。バーチャルとリアルの交錯する動画や、VR機器、最新鋭のデバイスを紹介する動画、YouTubeコントリビュー タとしてのYouTubeの新機能の紹介動画、また各々(主に姉のレイちゃん)の趣味に関する動画、歌動画などを投稿しています。

例えば、原宿で女子高生にインタビューしたり。現実世界のものを食べたり。どうなってるんだろうと思うような、個性のある「おもしろい」動画は見ものです。

 

おめシスの「秋休み」

【報告】少しお休みします https://youtu.be/oXzVkmK8aNg

 

時系列順と言っても、何から話し始めるか悩むものではありますが、一連の流れを追うには、まずはこの秋休みの動画からではないでしょうか。

先述の通り、おめシスは誕生日のたびに生放送をしていました。しかし、今回は生放送を行なわず、事前に「お知らせがある」というアナウンスがあり、当日になると上記の「自分への誕生日プレゼントに1週間お休みをとる」というお知らせ動画がアップロードされました。

これに対して、タイトルでびっくりして長期休止などを覚悟していたおめシスのファンも、「おめシスってここまでお休みせずに続けてきてすごい」と、安堵しつつも驚嘆しておりました。

またおめシスもストック動画を放出するため、投稿頻度は変わらなかったことから、ファンとしてはお休みでなく、通常営業のようにも感じる1週間 でした。

しかし、このお休みの期間中、妹のリオちゃんの方にのみ宿題が課され(Adbeのソフトを使いこなせるようになるという宿題でした)、またエゴサもリオちゃんがほとんどを担っていたことから、一部おめシスのファンからは「レイちゃんは?」という素朴な疑問がほんのりと上がる一週間でもありました。また、中でも数名からではありますが、姉のレイちゃんの声色などから、体調を心配している声もありました。

私はというと、投稿頻度や活動状況から、活動を見直す期間を設けることとなったのかと邪推しました。 長期休止や、活動方針の転換などが考えられ、予断を許さぬ状況であると勝手ながら身構えておりました。なので、2人へのリプライにも、「ゆっくり休んで」という内容のほかに、「よく考えて」という旨も、余計なことと知りながらも付け加えてあります。

結果として、それは杞憂に終わりました。

 

YouTubeでのグッズ販売

YouTubeの収益アップ!?オリジナルグッズが販売できるようになったって!! https://youtu.be/tNz86KUi-Ig

 

秋休み中のストック動画第1段は、YouTubeでsuzuriを介してオリジナルグッズが販売できるようになった、という動画でした。これによってクリエイターは、YouTube上での新たな収益手段を持つことになります。

FAN BOX、YouTube上での広告収入、またさまざまな案件を主な収益としていたおめシスに対し、新たな支援ができるようになったこと、 また新たなグッズを手に入れられることに、ファンは喜びを覚えていました。

しかし販売されたグッズのラインナップを見て、ファンは困惑します。動画上でも「赤ちゃん用のスタイ」と紹介されていた、いわゆるよだれかけがそこに鎮座しており、意外なラインナップと「レイちゃんが〈スタイ〉という単語を知っていること」に驚くファンも見られました。

 

そして重大発表へ

実は、出産しました。 https://youtu.be/fTCd0vtc0es

 

重大発表がなされたのは、秋休みも終わった、11月18日のことでした。

いつも重大発表というと、しょうもないお知らせや拍子抜けするようなアナウンスをしてくるおめシスでしたが、リオちゃんが「今回はしょうもないお知らせではない」という内容のツイートをしており、ファンにも緊張が走ります。事務所所属か? ついにワンマンライブか? と、様々な憶測が飛び交いつつ、息をのんで20時のプレミア公開を待っていました。

あまりの衝撃に耐えられず、ほとんど記憶にとどめておけていないのですが、その衝撃の中身は概ねこの2つに大別されます。

①    「おめがのハコちゃん」というリアル人間が今後の動画に登場することになった

②    おめがのハコちゃんがリアルな人間を出産した

 

①    について

今回初登場した「おめがのハコちゃん」とは、おめシスによると、おめシスの動画や活動の総監督を務めてきた人物であるとのことでした。

見た目は、おめシスのTシャツを着た色白の人間が、モニタのついたアマゾンの段ボール箱を、頭に装着している感じ。 モニタには、ハコちゃんの表情をトラッキングした結果が表示されるようになっ ています。声は、姉のおめがレイちゃんに酷似しており、リオちゃんや、後述の動画ではにじさんじ所属の樋口楓さんにも声についてツッコまれていました。また、ハコちゃんが登場する際は、レイちゃんは必ず画面の外にフレームアウトします。

おめがのハコちゃんが登場した理由についての説明は、「二人が所属していたプロジェクト〈upd8〉が解散することとなり、今後の活動で生身の人間が動画に登場する必要が出てくるから」とのことでした。

 

②    について

次いで発表されたのは、おめがレイさんに声が酷似した「おめがのハコちゃん」が、出産していたという事実でした。 ハコちゃんという存在は、おめシスファンにはある種のショックを与えるものでしたが、ファンとしてはこちらの方が衝撃的で、ハコちゃんの登場についての衝撃は、爆風の中の塵のひとつと消えてしまったような形になりました。

先述の「秋休み」は、ハコちゃんが出産するための入院期間で、そのため宿題はリオちゃんにのみ課されていたというわけです。エゴサもほとんどリオちゃんだけでしたし、思い返せば、ハンバーガー企画などの身体を張った企画は、ここ最近はリオちゃんが主体となって行なわれていました。

 

発表することに対しての2人の思い

これらの事実を発表することに対して、動画内でも「賛否両論を生む」「発表するかどうか悩んだ」とコメントしており、ツイッター上でも同様の旨のことを言っていました。しかし、「体調不良など、ファンのみんなに心配をかけたくない」 という理由のもと、発表を決意したということでした。

 

赤ちゃん披露ドッキリ

友達Vチューバーに、いきなり赤ちゃん見せてみた。【樋口楓 × おめシス】 https://youtu.be/7l52hkYTCO8

 

重大発表の次の動画で、「誰かに赤ちゃんを見せて驚かせたい」 ということで、にじさんじの樋口楓さんとディスコードを繋いでいきなりハコちゃんと赤ちゃんを見せるというドッキリのような企画を敢行していました。樋口さんがターゲットになった理由としては、

①    すでにコラボをしたことがある人

②    まだ赤ちゃんの存在について知らない人

ということで、同じ個人勢のバーチャルYouTuberの、ピーナッツくんと甲賀流忍者ぽんぽこさんは、先に赤ちゃんの存在を知っていたことから、②の条件に当てはまらず、次にコラボしたことがあるのは樋口さんであるということで、彼女が選ばれました。

樋口さんとは、以前に歌動画や、カラオケ企画等でコラボしており、その際の人柄も評価されたものと思いますが、それらのコラボは2年前のことであり、本動画内ではしばらくぶりに会う知り合いに気まずさを見せる場面もありました。

なお、この動画内での樋口さんのリアクションも必見なので、ぜひ動画を観に行ってください。私は手を叩いて笑ったと同時に、これは「バーチャル」というものに真摯に向き合っている人の反応だ、と思いました。

そしてこの動画で、初めて赤ちゃんの姿が公開されました。顔はハコちゃんと似たような形でトラッキングされた表情を映しておりましたが、丸々とした身体つきをしており、よく笑い、場を和ませていました。

 

改めて……

遅ればせながら、これまでおめシスを支えてくれていた、おめがのハコちゃん、ご出産おめでとうございます。赤ちゃんも、 無事に生まれてきたこと、本当に喜ばしく思います。おめでとう。 母子ともに無事で、元気そうで、何よりです。 動画には見せていないかもしれないけど、苦労もたくさんあったと思います。

私たちには到底知り得ない痛みや悩みも耐え抜いて、赤ちゃんを産むこと、ハコちゃんの存在を含めてファンのみんなに共有してくれたことに、畏敬の念を禁じえません。

そしてリオちゃんも、ハコちゃんを支えて、おめシスを支えてくれていて、それは他の誰にもできないことで、尊敬が絶えません。ありがとう。たくさん、ありがとう。

2人とも、お疲れ様でした。

他のことについては、ツイートなどでも書かせていただいたので割愛しますが、続ける決断をしてくれたこと、本当に、ありがとうございます。

この1年は個人的な都合で、おめシスについて公に触れるかどうか悩むことが多くありましたが、今回の件で、改めてそのすごさを感じることができ、「やっぱり、もう一度ちゃんと応援しよう」と思うことができました。

大好きです。おめシス、ありがとう。いつも本当にありがとう。何度伝えても足りません。両手いっぱい、胸いっぱいに抱えたこの気持ちが、どうか伝わりますように。

私の想いはずっと変わらずに大きくなっていくばかりですし、2人からもらったものを、まだ返せていません。どうかこれからも、好きでいさせてください。応援させてください。よろしくお願いします。

 

ショックを受けた人

さて、今回の件で、少なからずショックを受けた人もいると思います。その人たちについて、気持ちや存在を否定するつもりはありませんし、何ならひとつには、私もその一員かもしれません。

バーチャルな存在に期待を寄せている人たちの中には、生身の人が出てくることと、「人が人を産む」という話題に対して、繊細な感覚をもってして、生々しさを感じてしまう人もいたかと思います。バーチャルYouTuberは、「アニメが生きている」という三次元と二次元の良いとこ取りをした存在だと捉えている人には、バーチャルYouTuber界隈全体に波及したこの話題に対して、ネガティブなショックを受けてしまった人もいるようでした。

ネガティブなショックとは、「一定のロールプレイをしているバーチャルな存在たちも、その生々しさを持っているかもしれない」という、着ぐるみを疑うような恐怖心のことを指します。

おめシスは、一定のロールプレイをしているわけではないので、この限りではないはずなのですが、それでも、バーチャルYouTuber界隈全体にとっては、今回の件は無視できないビッグニュースであったことは確かです。少なからず、影響もあったことと思います。

だから不安になるのも、決して間違いということではなくて、納得できるようになるまで時間のかかることだと思います。無理に納得することでもありません。ただ、おめシスは、やりたいことをまっすぐに行ない、そして、やりたいことをしたい誰かの道しるべになりうるというだけで、界隈全体の脅威になるわけでも、あなたの持つ世界を脅かすわけでもないということだけ、覚えていてほしいと思います。

また、創作界隈の人たちには、「おめシスは、おめシスの中で完結している関係性である」と捉えていた人もいました。私も、自分のおめシス二次創作の中に、おめシス以外の第三者をメインとして扱ったことはありません。コラボも、企業系Vtuberほど多く行なっていたわけではなく、2人でおもしろい動画を投稿するのが常でした。

そのため、創作をするおめシスファンの中には、今回の件で、一種の罪悪感を覚える人も見受けられました。2人を自分の世界に閉じ込めてしまっていたこと、理想を押し付けてしまっていたことを悔いている人もいました。私は創作する人間の中でも、割り切っている方だとは思いましたが、それでも、自分の胸の内に何も起こらなかったと言うと嘘になります。

おめシスは、創作に対して寛容で、特にリオちゃんは、「それもアリなの!?」という創作物に「いいね」をつけていたり、許可を出していたりする場面もありました。なので私も、かなり好き勝手させていただいていました。そのことについて、私自身は悪いことだとは思いませんでしたが、今回の件を受けて、 創作の方向性が、広い意味で変わっていくだろうことも事実です。

これに関しては、どうしようもないことであり、創作人それぞれが、自分自身を許していくことしかできないと思います。私もそうしていくつもりです。

他にも、おめシスの、特にレイちゃんにガチ恋している人(私も含む)は、失恋してしまっていました。これに関してはご愁傷さまです……。ともに傷をなめあって生きていきましょう。うん。

 

終わりに

ここまで書いてきたのはあくまで、「私が見ているおめシス」 でしかありません。皆さんから見たおめシスは、また違ったものだと思いますし、それぞれに、ここで取り上げなかったお気持ちもあると思います。

おめシスに対するお祝いの気持ちを綴りたいとともに、少しでも誰かに引っかかって、想いを言語化する手伝いができればと思い、このブログを書きました。批判も厭いません。どうかこの文章が、誰かの役に立ちますように。

 

それでは。

未確認動物うまぴ(ミカクニンドウブツウマピ)について。

こんにちは、ゼロサンです。

うまぴさんについて書き起こそうとしたデータが2度ほど消し飛びましたが、めげずに書き進めたら、いつの間にか今日になっていました。

今日は、「未確認動物うまぴ」さんという方の、バーチャルライバーオーディションの最終日です。

 
はい、今日は、彼女について綴っていきます。

 

「未確認動物うまぴ」とは

Zoooガールズオーディションファイナリスト(※本オーディションはMIX CHANNELという配信サービスにて行なわれている、公開型Vライバーオーディションである。ファイナルの開催期間は 8/31から10/4まで)。

「人間たちの毎日に1秒でも笑顔が増えんことを」をモットーに、主にMIX CHANNELで配信を行なう200歳の馬。主要企画に、テーマから募集したお便りを元にトークするラジオ「すやすやバー」がある。

 
そもそもどこで知ったん?

元々は同じ推しを推す同志として、9ヵ月くらい前に知り合いました。オタク仲間、といった感じで、私のブログを読んでくださったり、私は私で彼女の作った配信切り抜きを観たり、彼女の書いた文章を読んだりしていました。

そこから徐々に徐々に知っていくうちに、「この馬、多才で、行動力ハンパないな!」ということに気が付きました。あまりオーディション前のことを話すのもアレなので割愛しますが、勢いで面白動画作ったり、SS書いたり、イチから絵の勉強を始めてゴリゴリに上手くなったり。 推しの真似して高い食品乾燥機買ったり……。"型破り" な推し事の様子がクセになって、目が離せない。そんな印象でした。

性格としては、突飛だけど羞恥心もあり、はみ出てるけど常識がある。そして何よりも、心を砕いて人を思ってくれる。そんな馬です。

 

中でも特に印象的だったのは、そんな彼女から、一度、麻雀を教えてもらったことがあって。分かりやすく、面白く、かつ「これだけ出来れば麻雀始められるから!」と熱弁する心意気がすごいなと。1mmも麻雀なんて興味なくて、そもそもアナログゲームのルールを覚えるのにひと苦労な私が、「あ、楽しそうだ」とストンと思えてしまいました。

 

彼女はきっとこれまで、たくさんの「やってみたい」と「楽しい」 を積み重ねて生きてきたんだろうなと思います。楽しいことをたくさん知っているから、 側にいると世界が少し明るく見える。そして、 人間社会で生きる上での甘くない経験に裏打ちされた優しさが、それを後押ししているようにも見えます。「楽しいこと、いっぱいあるよ」って言ってもらえたような、そんな優しくてワクワクする気持ちにさせる力が、彼女にはあります。

世界が素敵であることを教えてくれて、あなたの見ている魅力的な世界を見せてくれて、ありがとう。そういうことを、遊びや場所だけじゃなく、人にも引き起こしてくれるから、うまぴの周りのにんげんたちのこともどんどん好きになっていきます。

頭が良い、というより、人を楽しませるのが本当に上手で、エンターテインメントとしての頭の回転の良さがあり、お話してもよい範囲とよくない範囲をギリギリまで見極められる点を含めて、配信者として尊敬できると感じます。

 

さて、そんなうまぴさんの生態(ではない)を、いくつかご紹介していきます。

 

うまぴさんの良いところその①

「メンタリティ」

うまぴさんは、配信者としてのメンタリティがすごいです(感情に反比例する語彙力)。

まず、モットーが「人間たちの毎日に1秒でも笑顔が増えんことを」。言うだけなら簡単ですが、実際に為していくのはそう簡単なことではありません。本当に実行できているのか、これはリスナーそれぞれに感じ方が違うことですが、私は彼女がこのモットーを曲げずに貫いていると思っています。

後に説明しますが、彼女には企画力があります。企画のひとつひとつが、視聴者を巻き込んだり、観ていて楽しめたりするものばかりで、リスナーの「参加感」が高いです。

『すやすやバー』がその典型でしょうか。『すやすやバー』とは、毎週月・水・金21時からの定期ラジオで、トークテーマに沿ってお便りを募集し、お便りから話を展開していく企画です。

曰く、「 チャットだけだと初見さんが置いて行かれてしまうかもしれないか ら、流れを気にしなくとも気軽に参加できるものを」とのこと。実際、常連さんの長文から、一言だけのお便りまで、種々雑多なお便りが毎度届いています。24時間配信でも行なわれる『すやすやバー』、最終回に是非参加してみてください。
毎度、企画配信の初めにはどんな企画か説明をしてくれます。それが何度行なってきた企画でも。また、途中でリスナーさんが入ってきた場合には、その都度企画や現在の話題について言及してくれます。また、配信の中で生まれた言葉(「ナイサイ」=「ナイスサイコパス」、「リナ」=「リトルボックスナイス」など)や、一部の人にしか分からないようなVライバーさんの名前などがチャットで出るたびに逐一説明し、全員が取りこぼされないようにしてくれています。

また、うまぴさんが噛んだときに指を差すスタンプを送る流れなど、リスナーにボケどころがあるのもポイント(本人は恐らく不服)。 「人を指差しちゃダメって習わなかった!? 何回言ったら分かるのあんたたち! もう! スタンプありがとう!」 とツッコミを入れてもらえます。

上記は一例ではありますが、常連新規問わずリスナーの参加感が高く、分かりやすい配信を作ることで、みんなが楽しめる基礎を作っているのです。

 
彼女が、公開型かつリスナーからの応援によってランキングが決まるオーディションで、「無理しないで」と言っているのは、決してこのオーディションが彼女にとって軽薄なものだからではありません。彼女は、「Vライバーになりたい」 という思いを確かにしながらも、「このオーディションに受かっても受からなくても、『未確認動物うまぴ』としての活動はしません。個人でVライバーに なるつもりもありません」と、背水の陣でこのオーディションに挑んでいます。 

きっと、だからこそ「無理しないで」というのでしょう。今後続けられないほどの支援をしてもらって、リスナーが楽しめないまま終わるのは、彼女の思う「配信者」 としてはあるまじきこと……と、思っているのかも。今後の活動を真剣に見据えているからこその「無理しないで」に、私も真摯に応えたいです。

 

他のオーディション参加者や配信者の方にも気を配って、配信にその方々が来るたびに紹介したり、「是非配信行ってみてください」と言ったり、他の配信にアイテムを投げたり。人が彼女の枠に投げると、「敵に塩を送るような真似を」と言うのに、自分は人のこと言えてないところ本当にズルいと思います。

 

あとは色々言ってたこととか言いたいこととかあるんですが、うまぴさんのnote読んでください(丸投げ)。

https://note.com/uma_ill_be_back

下手に私が言葉にするより、よく分かると思います。

 

うまぴさんのいいところその②

「歌が上手い」

私はいつも言うのですが、カバーソングにおける歌声には、 性格が出やすいと感じています。歌は演劇であり、カバーソングは他者が感じたことを自分の言葉にして代弁するものです。他者の生を歌うとき、その心柄がより表に出る気がしています。

他者の紡いだ言葉を、音を、自分の心に投影して歌い上げる。うまぴの歌声は、その点においても優しくて、ただ繊細なだけでなく、きっと彼女が生きることを楽しもうと思ったぶんだけキラキラしているのだと思います。だから、彼女がただ、気分良さげに歌っているだけで、「ああ、なんかよかったなぁ」 という気分になるのです。あんまり楽しそうだから、癒されるし、知らなかった歌でも好きになる。元々好きだった歌は、もっと好きになります。

普段からにんげんたちに心を向けていてくれる彼女の歌を、その心柄を知るリスナーは素直な気持ち聞くことができます。少なくとも、私はそうです。人の心を掬いあげるように、見透かすように透き通った彼女の歌声が、好きです。

うまぴの高音が好きです。息遣いが合わさって、楽器のように響き渡ります。なのに、温かみがあって、まるでそこにいるかのように、表情まで見えそうなほどクリアに聴こえます。夏のように爽やかな声質、かつ、質量のある歌声。寂しいときに聴きたくなる、そんな歌声です。

低音も好きです。震えるような低音は、格好よくも、綺麗でもあります。少女と女性の間のようなその声を聴いていると、ゆったりと心を落ち着けることができます。

ウィスパーボイスが好きです。器にいっぱいにした感情がこぼれるような声。 ドラマティックな歌声も好きです。普通、盛り上がりと艶に富むドラマティックな歌というと、迫力あるパワフルな歌声が似合うものですが、可愛く盛り上がって、安定感があって、気取った歌い方はしない彼女の声でこそ、そこに含まれるドラマを表現してくれると、胸に響くのです。

彼女の歌唱技術は、歌声の透明感を邪魔しないし、むしろ調和がとれているため、そのすべてが彼女の歌声を綺麗な「 音」にするための構成要素として成り立っています。

大きな声が出せない環境に変わってからも、歌声は変わりません。マイクにきちんと音を乗せて、息遣いまで含めて曲を歌いこなしています。

感想に対する柔和な態度と「まだまだ上手くなりたい」と言っている向上心の高さはギャップでもあり、前向きという点では「らしさ」でもある。そんな、彼女の歌に対する姿勢が、大好きです。

 

うまぴさんの良いところその③

「企画力」

今回の24時間配信然り、企画力が抜群にあります。特に豊富なのはアナログゲーム。「ボブ辞典」という、カタカナ語を使わずにカタカナ語の解説をして、 当てられるかどうかを競うゲームや、「かたろーぐ」という、あるランキングを設定して、出題者にとって何位に何が来るかを回答者が当てるゲーム、また「 馬人狼」という、リスナーがうまぴさんのフリをしてお便りを投稿し、1つだけある “本物のうまぴさんの投稿” を当てた人が勝ちなゲームなど、さまざまなゲームを企画に盛り込んでいます。

ほかにも、オーディション期間中には「サイコパス診断」 をしたりとか、いわゆる「ウミガメのスープ」 という謎解きをしたこともありました。「ウミガメのスープ」 とは、出題者から提示される一見おかしな文章を見て、回答者はYes/Noで答えられる質問を出題者に対して行ない、様々な可能性の中から、その文章の筋が通るような答えを導き出す「水平思考ゲーム」 です。

「レストランでウミガメのスープを飲んだ男が、勘定を済ませた後自殺した。なぜ?」を代表例とする「ウミガメのスープ」は、「○○が~だから」と、回答が文章になるため、一言一句違わず答えを導き出すことは大変難しい謎解きとなります。うまぴさんは、その塩梅を見極めるのが上手く、「実質正解!」とするタイミングが絶妙で、「なるほど!」と楽しめるように、タイムキープしながらこなしていました。

 

更に、朝6時以降に始まる朝配信では、血液型占いや天気予報、「今日は何の日?クイズ」など、朝のニュース番組風にお送りされています。

今日は何位だったとか、クイズで大喜利を始めたりとかで、毎日ワイワイとみんなで過ごしていました。

 

視聴者を巻き込んで、参加しやすくしている。そしてもぐりの人や、企画に参加せずにコメントを残す人も、見ていて楽しめる企画になっています。

いつも楽しい企画をありがとう。

 

うまぴさんの良いところその④

「もうなんか色々好き」

これ以上は分類できないので総括なんですけど、やっぱりうまぴさんは面白くて、可愛くて、格好良くて、尊敬出来て、好きです。

好きなものを語るときには、比類なき語彙の知識と説明のわかりやすさで勧めてくる。あんさんぶるスターズも私はまんまとダウンロードしてしまいましたし、 アイドルマスターシャイニーカラーズもプレイしたくなりましたし、雀魂をインストールして麻雀を始めましたし、趣味の幅とそれを楽しんでいる感じが伝わってくるところが、「 この世界が好きなんだな」と思えてこちらも楽しくなります。

なにより、着眼点がいいため、 アイドルマスターシリーズやバーチャルの世界など、「生」や「 実在性」を感じさせるコンテンツとの相性がいい。 本質的に実在している。本質的に、そこにいる。在る。 現実でも事実でもない「本質」という、 バーチャルの中心的性質をとらえている。彼女は、 そういう馬です。

 

コメントの拾い方も丁寧なので、たくさんお話ししたくなります。ゲーム配信ではわたわたしていて、多少グダるところがあってもそんな姿がかわいらしく、面白い。半生を振り返る配信では衝撃的なお話がいくつも聞けたりして、これ以上に破天荒な知り合いは今までにいなかったなぁ、どんだけ波乱万丈な馬生なんだ……と思ったり。そうした経験が、 ドライで、でも人のために心を砕く心優しい馬を作ったのだなぁ。

 

もっと書きたかったのですが、 書きたいことをこれ以上出そうとすると一生終わらないので、 一旦ここまでにしておきます。

 

 

こんなにたくさんの魅力を知ることができたのは、 彼女がこのオーディションに出てくれたおかげです。今、 こうしてたくさんの良いところを知ることができて、良かった。

誰かを応援する言葉をまた綴ろうと思えたのは、 彼女のおかげです。全力で応援したいと思える馬だから、 応援する。魅力的だから、みんなに見てほしい。 そしてオーディションに受かって、 バーチャルの肉体を手に入れて、 ゲオとかツタヤで流れる彼女の声を聴きたい。 オリジナル楽曲も歌ってほしい。いつか、Zeppの大きなステー ジで、歌って、駆け回る姿を見たい。

そう思っています。

 

大好きです。いつも似たようなことを言いますが、いつも新しい気持ちで言葉を紡いでいます。

あなたを好きでいられることで、たくさんの幸せをもらえます。あなたが思っている何倍もあなたのことが好きで、応援したくて、だから、「好きでいさせてくれてありがとう」と、何度でも、両手いっぱい伝えさせてください。

 

どうかうまぴに、幸多からんことを。

それでは。

今、私を殺したいと思っている私へ。

こんにちは、ゼロサンです。

物騒なタイトルですが、推しに褒められてハイになった勢いで書いているので本人的にはハッピーです。内容は、きっと鬱。

以前書こうと思って消してしまった、10年間溜めていたものを吐き出そうと思います。

 

はじまりは「愛」から

 

以前にもブログに書きましたが、私は、「愛」というものが苦手です。

「愛」といえば、無条件に許されるもの。そして、許されないものは「愛」ではない。そのような価値観が、かつて、無意識のうちに私の心を蝕んでいました。

だから、私が誰かに「愛」を誰かに伝えることは、滅多にありません。私自身が、自分ではとても認められない人格を持っているから。そのような自分が、「愛」なんてものを伝えてよいのかと考えます。そして、不完全で暴力的な「愛」という概念を、簡単に信じることが出来ないでいるからです。

ネタでは言いますし、人によって言葉の意味は異なるので、言われる側としては気になりません。「好き」ならば、普段から伝えています。ようはちょっとしたこだわりなのですが、私には忘れられないことがあります。

 

物心ついてから2番目の記憶は、母親に「あいしてる」と書いたくしゃくしゃのメモを渡したことでした。母親はそれを見て、何でもないように「うん」と一言返しました。

 

周囲から見て、私の家族は、きっと愛に溢れた普通の家族のように思われたでしょう。「愛されているんだね」と、何度か言われたこともありました。

私も、私自身の家族は優しいと信じていたし、受け取るものが「愛」なのだと思っていました。でもよくよく思い返してみると、おかしなことばかりでした。

だからこそ、そんなことに気付かなかった10年前の私に、言いたいことがあります。

 

10年前の私へ

 

10年前の私へ。

たぶんあなたが、今の私を見ると、すごく殴りたくなると思う。下手すると、殺したくなるだろう。私は、あなたが思っているような人間にはなれなかった。

でも、一歩待ってほしい。私を殺す前に、その矛先を向けるべき人物がいる。まずはその足で、東京の板橋区に行こう。そこには血縁関係上の兄がいるから、死なない程度に殴っていい。

あなたがアニメや漫画を嫌いになってしまうほどに押し付けてきて、せっかく怒られないように上手くなろうとしたゲームの腕をけなして、あなたが好きになった音楽を嘲笑って、「反抗期に反抗するような親不孝な人間になりたくないから」と謎の正義感で溜まったフラストレーションを発散するべくあなたのことを何度でも殴り、全てを忘れて何も言わずに東京に行き、心にぽっかりと穴を開けたそいつのことは、死ぬまで憎んでいい。

兄は私につきまとっていたし、実際好いていて、本人なりに大切にもしてくれている。そのことは後から身をもって知ることになるけど、そんな愛情で免罪出来ないほどの傷を受けたのだから、気にしなくていい。

次に、兄の怒鳴り声を聞いていながら、「やり返さない方が悪い」と言った親に、せめて一言でも文句をつけてやってほしい。勇気を振り絞った相談に、耳を貸さなかったのは、あなたを信頼していたからじゃない。どれだけ完全で完璧な人間を目指しても、その人はあなたに振り向かない。

 

私は、あなたはきっと褒めてほしかったのだと思う。

怒らないで。私を見て。頑張ったよ。今日は、こんな嬉しいことがあったよ。私はこんなものが好きだよ。

自分はこんな世界を見ている、という話を聞いてほしくて、でも、誰も聞いてくれなかった。だから、全部無かったことにした。

褒めてほしいとは言わなかった。自分以外のものを、全て好きでいなければならないと思った。テストは満点を取ることが当然で、良い高校に行くことで親を幸せにしたいと願った。何も欲しがってはいけない、今あるもので全てが充分だと言える物分かりの良い自分を誇った。ただでさえ多い宿題を私だけ増やされても、全てきっちり埋めた。そうして、心の隙間も、埋めようと思った。

これが、今の私が抱えている、「気持ち悪くて触りたくもないけど、喉から手が出るほどほしいもの」の原点だ。

 

誰も聞いてくれなかったのは、誰も人との関わり方を教えてくれなかったから。大切な人のためなら誰かを傷付けてもよくて、好きだからこそ支配してよくて、愛しているからこそ自分の都合で人を無視してもいい、という「間違ったこと」だけを教わってきたから。

「間違ったこと」をしてしまった罪の意識に飲まれながら、その「間違ったこと」をしないと愛してもらえないと思い込んでいる。「どうしたら人を傷付けないでいることが出来るんだろう」と自分を呪うけど、そんな日はしばらく来ない。

あなたは、完璧でも完全でもない10年後の私を、どうやって殺してやろうと思っているに違いない。その刃を手離す日までは、誰かに優しくすることはきっと難しい。

 

嫌いなもののない人なんて、世の中ほとんどいない。テストで100点なんか取らなくても、生きていける。ほしいものがないことは、誇らしいことでも何でもないし、宿題の自主勉強ノートは毎日10ページ律儀に埋める必要なんてない。

そんな話100回は聞いた、ダメ人間の言い訳なんて当てにならない、と思うかもしれない。あなたはちょっと、素直さが足りないと思う。

言わせてもらえば、今のあなたは少し不幸だ。もちろん、他の人からは、「うちの方が不幸だ」「そのくらいあり得ることだ」と思われるだろうけど、あなたの思っている以上に状況は悲惨であることに間違いはない。

そのような状況で、耐えられるキャパシティは、あなたにはない。事実、倒れたし、義務教育はほとんど受けられていないし、記憶のない期間に死のうとしていたらしいし、ぶっ壊れて徘徊したり往来で大声で歌ったりしたし、幻覚や妄想に悩んだし、色々なことがあった。

病気の症状で人を傷付けたときにも、深く傷付いた。本当はそのくらい繊細な人間が、よくもまぁ生まれてから15年も、チュートリアルのないぶっつけ本番の人生で耐えてきたと思う。キャパシティオーバーだ。

これから10年、これまで無理をしたツケが回ってくる。今まで出来ていたことは、何も出来なくなる。訳もなく涙が出る。死ぬまで背負わなければと気負っていた生き甲斐はすべて無くすし、そんなものは最初から必要なかったと気付くことになる。

どうせ死ねないのだから、これからは、無理をしない方法を見つけなきゃならない。抱えきれないものを取りこぼす、その諦め方も学ばなきゃならない。

あなたは、もっと自分が取るに足らない存在であることを知る必要がある。完璧でも、完全でもない。今抱えているものは、抱える必要がないものだ。そして、抱えながら生きられるほど、器用じゃない。器用じゃなくて、大丈夫。

自分を悪だと信じているからこそ、這い上がって全てを抱えて生きていこうとするだろう。自分自身を、その弱さを、到底受け入れられないと思っている。

自分を受け入れることは、自分を甘やかすことじゃない。もっと、きっと難しいことで、耐えがたい苦痛があって、だからこそ、悪いことをしてしまったあなたが挑むべき課題なのだ。

 

これから、大切な人たちが何人も死に、命の弱さを、脆さを知ることになるのだから、「死なないで」とは言わない。ただ、何だかんだどの自殺も未遂で終わってしまうので、「いつか死ぬこと」を癒しとして生きていくしかなくなると思う。

ゆっくり、自分を呪いながら、許しながら、生きていこう。私を殺すには、あなたにはまだ10年早い。それまでは、傷付けずにコミュニケーションを取る方法だとか、人への謝り方だとか、想いの表し方だとか、自分の愛し方だとか、難しいことをたくさん、たくさんこなしておいで。

 

 

……なぜ、途中から唐突に手紙調になってしまったのかは分かりませんが、とにかく、そんなようなことを思いました。

オチなし。それでは。