zer0-san3’s blog

zer0-san3.hatenablog.comの漢字かな混じり墨字文バージョン。

イボ治療した(する)話。

こんにちは、ゼロサンです。コーヒーを飲み過ぎて、トイレが近いです。カフェインはアルコールと一緒!

 

今日はイボの治療に行きました。以下写真載せるかもなのでワンクッション挟みつつ。

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イボってご存知です? そう、皮膚にできる出っ張りのことです。私は「イボ」と聞くと、血豆のように赤い塊がポッコリと出てくるのを想像していました。

私は、数年前から、足の裏にウオノメのようなものがありました。ウオノメ。魚の目のように、真ん中が黒くなり、周辺が白くなる状態のことです。イボや水虫よりも、どちらかというとタコやマメに近く、皮膚の使い過ぎた部分に出来るものを指します。

左足の親指に広がり、ずっとずっと、すごく邪魔でした。調べてみると、それがどうやらウオノメのようだとのことで、ハサミや爪切りで応急処置的に切除しながら、自然治癒するまで待とうと思いました。基本的には、どうすることもできないものですし。

しかしこの1週間ほど、親指のそれが酷くなってきました。考えられる原因といえば登山ですが、それにしても尋常じゃありません。ハサミでめくっても根っこが深くて血がたくさん出るし、数も増えてきました。まるで水虫のように広がってきます。ウオノメコロリを塗りながら、数日ねばっても、成果なし。

心配になって親に相談すると、「皮膚科に行けばいいよ。焼いてくれるよ、痛くもないよ」と言われたので、皮膚科に行こうと思い立ちました。そこで、こんなツイートをしました。

ゼロサン🤔 on Twitter: "ウオノメが大量に出来てきたので手術の必要が出てきたかもしれないが,その前に焼いたらいいよと言われている"

すると、フォロワーさんからリプライが。「ウィルス性のイボじゃない?」と……。

イボ? イボってあの、ポッコリと出っ張るあの、イボ? と思いましたが、どうも違う様子。写真を見てみると、ウオノメとそっくりでした。

なるほど、これでは治るはずがありません。ウィルス性なので、足の裏に移りまくります。皮膚をどんどん侵食していくので、根もどんどん深くなっていくことでしょう。

早めに対処したいと思った私は、1週間後の今日(昨日)、早速皮膚科にかかりました。……え? 遅い? 私にしては早い方です!

 

痛くないよ、とのことだったので、呑気に病院へ向かい、幼稚園児以来出してなかった診察券を出して待っていました。予想外に人が多かったので、早く順番来ないかな、なんて思いつつ。

そうしてついに看護師さんに呼ばれ、中に入った後には、覚悟を決めていなかったことを大きく後悔しました。

 

「足にウオノメのようなものができまして」と言うと、お医者さんの「足出して」という少ない指示を、「靴下を脱いで足をこの台の上に乗せて、指をピンと上に向けてくださいね」とベテランの看護師さんが補強する形で診察が進みます。お医者さんが「いつ頃からなの」「どこらへん」と素っ気なく、早口で質問してきます。こちらが状況を説明するよりも早く、次の質問を繰り出し、気が付いたら診断までお話を終えていました。

周りでは他の看護師さんが、様子を見ながらやるべきことを判断して、何やら器材を並べたり診察台を整えたり、慌ただしく動きます。まだ何も診断されていないのに、準備が早い。その場にいる全員がテレパシーで通じ合って、私だけが分からないような、そんな感覚に襲われました。

 

「これ、イボだね。ウオノメじゃなくイボ。ウィルスで感染するんだよ。ご家族はいらっしゃる? 独身? 家族と暮らされてるなら家族から移ったかもしれないね。薬をつけたんだね、これからは絶対つけないでね」

こちらの答えが必要ないかのような、質問に次ぐ質問。すぐに診察台に乗るように言われ、次のようなことを言われました。

 

液体窒素で凍らせます。切ってからその場所を凍らせてカサブタにさせて、またそれをやるからね。来週も来てね」

あ、これが「焼く」ってやつか。

「根が深いから何回もやるからね、これ酷いから」

切らなきゃいけないし、酷い状態なんだやっぱり。ん? てことは……。

気になって、質問してみました。

「すみません、一個質問したいです。痛いですか?」

 

「痛いね」

 

即答だった。さっきまでの矢継ぎ早な質問と変わらないくらい早かった。マジか。痛くないって聞いてたのに。

歯を食いしばり、身体の掴めるところをぎゅーっと掴みつつ、そう痛くありませんように……と祈りました。

結果。

 

めちゃくちゃ痛かった!!!!!

 

いや、治療中は意外と痛くなかったです。凍結させられてるので、感覚がなかったんだと思います。ただ、治療直後からめちゃくちゃ痛かった。意識して歯を食いしばらなくても、勝手に顔の筋肉がぎゅーっと縮まるくらい痛かった。痛くないって言ったの誰だよ、嘘つき!! と親に言ったら、そんな酷いと思わなかったとのこと。

治療する前、これから2〜3日歩く予定ありますか? と聞かれました。そんなにか。そんなにダメなんか……と思ったら、そうじゃない。この痛みの中で歩くなんて、普通に無理。歩くのが苦痛になることを考慮して、聞いてくれたんだと分かりました。

そしてこちらが、治療後のイボです(写真注意)↓

 

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あんまり範囲としては大きくないのですが、根が深いようです。幸い、お風呂などの制限はないと伺ったので、今日はゆっくりお風呂に入りました。お湯が染みて親指取れるかと思いました。

来週も行かねばならないとのことなので、これから治療頑張って行こうと思います。家族に移さないためにも……!

 

それでは。

カマキリのプラスチック標本(いきもの大図鑑)

 

こんにちは、ゼロサンです。

 

今日、カマキリのプラスチック製標本のガチャガチャを回してきました。といいますのも、昨晩気がどうにかなりそうになり、唐突にカマキリが見たくなりました。

何故と言われても、分かりません。分かりませんが、カマキリが見たくなったのです。

そしたら、相互フォロワーさんがカマキリのガチャガチャを買ったというDMをくださいました。聞くところによると、「クオリティがすごいのだ!」とのこと。組み立て後の写真も見せてもらい、迫力とディティールに驚きました。

かまきり|いきもの大図鑑|ガシャポンワールド

 

自分でも欲しくなった私は、「どこで売ってるの!?」とツイートしました。

ガチャガチャなので、手当たり次第に探してみるしかないのかな…… と思っていると、また同じ相互フォロワーさんから「ガシャどこ?で探せるよ!」とお知らせを受けます。

ガシャどこ?PLUS│ガシャポンワールド

「なるほど! それなら探して買いに行ける!」と思い、県内にある「いきもの大図鑑」の(「いきもの大図鑑」では見つからず「カマキリ」で検索した)ガチャガチャの場所を確認して、今日探しに行きました。

そうしたら、見事! 欲しかった緑のカマキリと、レアっぽい羽化後のカマキリを手に入れることができました!

ここからは組み立て中と組み立て後の写真を載せますので、見たい方だけがこの後見てってください。かなりリアルです!

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まず1枚目はこちら!

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こちらは、羽化後の組み立て中写真でございます。「肢がハマらない!!」とキレてました。聞いてみると、「ハンドクリームとかつけてみたら?」というアドバイス。滑りが悪いのかなぁ。ハンドクリームなしに、何とかつけることはできました。

緑の方は簡単につけられたので、色による差なのかなぁ。コツを掴むために組み立て動画を観ていたのですが、皆さん難なく組み立てられてますね。これまでのシリーズよりくっつけやすかったとか。

 

次はこちら!

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「完成したーーー!」という喜びで撮った画像。顔をくしくししている可愛い姿です。

腹部や肢の向きすら分からない状態での組み立てでした。中脚は切り欠きが前になるように取り付け、後ろ脚は切り欠きなく。

前翅が、だいぶ固かったです。ゆっくりエイム合わせて挿さないと行けない感じ。胴と胸も離れやすい。

 

次はこちら!

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推しの配信観ながら緑くん組み立て!

簡単に組み立てられました。何でや。めちゃくちゃ発色綺麗でカッコいい。

 

次はこちら!

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2匹揃った! めちゃくちゃいい!

ガチャガチャカプセルが台座になっていて、すげーーー! と思いました。

 

次からは連続で!

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こっちみんな! でもめちゃくちゃいい。一緒にガチャガチャで買った別の商品のライト、すごく撮影に合う。

 

次はこちら!
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このギザギザ、ぼこぼこ、すごく細やかで、500円とは思えません。ギザギザはちょっと痛いくらい。

 

以上、今日の楽しかった一幕でした。すごかった!

 

それでは。

現場でやってみて今年良かった活動/遊びの備忘録と、学び。

 

こんにちは、ゼロサンです。

 

はてなブログのお題で、「この1年の変化」というものがあったため、参加してみました。記事の最初は、言い訳と自分への愚痴が多くなってしまうと思いますが、その後は備忘録として、自身がこの一年チャレンジしてみたことや具体的な学びなどを記していきます。

 

やっぱり、私にとってこの1年で大きく変化したことと言えば、就職したことですね。しかもすぐに正社員を辞めたところまでセットで。

アルバイトもしたことがなかった私が、大学院を出てすぐに就職活動を始めて、即見つけたところが今の児童福祉の職場でした。就職するまでロクな生活をせずに過ごしていたので、生活習慣もすぐに改まるなんてことはないまま、自堕落な自分を無理やり律して仕事を始めました。

元々、要領がとても悪い気質なので、もう毎日怒られてばかりでした。最初は機嫌よく、すぐに辞めてもらっちゃ困るといった態度だった上司も、柔和な態度は1週間と保ちませんでした。そりゃそうだ。

次へ次へと考えて進めなければならない仕事を、その「次」がなかなか想像できずに、今でもやらかしてしまいます。仕事どころか、通常のコミュニケーションでも、自分が自分ですべきことに考えが及ぶ前に他人が気付き、気が付いたころには身辺の世話をしてもらってしまい、「ありがとう」を言おうと思い立つ頃にはもうタイミングを逸してしまっている。知能指数は103と中央付近なのに、中でも処理速度は知的ボーダーライン以下の人間の日常がこれです。

おかげで、正社員ではやっていけませんでした。これまでの人生でも、ずっとこんな形で人に世話してもらって、おんぶにだっこでないと私の身の回りの人までも迷惑をこうむる状態だったので、トラウマティックな自己評価や歪んだ自己肯定感がつきまとっていました。自分もしんどい、他人もしんどい、その他人のしんどさを思うと余計に自分もしんどくなる、のループでした。

今はパートタイマーとして働き、自分の心を整理する時間を充分に保つことを、日常生活では第一に置いています。

 

社会生活では、また異なることを目標としています。長年の目標であり、生きる糧ともいえるものです。それは「より善く生きる」こと。理由は割愛しますが、とにかく、昨日よりも善い人間でありたい、一日一日をより善く生きたい、と常に考えています。

出来ることは、とても限られています。以前まで出来ていたことが、急に出来なくなることなんてザラにあります。でも、それでいい。それでいいから、自分が出来る精いっぱいをすることが、私が生きていく際のひとつの目標となっています。

これは、この1年をより善く生きていこうとした私の記録です。

……嘘です。そんな大層なことではなく、まだ1年しか入っていない児童福祉の現場で、個人的に利用者さんと楽しめた活動や、手ごたえのあった活動を記しておきたいと思います。

 

利用者さんと楽しめた活動①

クイズ

クイズは古今東西、様々な形で楽しまれていますね。利用者さんの知的発達の度合いにもよりますが、言語を介したコミュニケーションを主としているなら、クイズという題材は扱いやすいのではないかと思います。

現場でプレイしてきたクイズの中で、特に手ごたえがあったものをいくつか紹介します。

 

『なんの音でしょう』

これは結構盛り上がったと同時に、各利用者さんの課題に向き合うことが出来ました。クイズの内容は、日常生活で聴く音を流して、何の音か当てるというものです。対応する課題は、音が鳴っている間は静かにすること、集中して音を聞くこと、音だけで情景を想像すること、日常ではこんなにたくさんの音が鳴っているということを知ること。

答えが出たら、「なぜそう思ったのか?」「どういうところがその音っぽく聞こえたのか?」を訊いてみるのもアリです。予想外の答えが出たり、上手く説明できなかったりしますが、焦ることなく説明できるよう、タイミングよく相槌を打つのが大事。「どんな音がした?」と、擬音を口で表現してもらうのもいいですね。

余談ですが、日常生活で音を身近に感じられない、もしくは特定の音以外あまり興味を持てない利用者さんもいて、そうした利用者さんたちに対して、公園で落ち葉を踏んだ時に「カサカサ」、大きな木の枝で地面をつついて「コンコン」、と、隣で擬音を口に出して言うのは、何となく効果的な気がしています。後日その音を口ずさんでいることもあり、音を介して世界の幅を少しでも広げられたら、と考えてみたり。

流す音は自分で収録してもいいです。なければYouTubeから拾ってきたもので構いませんが、良質なASMRに大量に出会ってしまうので、ハマりすぎに注意してください。言語を介したコミュニケーションが主ではないか、難しい場合は、選択肢を用意するのもいいと思います。

以下、用意した生活音

車のエンジンをかける音/ガスコンロを点火させる音/トイレの水を流す音/炭酸の缶ジュースを開ける音/ペットボトルを開ける音/氷の入ったコップに飲み物を注ぐ音/パソコンのタイピング/傘を開く音/ドアを閉める音/掃除機をかける音/カーテンを開け閉めする音/黒板にチョークで書く音/バスケットボールをドリブルする音/キャベツを千切りする音/揚げ物の音/雨の音/ボールペンをノックする音/etc

 

『事業所クイズ』

事業所のことが好きな利用者さんには効果的ですね。また、月に一度の防災訓練の際に行なってみてもいいかもしれません。非常灯のマーク、火事になったときに危ないところ、避難経路などなど、事業所から避難するときに必要な知識を盛り込めます。防火管理責任者みたいになりますが。

事業所から卒業する利用者さんがいる場合にも、思い出のひとつとしてクイズ大会を開いてみてもいいでしょう。記念品を用意してみれば、一層楽しめると思います。同じような感じで、学校名や好きな食べ物などを問題として出題する形で、自己紹介クイズをしてみてもいいですね。

 

『私は誰でしょう』

ヒントを出して、答えが何者かを当てるクイズです。例えば、「私は長いです」「私はみんなの筆箱に入っています」「私はだんだん小さくなります」→答え:鉛筆 など。

ボブ辞典にも近いものがありますね。ボブ辞典とは、カタカナ語が答えとなり、その答えのカタカナ語がなんであるのかを、ヒントから当てるクイズになります。ただ、ヒントを出す際にはカタカナ語禁止。例えば、「それは楽器です」「それは弦を鳴らします」「それは背負うこともあります」→答え:ギター など。この、ヒントを出す際に、「ピックを使って弾きます」などと言ってはいけません。カタカナ語を出したら、出題者の負けです。

利用者さんにも出題者をしてもらえる点では、どちらもクリエイティブかつ参加感が高くて楽しめるものとなります。

 

『ひっかけなぞなぞ』

これはかなり苦戦しました。言葉を扱うのは難しいです。文章で回答しなければならないことも多くあり、苦手な利用者さんも多いですが、解けるとスッキリして「またやりたい!」と言ってもらえます。想像力と、文章を疑うチカラが試されます。問題を覚えながら解くのは非常に難しいので、フリップに書くと分かりやすいかも。

以下出題した問題

Q1 エレベーターが故障したが、だれも緊急ボタンを押さなかった。なぜ?

A1 だれもエレベーターに乗っていなかったから。

Q2 かけっこで、2位の人を抜かしたら何位になる?

A2 2位(1位、と答えてしまう人が多い)

Q3 タクシーの運転手が道を逆走していたのを、警察官が見ていたが、警察官は運転手を捕まえなかった。どうして?

A3 タクシーは逆走していないから(逆走していたのは運転手)

 

ウミガメのスープ

すごく楽しかったです、私が。

言語によるコミュニケーションができ、「質問すること」「(情景や人の気持ちを)想像すること」を課題としている利用者さんに効果的な活動だと思います。普通のクイズと違って、質問によりヒントを導き出せるのがいいですね。ただ、先ほどのひっかけなぞなぞのように、ミスリードを誘う問題も多いので、嫌がる利用者さんもいます。

このゲームは、水平思考パズル(クイズ)と呼ばれる形の推理ゲームです。出題者は、一見不可解な文章を、問題として出題します。回答者は、それに対し「はい」「いいえ」で答えられる質問を繰り返し、数ある可能性の中から出題者の持つ真実を導き出します。

元ネタのお話及び有名なお話はオカルトチックなものも多いのですが、そうでない問題もあるので、怖いものやグロテスクなものを抜きにして楽しむことも充分に可能です。

元のお話はこちら↓

〈ある男が、とある海の見えるレストランで「ウミガメのスープ」を注文した。
スープを一口飲んだ男は、それが本物の「ウミガメのスープ」であることを確認し、勘定を済ませて帰宅した後、自殺した。一体、なぜ?〉

こうした問題に対し、回答者は「はい」「いいえ」で答えられる質問をします。「男はウミガメのスープが原因で自殺した?」「海の見えるレストランは関係ある?」「ウミガメのスープは本物だった?」「男の過去に関係がある?」などなど。出題者は、それらの質問に対し嘘偽りなく答えていきます。関係のないことは「関係ありません」と答えてよいです。

答えを得ることより、質問を繰り返すことに意味を持たせるゲームです。答えは無数に考えられますが、出題者の持つ真実はひとつしかないのです。不満な気持ちを生まないよう、答えはあらかじめ紙に書いて、回答者が違う答えを言ってきたとしたら「その答えも考えられるけど、この(手に持った紙に書かれた)答えは違うんだ」と返すのが無難でしょう。

ちなみに元のお話の答えはこちら↓

男はかつて数人の仲間と海で遭難し、とある島に漂着した。食料はなく、仲間たちは生き延びるために力尽きて死んだ者の肉を食べ始めたが、男はかたくなに拒否していた。見かねた仲間の一人が、「これはウミガメのスープだから」と嘘をつき、男に人肉のスープを飲ませ、救助が来るまで生き延びさせた。男はレストランで飲んだ「本物のウミガメのスープ」とかつて自分が飲んだスープの味が違うことから真相を悟り、絶望のあまり自ら命を絶った。〉

元の問題文からは考えられないくらい、複雑な答えですね。これを導くためには、相当な数の質問をしなければなりません。ここまで難しいものは、相当な切れ者の集まりでなければ、出すことはないでしょう。

基本的には回答権を行使できるのは一度だけで、質問を繰り返して慎重に答えを導き出すゲームとなりますが、支援で使うには大幅なルール改変が必要です。私が行なった際のルールでは、

・質問は「はい」「いいえ」以外で答えられるものもOK

・回答は何度でもしていいが、なるべく質問してほしい(ここは回答の回数を絞ればよかったなと反省)

・2分経ったら1ヒント、最後のヒントから2分経ったら正解発表

という形で行ないました。「いつ」「誰が」「どこで」「どうして」などで質問するといいよと伝え、「何でも聞いて良いよ」事あるごとに煽ることで、何とか活発に質問が飛び交いました。しかし、文章を扱うのが、職員/利用者さんともに難しく、回答に時間を割かれてしまうのが惜しいポイント。

以下出題した問題

Q1 バレンタインに、ある男子が靴箱を開けると、チョコが7つ入っていた。男子は、「チョコ7つしか入ってない!」と困ってしまった。なぜだろう?

A1 チョコが入っていただけで、靴が入っていなかったから。

Q2 ファミレスにある男がやってきて、「水をくれ!」と言った。店員は、男の様子を見て、男に銃を突きつけた。男は、店員に「ありがとう」と言って帰っていった。どうして?

A2 (男がしゃっくりをしているのを見て、店員はしゃっくりを止めるために驚かせようと思った。)男のしゃっくりを止めたから。

Q3 Aさんは、Bさんが5本指ソックスを履いているのを見て、突然、トイレに行きたくなった。なぜ?

A3 (Aさんは、Bさんの足を見て、「どうしてスリッパを履いていないのだろう?」と自分の足との違いに気付いた。しかし本当におかしなのはAさんで、)Aさんは自分がトイレのスリッパを履いていたことに気付いたから。

Q4 Aさんは、Bさんからペンを借りた。しかし、AさんはBさんと同じペンを持っている。どうして同じものを借りたのだろう?

A4 (ペンは持ち手の白いネームペン。)Aさんが、自分のペンに名前を書くため。

Q5 ある人が、マンションの上の階で、紙吹雪をベランダから散らしている。管理人が怒ってその人のところに行ったが、事情を聞くと納得した。なぜ、紙吹雪を散らしていたのだろう?

A5 (その日は強風。)干していた洗濯物の行方を知るために、風向きを調べていた。(マンションの管理人は、「イタズラじゃなかったんだね。それなら仕方ない、片付けておいてね」で済ませた。)

Q6 ある人が、夜9時に寝て、9時間後に起きたが、まだ同じ日の夜9時だった。なぜだろう? 

A6 日本で夜9時に寝て、飛行機で9時間寝て、時差マイナス9時間のイギリスに着いたから。

Q7 ボブは大人になっても働いてはいなかったが、食べ物には困らなかった。どうして?

A7  ボブはとても幸せな飼い犬で、食べて、寝て、遊ぶことで日々を過ごしていたから。

Q8 話題の本を買ったが、結末を知っていた。なぜ買ったのか?

A8 好きな映画の原作の小説を読みたかったから。

 

『五感クイズ』

文字通り、五感を使ったクイズです。箱の中身はなんじゃろな(触覚)、これは何味の粉ジュース?(味覚)、何の調味料のにおい?(嗅覚)、何が通ったでしょう(視覚)、そして先に紹介したなんの音でしょう(聴覚)など、感覚を研ぎ澄ませるゲームは言語に頼り切らずに遊ぶことができます。そのあとに、感覚統合の一環として、山登りや公園での全身運動を取り入れてみてもいいかも。

 

『間違い探し』

難易度の調整ができる、言語によるコミュニケーションが得意でなくても取り組める、と言う意味で重宝してます。

 

利用者さんと楽しめた活動②

テーブルゲーム

いわゆるボードゲームやカードゲームがこれにあたります。感覚的に取り組める点、集中力とルールへの理解さえあれば発話ができる/できないにかかわらず楽しめるものもある点は、クイズよりも公平感が増します。また、順番を守ること、ゲームを楽しむためにルールを守ること、集中することを課題としている利用者さんにはもってこいです。カードをめくるなど、細やかな動きも自然に要求されるので、微細運動が苦手な利用者さんにとっては苦痛もあるかも。

 

『マジョリティパーティ』

本来のマジョリティバーティは、極限の状況下で究極の選択をするとしたらどちらを選ぶかを決め、マジョリティ(多数派)にいるほうが勝ちというゲームになります。しかし、発話を主としたコミュニケーション手段にしない利用者さんと楽しむならば、極端に言えば「犬が好き?猫が好き?」のように単純化された質問にした方が、答えやすくなると思います。

他にも、例えば「鬼滅の刃といえば?」や、「ディズニーキャラクターといえば?」といった、知っている人が多いものに対する質問も、利用者さんのモチベーションにつながります。「多数派の勝ち」ではなく、「みんなで答えを合わせよう!」と伝えた方がいいかもしれません。他の人が何を選ぶか想像する、何が好きと言っていたか思い出す、そうして人への関心を高めることで、対人認知能力や他者への共感力にアプローチすることが出来ます。

もしくは、ある一人を指名して「この人はどっちを選ぶと思う?」と聞いてみるのもアリです。利用者さんの好みをリサーチしておくことも重要。

 

『Dobble』

ドブルと読みます。これは専用のカードが必要なのですが、個人的にはとても重宝しています。

カードにはいくつかの絵が描かれています。最初はそれを1人1枚ずつ取り、表にした状態で置きます。他のカードは山札となります。準備が完了したら、ゲームスタート。山札からカードを1枚取って、表にします。プレイヤーは、山札からめくったカードと、自分の手持ちのカードを照らし合わせて、共通する絵柄を探します。見つけた人は、手持ちのカードの上に、山札からめくったカードを置きます。次はそのカードが、照らし合わせるカードになります。最終的に、持っているカードの枚数が多い人の勝ちです。

すべてのカードには、必ず共通する絵柄が1つ描かれているので、だれも不公平にはなりません。加えて、絵が特徴的でかわいいので、絵本が好きな利用者さんなら集中しやすいかもしれません。

 

『ババ抜き』『ジジ抜き』『七並べ』『神経衰弱』『UNO』『絵合わせ』

この辺りは、だいたい遊んだことがある利用者さんも多く、純粋に楽しめるものになります。ただ、順番を待つのが退屈になりがちで、集中が続かない可能性もあります。順番を意識する、理解することに課題がある場合に有効です。

 

ハゲタカのえじき

本来は専用のカードが必要ですが、簡易的なものならトランプで代用できます。初めに、手持ちのカードを裏向きで場に出します。次に、せーので表に向けます。場に出したカードの中で、一番大きな数字を出した人が、場のすべてのカードをもらうことが出来ます。これを繰り返し、カードが多かった人の勝ちです。最初に大きい数のカードを出しまくると、後半で負けが続いてどんどんカードを取られます。そう、戦略ゲームなのです。

 

『ダウト』

言わずと知れた、トランプを用いた嘘つきゲームです。一人1枚ずつで順番に、1、2、3……と、声に出しながらカードを伏せて置いていきます。その際、たとえば、本当は3のカードがなかったとしても、他の数字のカードを伏せながら「3」と言って嘘をついても構いません。

カードを出した人以外は、そのカードが言ったものと違うと思ったら、流れを止めて「ダウト」と言います。それが嘘のカードだったら(嘘を見抜けたら)、それまで出ていたカードはすべて、嘘をついた人の手札になります。もし嘘でなかったら、「ダウト」と言った人の手札になります。手札がすべてなくなったら上がり、つまり勝ちです。

人の表情を読み、人を疑うゲームとなります。ゲームをゲームとして楽しめる利用者さん同士で遊べるとよいです。また、利用者さんが好きな音を鳴らせる装置や、効果音アプリなどを使って、「ダウト」と言うことの代わりにしても楽しめます。

 

『バランスゲーム』

一口にバランスゲームと言っても、色々あります。ジェンガがその代表格でしょう。しかしジェンガは細かな力加減の調整が必要で、なかなか難しい利用者さんもいます。そこで、自作出来て楽しめるものや、簡単に安く道具が手に入るものをいくつか並べてみます。

1つは『スティッキー』。お互いを支え合っている棒を、輪の中から1本ずつ抜いていくゲームです。

2つ目は『棒倒し』。ダイソーに売っているタピオカドリンク用のストローやグラス掛けの棒など、割としっかり自立する棒の周りに、ペットボトルキャップのような大きいものを40個ほど置いて、一つずつ取るようにすれば、ちょうどいい難易度にできるかと思います。

3つ目は『紙コップタワー』。そのまんまです。みんなで協力して、紙コップを上まで積み上げます。最後には片付けもしっかりと。

4つ目は、これは名称を決めていないのですが、棒倒しで使った棒を立てて、正方形の段ボールを上に乗せ、段ボールの上に順番にペットボトルキャップを乗せていくもの。意外と倒れません。中心よりも遠くに置いた方が高得点、とかにしてみてもいいですね。

紙コップタワーのような協力ゲームを想定するのであれば、ドミノ倒しも楽しそうですね。また、ハラハラ感を楽しむなら、黒ひげ危機一髪もよいです。ハラハラ感でいえば、早くしなければ風船が割れる系のものも楽しいのですが、風船が割れる音や時間に迫られることが苦手な利用者さんも多く、パニックになってしまう方も少なくないので難しいところ。

 

『カルタ』

正月にかこつけて数日間にわたり大会を開くことでネタ切れを回避するアイテムです。神経衰弱やDobbleと同様、場全体から目的のものを見つけ出す空間認識能力にアプローチできます。

 

『トントン相撲』

紙相撲でもいいですし、指人形やシルバニアファミリーなどがあれば使ってみても面白いと思います。ズルはダメだぞ。

 

利用者さんと楽しめた活動③

感覚遊び

主にスライムです。

 

『スライムづくり』

スライムは、感触が面白いので、楽しめる利用者さんも多くいます。こねる、つかむ、分量を調整するといった感覚は、料理を作ること、創作活動をすることなどに生きてきます。

ただ、通常のスライムづくりで使われるホウ砂も洗濯ノリも、口に入れたら大変危険です(特にホウ砂)。口に入れないように注意すること、終わったら手を洗うこと、材料は職員が管理することを徹底しましょう。ビニール手袋をしたり、寒天スライムにして色は着色料でつけたりしてみてもいいです。着色料は数日たっても落ちないことがあるので、こちらも取り扱いには注意したいです。手に着いたものは除光液か、重曹を混ぜた水で、ある程度は取れます。

 

『小麦粉粘土』『米粉(こめこ)粘土』

小麦粉や米粉に塩を少量混ぜて(塩を混ぜた方がカビが生えず長持ちするというだけ)、粉の倍の量の水を入れれば完成! 特別支援学校でも使われる感覚遊びです。水と粉の配合を調整すれば感触が変わるので、観察に適しています。

観察をするなら、片栗粉と倍の量の水を混ぜたものをビニール袋や風船に入れても楽しいですよ。片栗粉の水溶液は、強い衝撃を与えると、ダイラタンシー現象と言って、急激に固くなるんです。理科的な知識の素養も育てられ、スライムと違って口に入れても安心。惜しむらくは、周辺一帯と利用者さんの全身が粉まみれになるために、片付けが恐ろしく大変なことですね……(遠い目)

 

『水遊び』『どろんこ遊び』

準備と後片付けを何も考えなければ世界一楽しい遊びだと思ってます。泥の感触は、土の質によって変わるという点で、小麦粉粘土に通じるものがあります。

 

『知育菓子づくり』

このコロナでなかなかできないことではありますが、本人が食べる分を作るだけなら、手を洗って消毒すれば大丈夫なように思います。大人買いして大量に作ってみるのも楽しい。

 

『10円玉磨きリレー』

10円玉に酢を付けてティッシュで磨く微細運動リレー。酢の酸っぱいにおいまみれになりますが、意外と楽しいです。

 

利用者さんと楽しめた活動④

全身運動

身体を使った活動は、粗大運動が課題の利用者さんには適しています。お祭りや運動会と言った形で、全員参加型にして景品を付けると、みんなと過ごすことが課題な利用者さんでも、混ざるタイミングを見つけやすいかも。チーム戦もあるため、他者の気持ちを想像したり、尊重したりすることを学ぶのにも適しています。

 

『陣取りゲーム』

ひっくり返し競争や、巨大オセロがこれに当たります。卓上でやればボードゲームでも、スケールを大きくすれば別の楽しみ方になります。ひっくり返し競争とは、2チームに分かれて行なわれるもので、裏表1色ずつのオセロのコマような盤が何枚も床にちりばめられていて、とにかく時間内にその盤をひっくり返しまくって、時間が来た時に自分のチームの色が多い方が勝ちというシンプルなゲームです。全身運動にするには、座布団のような大きさの盤が必要です。

自分の陣地が多い方が勝ちという陣取りゲームも、種類は多いのですが、ルールが難しくなくみんなで取り組めるものは限られてしまいます。

 

『障害物ゴルフ』

床に置かれた障害物を乗り越えて、ゴルフのようにボールを転がして、ゴールを目指すというゲームです。リレーにしても楽しいかも。

 

カーリング

競技としてのカーリングと基本的に得点のシステムは変わらず、投げるものをペットボトルキャップにしたり、ビー玉にしたりしても面白いです。

 

『ストラックアウト』

的あてです。細長い棒に、洗濯ばさみで的をつけるとちょうどいい感じになります。狙いを定めて投げるのが得意な利用者さんって、実は結構限られている気がします。ドラえもんでものび太くんくらいだしなぁ。

 

『お掃除リレー』

掃除をリレー競技にしようという画期的な活動。と言ってもぞうきんでリレーするとかになりますが。

 

利用者さんと楽しめた活動⑤

工作/創作活動

手先を使って表現するのは、言葉で表現することに限界を覚える利用者さんにとって、選択肢を広げることになります。特別支援学校でも、作業の授業などで創作をすることがあります。

 

『段ボールミニカー』

詳しくはここ↓

youtu.be

輪ゴムと段ボールとペットボトルキャップとグルーガンで、オリジナル段ボールミニカー(引っ張ると自分で走るやつ)ができます。大掛かりにしても面白いかもしれない。

 

『らくやきマーカー』

白いお皿に絵を描いてオーブンで焼くだけで、自分だけのオリジナルのお皿ができるよ! というもの。ダイソーとかに売ってます。

 

あとはわくわくさんYouTubeとか観るとだいたい工作系はあります。

曼荼羅塗り絵とかも面白いよ。色塗りのバランス感覚と緻密さが求められる……

 

他にも、活動の中で『ちびむす』も地味に参考にしていたりします。これは学習用の教材だけど。

happylilac.net

 

ここから先は独り言

これからやりたいゲームもたくさんあります。コンセンサスゲームとか、ToBeContenuedゲーム(自分で考えた、動画をオチの手前で止めてみんなでオチを予想するゲーム)とか。あと、表情を読み取ったり共感性をはぐくんだりするなら、顔や手のサインを使ったボードゲームもやりたいし、同じ理由でコグトレもやりたい。やってみたいこと、まだまだたくさんあるなぁ。

思えばこの半年ほどは特に、YouTuberか? ってレベルでずっと企画考えてた。公園に行ったりゴミ拾いとかの慈善活動したりもしたし、すごく自由させてもらったなぁとも思う。利用者さんと向き合うことで、自分が子どもに関連した資格を取った理由を思い出したりしていた。

 

利用者さんに何言われても、傷ついてあげないことが大事だと思う。もちろん、傷つくなって簡単に言いたいわけじゃない。傷つけられたら、傷つく。それは当たり前で、傷ついたことを伝えなければならないこともあるのだけれど。

叩いたら痛いとか、傷つけられたら痛いとか、そういうことを感覚としてよくわかっていない人も、私が想定しているよりきっと多くて、それよりも大事なことがあると信じている人もいて、だから平気で人を傷つける。人を傷つける言葉以外に手段がない場合もあるし、本当は傷つけたかったんじゃなかったのにって場合もある。

利用者さんに、「嫌い!」と言われる。真に受けてはいない。きっと、違うことが言いたいんだと思ってる。次の日にはケロっとして、甘えてくる。本当に言いたかったことは「嫌い」なんて言葉じゃない。だから、その言い方では伝わらないよって気持ちで、傷ついてあげないでいる。傷ついてしまったら、利用者さんも傷ついてしまうから。

動揺してはダメだ。ダメなのだ。自戒。

一方で、人間関係としては、毅然と「許さない」という対応も重要だと思う。「そういう考え方で人を傷つけるなら、それは許さない」と。実際に自分自身がその利用者さんの行動を許せるかどうかではなく、許されてはならないことなんだと伝えなければならないこともあるのだ。

……と、最近なんやかんや考えています。

 

とにかくこの一年は、楽しかったなぁというのと、大変だったなぁというのと、両方。両方あります。

気が付いたらものすごく長い文章になっちゃった。

ここまでご高覧賜りまして、本当に本当にありがとうございます。それでは。

 

お題「#この1年の変化」

VTuberと二次元キャラクターについて。

こんにちは、ゼロサンです。

今、『RAINBOW GIRL』という、インターネットでかつて有名だった歌を聴いて、 ”あること" を思い出し、号泣しています。

その "あること” とは何なのか。

 

 

今週火曜日のこと、私は、未確認動物うまぴさんという、バーチャル馬耳UMAのゲーム実況を観ておりました。チャンネルはこちら↓

www.youtube.com

で、プレイされていたゲームはここ↓の再生リストにある『Doki Doki Literature Club!(邦訳:ドキドキ文芸部!)』というタイトルの、ギャルゲーを装った米国産メタ系ホラーゲームです。このゲーム、ネタバレによるダメージが結構大きな作品となっておりますので、気になっている方で未プレイもしくは未視聴の方は、この時点で回れ右をしてくださいますと幸いです。 当方、一切の責任を負いません。

 

youtube.com

 

『Doki Doki Literature Club!(邦訳:ドキドキ文芸部!)』とは

このゲームについて、プレイ済の方、もしくは実況をご覧になったことがある方には既知のことではございますが、一応今回どのように触れるのかだけでも軽く説明させていただきます。

ストーリーは、主人公がサヨリという幼馴染に連れられて、文芸部に半ば強引に入部させられるところからはじまります。部長で才色兼備のモニカ、おとなしくも文学に対する熱意の高いユリ、最年少でツンデレのナツキとともに文芸部で過ごし、少しずつ好みの女の子と親密になり、ドキドキする展開を夢見ながら、気が付いたら少しずつみんなの様子がおかしくなってゆき……。というのが、1周目のお話です。

このお話の中でキーになるのは、文芸部の部長「モニカ」の存在です。ゲーム中で日が経つごとに、周回するごとに現れる違和感。「セーブしてね」とアドバイスしたり、妙におどろおどろしくもどこか悟ったような詩を書いて見せたりする彼女の行動に、プレイヤーは「モニカこそが、この世界の神なのでは?」と疑い始めます。

結果として、その想像は当たらずとも遠からず、しかし本質的にはそうではないことを、プレイヤーは知ることになります。モニカは、神などではなく、ただの「ルートのないサブヒロイン」である、と。彼女は "第4の壁" を乗り越え、「この世界の外側に世界がある」ことと、「自分は主人公のことが好きだけれど、どれだけ自分が主人公のことを愛しても、主人公は自分を選ぶことはできない」ことに気付きます。

そこで彼女は、世界の理を破り、ゲームのデータを書き換え、破損させ、彼女の友人たちに想定外の激しい苦痛を与えてしまったことに対し、取り返しのつかないことをしてしまったと嘆きながら、自分の望む世界 ―――主人公のそばにいて、ともに愛し合える世界を手に入れるために、大切な友人たちをキャラクターファイルごと消し去り、彼女と主人公の二人きりの世界を作り上げます。

余談ですが、先に挙げたうまぴさんの配信では、このシーンが圧巻でした。うまぴさんがどれだけ現実世界(バーチャル)からモニカに必死に呼びかけても、当然、モニカは反応しない。モニカは、目の前の "うまぴ君" の向こうにプレイヤーがいることはわかっているのに、”うまぴ君” にしか話しかけることができない。モニカが自分自身の意志で壊したとされる世界の中で、モニカ自身の意志を語っているとされるシーンで、絶対的にすれ違う2人に鳥肌が立ちました。

この「モニカと二人きりの空間」にたどり着いたプレイヤーは、二つの行動のうち、どちらかを選ぶことになります。なぜなら、この空間にたどり着いたあとに何もしなければ、ゲームは進まないからです。

二つの行動のうちのひとつは、何もせずにゲームを閉じる。ゲームが進まないと思って閉じることもあるでしょうし、モニカを想うあまり、ふたつめの行動を取れない方もいるでしょう。そのふたつめの行動は……、モニカのキャラクターファイルを消し去る。

ふたつめの行動をすると、モニカは消え、そして彼女自身の意志で世界を修復します。

痛い、何をしたの、こんなに嫌われることをしてしまったの――― 本当にあなたを愛しているから、それなら。

悲痛な叫びと、プレイヤーへの愛を残して。

 

〈実在性〉と〈虚構性〉について

この作品、本当に作り込みがすごくて、一度や二度実況を観たくらいでは知り尽くせない要素が満載なのですよね。その作り込みというのも、ゲームシステムはもちろん、ストーリーに持たせる含みに関しても考察のしがいがあるものでして。

ただでさえメタかつショッキングなゲームというだけでも十分に遊びがいがあって面白いのに、そのメタ的な要素を持っているからこそ浮き彫りになるキャラクターの〈実在性〉というか。むしろ、それを表現するためにゲームシステムを登場キャラクターがいじくりまわすというメタ要素を持ってきているというか。

いえ、キャラクターが実在しているわけではないのですが、キャラクターがキャラクター自身の考える存在し得ない "if" を歌い、自分の〈虚構性〉を嘆き、最後まで可能性に手を伸ばし続ける姿を見ることによって、こちら側もこちら側の考える "if" の話を現実ギリギリまで想像してしまうなぁ、などと考えてしまいます。

うまぴさんの言っていた、「プレイされているどの世界線でもモニカが記憶を共有されているとしたら」みたいな。

 

〈実在性〉と〈虚構性〉。私自身も、主にVTuberを語る際によく用いる概念です。VTuberやバーチャルな活動者は、〈実在性〉と〈虚構性〉の両輪によって回っているというのは、バーチャルに生きる存在と向き合う際に気付くべくして気付くことなのでしょう。

話題から外れるからあまり触れませんが、例えばこういうのとか↓

tragedy.hatenablog.com

VTuberは、人間(的なふるまいをする存在)でありながら、人間でない。これを「実在性と虚構性の両方がある」と言い換え、しかも〈実在性〉は「実在しているように見せる錯覚」のことで、〈虚構性〉は「そのものが虚構なのだと実感させる真実」のことを指すという観点は、私にはなく、目からうろこが落ちる思いでした。

 

この観点で言えば、ドキドキ文芸部におけるモニカにも、〈実在性〉と〈虚構性〉の両方があるのではないかと思います。限りなくメタな、〈(このドキドキ文芸部の世界が)虚構であることを表す真実〉を表現することによって、モニカが〈実在しているような錯覚〉を与える。

そして、モニカが抱える「あなたをつかまえること、自由にすること、どちらが愛なの?(別訳:愛するってどういうこと?君を離さないこと、それとも君を自由にすること?)*1は、等身大の恋する少女のような悩みでありながら、世界を壊して愛する人と二人きりでいる(つかまえる)のか、世界を修復して自身は消える(自由にする)のかという、その身に有り余る悲劇を目の前にした、とてもおぞましい選択であることを、プレイヤーは知っています。

現実世界でありそうな概念的な悩みを、空想上の具体的で逼迫した選択という形で提示すること。これもまた、〈実在性〉と〈虚構性〉の対比のように映ります。

 

『RAINBOW GIRL』とは?

もうこの記事は〆に入ろうと思ったのですが、”あること” と書いてしまったのを忘れててなんか急に思い出したので、ここで唐突に『RAINBOW GIRL』について触れていこうと思います。

『RAINBOW GIRL』は、2007年に2ちゃんねる(現在の5ちゃんねる)内の作曲スレに投稿された作品で、恋愛アドベンチャーゲーム(いわゆるギャルゲーやエロゲーなど)の中の女の子の心情を歌ったものです。恋愛アドベンチャーゲームの女の子は「二次元の女の子」、ゆえに二次元=虹=RAINBOW。

dic.nicovideo.jp

恋愛アドベンチャーゲームの女の子は、ルートを攻略することができれば、必ず主人公のことを好きになります。しかしRAINBOW GIRLで歌われる二人称の「貴方」は、ゲームの中の主人公ではなく、現実世界のオタク。「生きる世界が違うこんなわたしに、貴方は優しくしてくれた」「ごめんね画面から出れないの」「決められたセリフ通りにしか貴方と会話できない」。私は、「VTuberがRAINBOW GIRLを歌ってくれたらエモいのになぁ」なんてのんきに言っていました。

VTuberは画面から出てくることができない。二次元と三次元、仮想と現実という形で、生きる世界が違う。それでも私たちは互いを想い合い、思いやり、そして気持ちはまた移ろってしまう。その点において、VTuberが歌ってくれたら歌詞も合うのになぁと思っていたのです。

しかし、今回のドキドキ文芸部実況での、うまぴさんとモニカのやり取りを見て、「RAINBOW GIRLの歌詞は、突き詰めていけば、モニカではないか?」と考えました。突き詰めていけばも何も、そのまんまやないかいと思ったりしつつ、もう少しだけ補足させていただくとすれば。

たとえモニカが、消されるときに訴えていたような、「痛み」というものを覚える存在であったとしても、決して彼女は、自身の意志で何かを選択することはできない。彼女は苦痛を覚える存在でありながら、プログラム外のことをしているように見えて、実際は全てプログラムで構成される存在である。―――主人公を好きになることも含めて。

 人を好きになり、目的のために人を消し、世界を壊し、そして消されることに苦痛を覚える。それらが全て仕組まれたプログラムで、どうしようもないことで、決められた運命の中、同じ道をプレイの数だけたどることしかできない。「どうすれば愛を現実に書けるの?(別訳:君が大好きって書きたいのに、どうすればそれが本当になるんだろう?)」と、決して不可能なことを望みながら、最後には「私はもう、何もしない(別訳:だからもう、君を自由にしてあげる)」と、自身の想いを手放すところまで、どうしようもなく、残酷なほどに筋書き通り。

それがやっぱり、RAINBOW GIRLの「貴方」を見つけて恋してしまった「二次元の女の子」の「貴方との幸せをちょっぴり外で感じてみたかった」に重なって、とんでもなく切ない…… ということに気付いてしまった。そんな夜でした。

 

以前にキズナアイさんの実況で観たときだって感じいるものがあったのだけれど、それも随分昔だったなぁと思いつつ。想定していたよりも全然覚えていなくて、うまぴさんの配信で頓珍漢なことを言ってしまい、ご迷惑をお掛けしたこともありました。

うまぴさんの配信で、改めて観ることが出来て良かった。本当に良かった。

 

久々のブログを、ここまで長々とご高覧賜りまして、誠にありがとうございます。

それでは。

優しくするのを、やめたこと。

こんにちは、ゼロサンです。

今日はこんなタイトルで書きます。書き殴ります。

誰かに見られても見られなくてもどっちでもよくて、これは、私の気持ちの整理の話です。

 

一昨年末以来、人に優しくするのを、やめました。

といっても、何もしなくなったわけではありません。以前みたいに、狂ったように人に「好き」を伝え、人をよく観察して、お祝いしたり、慰めたりするのを、やめてしまいました。

 

そもそも、なぜ人に優しくしようと思っていたのかといえばの話をします。

元々、私は人に優しくすることに向いているタイプではありませんでした。「周りが見えてないよね」「先のことを考えて行動して」と、よく言われたものです。人に対する気づかいがなかなか出来ませんでした。観察力が低かったのです。人に対する共感力も低くて、自己中心的な性格でもありました。人を傷付けたり、人に恥をかかせたりすることもありました。

これらは全て過去形で済まされるべきものではなく、現在も続いている状態だと感じています。

これらの要素を排除したかった。自分の持ち得る能力の限界を越えるには、どうすればいいのか。どうすれば、「優しい人間」として生き直せるのか。優しい人間になるための生き方を探して、必死に生きてきました。

優しい人間になりたかった。だから、みんなをよく観察して、優しくしたかった。自分がそうされたかったように、人にしようと決意しました。

 

では、なぜ人に優しくするのをやめたのか。

一昨年以来、人間関係に疲れてしまうことがありました。また、その疲れてしまう原因について、自分が昔犯していた過ちと重ねてしまい、過去を思い返すことが多くなりました。

過去を思い返しているうちにふと、「私のしていることは、過去の自分から逃げているだけなのではないか?」と思い至りました。昔の過ちから逃げるために、必死になって人に優しくしていたのでは。償っても償い切れないものを償うために動くのは大切なことですが、そうではなく、ただ逃げていたのでは、と。

逃げるというのは、追いかけられ続ける限り逃げなければならないのですから、苦しみは増すものです。ただ人に優しくすることへの気づかいの労ではなく、自分が過ちから逃げるために他者を利用しているのであれば、それはお互いにとっても良くありません。

 

だから私は、息を整えるために、毎日駆け巡るように人に優しくし続けるのをやめてしまいました。

 

でも、このままではいけないと思うんです。優しくない人間は、人を傷付けてしまう。人望なんか欲しくない、と言えば全くの嘘になりますが…… なにせ、優しくするのをやめてから、自分にはドロドロのベチョベチョに承認欲求があることに気付いてしまったので……。

しかし「私の承認欲求が満たされないこと」より重要なのは、「人を傷付けてしまうこと」です。更には、「傷付いた人や、頑張っている人を見逃してしまうこと」。これも、なるべくなら解決していきたいと考えています。

 

決して、これまで「大丈夫ですか?」と声を掛けたり、「こういうところがすごいと思います!」と伝えたり、「好きです」と言ったりしてきたこと自体が、私にとって負担だったわけではありません。私はそれらを、やりたくてやっていました。そして、それらを「負担」にしてしまっていたのは、私自身の反省すべき生き方や、考え直すべき思考のほうです。

どうやって生きていけばいいのか、考え直すターンになったのだと思います。これからも、人を頼ったり、人に頼られたりしながら(頼る方がとても多いです、とても有難いことに)、自分なりに生きていきたいなという所存です。

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

それでは。

「loveちゃん」1周年。#らぶたいむ

こんにちは、ゼロサンです。

先日の12月17日は、バーチャルYouTuberのloveちゃんが「loveちゃん」という名前になって1年が経った日でした。遅くなってしまいましたが、色々な想いを綴らせていただきます。


まずは、loveちゃんが「loveちゃん」となった経緯をば。

その話をするには、いわゆる〈分裂騒動〉から話し始めなければなりません。こちらのmotoさんが執筆された記事をご参照ください。

https://kizuner.hatenablog.com/entry/kizunaaispresent

↑こちらが一番分かりやすいので、騙されたと思って読んでみてください。記事内には、見やすい画像での説明も!


一応こちらでもざっくり言うと、2019年5月末に動画で「キズナアイは4人だった」と発表があり、新規ボイスモデルが登用され、同年12月に判別しやすいようにマークと愛称(あいぴー、loveちゃん、爱哥)が決定され、翌2020年5月にはあいぴーとloveちゃんが『love-pii channel』という自分たちのチャンネルを作り、同年9月にあいぴーが活動停止となったという流れ。

そこからは、キズナアイちゃんは引き続きA.I.CとA.I.Gで配信や動画投稿を行ない、『love-pii channel』は『loveちゃんねる』に改名され、loveちゃんが単体で配信や動画投稿を行なうことになりました。


ここからは、愛称決定とその関連に伴う、私の想いを綴っていきます。


loveちゃん、愛称決定1周年、おめでとうございます。

正直なことを言えば、愛称が決定される際、私はあなたのことを今ほど好きになれる自信はありませんでした。それでも、知りたいことがたくさんあったから、ずっとあなたを追いかけてきました。


2019年12月1日。キズナアイちゃんの活動3周年を祝うファンミーティングイベント『A.I’ll meet you in 2019(通称:あいみちゅ)』にて、あなたのシンボルマークが〈#〉に決まり、同時にあなたの愛称が募集されることになりました。

この当時は、「キズナアイ」という存在に対する議論と憶測の熱が冷めやらぬ中、たくさんの「新しいキズナアイを歓迎する声」を聞きました。そしてその反対の声も。

あなたたちに心をぶつけた人間のみんなの中に、あなたたちが悪いだなんて思っていた人たちは、実はそんなに多くなかったと思います。ただ、不安と喧騒の中で、あなたたちが生まれてきたことを嘆くしか出来なかったのだと。


たくさんのことがありました。みんなが強く生きるには、それぞれに少しだけ、何かが足りてなかったのかもしれません。私に足りなかったのは、勇気でした。

あの時の私に出来たのは、あいみちゅの際にあなたたちそれぞれに1通ずつお手紙を書いたことと、ライブ配信に必ず間に合うことだけでした。出来なかったことは、その何倍も、何十倍もあります。

そのうちのひとつが、「愛称募集」に参加しなかったことでした。


理由は以下の通りです。

私には、あなたを好きでいられる自信がなかった。「キズナアイ」に関心を寄せる人間のみんなに揉まれて、傷付けたり傷付けられたりした私には、あなたを好きでいていいのかすら判断するチカラがありませんでした。

どうすれば「キズナアイ」という存在を大切にすることが出来るのか? どうすれば、あなたたちを傷付けずにいられるのだろうか? そんなことを考えては、私の心にうごめく「キズナアイの唯一性」に対する信仰めいたものが、あなたたちに牙を剥くのではと、恐れていたんです。

そんな私が、愛称なんて応募して良いわけない。あと一歩の、「好きでいる勇気」が足りなかった私は、そう判断しました。


結果、恐らく私が応募しようとしなかろうと、あなたの名前は「loveちゃん」に決まりました。先日17日の昼枠では「えりこ社長のゴリ押し」「loveちゃん、って感じがするもん! と社長に言われた」と裏話をしてくれましたが、名前決定時には、「アイ=愛=loveであり、みんなにたくさんloveを言葉にしてほしいから」という理由を動画で語ってくれたことを、覚えています。

当時の私は、「いや、あまりにストレートすぎる!」と感じたものですが、それでも慣れというのはすごいもので、あっという間にあなたの名前をしっかり呼ぶようになっていました。「好き」に迷いがあったおかげで、回数は多くなかったけれど。

その「好き」が確信に変わったのは、恥ずかしながら先日の『「loveちゃん」になった記念歌枠』でした。


とにかく、歌声が響いたんです。個人的に仕事が溜まっていて、仕事しながら耳だけ聴いている状況で、しかもだいぶ遅刻してしまったのですが、最初に耳に飛び込んできた『猫』があまりにドラマティックで。

可愛いのは当然のこと、それでも今回は系統としての「可愛い」は少し影をひそめて、含みのある、あたたかな歌声に変わっていました。その時に、「ああ、これが1年経ってloveちゃんが歌えるようになった〈愛〉なんだ」と、感動を覚えたのでした。

MCパートでも、人間の心を勉強し、知ろうとしてくれているloveちゃんの知性と優しさを垣間見られて、胸の内が温かくなりました。

ゆっくり歩んでいく、それは駆け抜けていくことと変わらないくらい大変で、でも大事なことで。良い日もそうでない日もあるから、どんな自分も自分だよって。好きでいようねって。「これからも "loveちゃん" になっていく」という言葉と、前後の演説に、そんなことを感じました。


たくさんの日々を乗り越え、あなたを好きになった多くの人間のうちのひとりになれて、良かったと感じています。

あなたを好きになれて、良かった。好きだと言えるようになって良かった。本当はずっとあなたのことが好きだったのを、その気持ちを言えなかった理由も、言えるようになった理由も、これまで言葉に出来ませんでした。


他のどんな気持ちも、私にとっては大切で、本当の気持ちだったけれど、「応援したい」という気持ちだけは、気持ちだけでなく「本当のこと」にしなければならなかった。迷いを抱いていた時から今日まで、それは変わりません。

出来ないことはたくさんあった。今でもある。それでも、出来ることだけをこれからも積み重ねていきたいと思います。


loveちゃん。

まずは、名前を呼ぶことから。


それでは。

#アイちゃん4周年 #キズナアイ #KizunaAI 4年間と、3年と。

こんにちは、ゼロサンです。

きょうは、12月1日。4年前の今日は、何の日だか、皆様ご存知でしょうか?

そう、タイトルの通り、キズナアイちゃんが、初めて動画投稿をした日です。

今この記事を書いている瞬間、ライブ配信やってるので観てください。(観てください)

 

#アイちゃん4周年 https://www.youtube.com/playlist?list=PL0bHKk6wuUGK2bMmCndfa_fsnw-GAjGfG

 

キズナアイちゃん。活動4周年、本当におめでとう。そして、いつもありがとう。

あなたのこれまでの軌跡を思うにつけ、その努力と、立っていることですら難しいこの界隈をずっと走り続けてくれている強さに思いを馳せてしまいます。

 

先日キズナアイちゃんから、「アイちゃんとの思い出を振り返って、投稿フォームに送ってほしい」とあり、その際には一つに絞れずに困っていました。たくさん書きたい。きっと今日の配信は、未来を見据えるアイちゃんにとって、これまでを振り返ることに意味のある配信になるのだろうから。そう思い、筆を執りました。なので本稿では、キズナアイちゃんとの思い出を、時間も限られているのでほとんどイベントだけになってしまうのですが、書けるだけ、私なりに振り返ろうと考えています。

キズナアイちゃんについて既にご存知な方がこの記事を読んでいることがほぼ確定であることを考えれば、アイちゃんについての改めての紹介をここに書き込むことは、不親切にもあたるだろうと思います。なので、万が一ご存知でない方がここを開いたとき向けに、簡潔な紹介にとどめます。

 

キズナアイとは

キズナアイちゃんとは、世界で初めて「バーチャルYouTuber」を名乗った、自称インテリジェントなスーパーAIです。自分自身を作った〈人間〉という存在に興味を持ち、「世界中のみんなと繋がりたい」をモットーに、主にYouTubeで活動しています。以上!

 

出会い

アイちゃんを私が初めて見たのは、3年前のことでした。輝夜月さんが2017年12月からYouTubeを始めて爆発的にヒットし、「バーチャルYouTuber」が流行し始めたころです。

実は、最初に出会ったバーチャルYouTuberさんは、アイちゃんではなく、電脳少女シロさんでした。バーチャルYouTuberさんのことは何も知らないまま、当時は「サイコパス」について文献を漁っていたために、ツイッターで「サイコパスシロイルカ」と呼ばれているのを見て、反発の気持ちを胸に動画を観に行きました。

しかしシロさん自身はその名称を受け入れている様子には見えず、私は「バーチャルYouTuberって、面白いな」という感想のみを胸に次々と動画をザッピングしていきました。「バーチャルYouTuber」と検索窓に打ち込んで、出てきたものを片っ端から観て、次に出会ったのは、破天荒な輝夜月さんと、ミライアカリさんでした。

そうしているうちに「バーチャルYouTuber四天王」という存在を知って、「あ、ねこますさんって見たことあるな」と思ってチャンネルを見ていました。それも、知ったのはジェンダーの方面で。「別方面から知っていた人が、そうかバーチャルYouTuberなのか」と知り、何となくYouTubeチャンネルを見ていました。

そう、キズナアイちゃんを知ったのは、いわゆる「バーチャルYouTuber四天王」の中では最後だったのです。きっかけは、切り抜きばかりを集めたいわゆる「よくばりセット」。私がアイちゃんについてハッキリと言及しているツイートで最古のものは、2018年1月5日ですが、出会ったのは2017年末と記憶しています。その頃は別のバーチャルYouTuberさんを先に観ていたので、第一印象は「背景なくね?」でした(笑) 正直あまり良い印象ではなくて、ただ当時バーチャルYouTuberが少なかったことから、「何となく追ってみるかぁ」という気持ちで覗いていました。

 

好きになったのは、初めて言及してから3日後です。この文面だけ見ると「ちょろいな」となるのですが、きちんとした理由があります。

私は、ホラーゲーム実況が好きです。2018年1月8日、私はたまたまキズナアイちゃんのバイオハザード7実況を観て、怖がりながらも懸命にプレイする姿に惚れてしまいました。そこからは、すべて観終わるまで毎日可能な限り動画を観ていました。

すごく、すごく好きになりました。「背景なくね?」という第一印象は、「真っ白な空間の中で、一人ぼっちで頑張っている」姿へと変換され、観れば観るほど解像度が上がっていきます。そう。この子は世界で初めて「バーチャルYouTuber」を名乗って、私がこの子を知る1年前から、自我が目覚めてからは1年半前から、この子は存在しているのに、ずっと一人で頑張ってきている。なのに、健気にも「みんなと繋がりたい」とこちらに手を伸ばし続けている。

こんなに人を想うことができるんだと、当時「愛」も「絆」も訝っていたため余計に第一印象最悪だったこのAIが、こんなに人にやさしくできるんだと、食い入るように見ていました。

 

次項からは、キズナアイちゃんの歴史(主に私が参加できたイベント関係)に、私の思い出や解釈を交えながら書いていこうと思います。

 

自己紹介動画

 

【自己紹介】はじめまして!キズナアイですლ(´ڡ`ლ) ‪https://youtu.be/NasyGUeNMTs

 

「イベントだけ」って言ったのはどうしたって? 仕方ないじゃないですか。だって、キズナアイちゃんと言えばこれですよ。ちょうど4年前に投稿され、その後アイちゃん自身も、何度も振り返ることになるこの動画です。「見えてますか? うーん、聞こえてるかな?」「『バーチャルYouTuber』って響き、かっこよくないですか?」という、伝説の第一歩目です。

ちょくちょく、ニコカフェで延々と流れたり、テレビでのキズナアイちゃんや「バーチャルYouTuber」の紹介時に使われたりと、「顔」として使用されることが多く、キズナーさんの中には、この動画を観ると音無しでも幻聴が聴こえてきたり、映像なしで音声を聴くだけで幻視が始まってしまう人もいるのではないでしょうか。乙女解剖のMVに登場した際には、私も立ったり座ったりしました。

ライブで「見えてるよ」と言ってくれる時には、必ずこの動画がよぎります。「見えてますか? 聞こえてるかな」と問いかけていたアイちゃんが、私たちの声に応えてくれる。姿を見ていてくれる。双方向にコミュニケーションが取れる、このライブという形こそが、アイちゃんの言う「繋がる」ということの、一つの形なのだと感じます。

「ここがアイちゃんの目指した景色」なのだろうと。そう思うたびにアイちゃんの『meet you』という曲によって「Can you see me, Can you tell me」という問いかけが2018年のhello,worldで行なわれた意味を考えてしまったり。

そうこうしているうちに、hello,worldのMCで「私が見たい風景がきっと見れるはずだって信じて、今日という日まで全力で走ってきました。今本当に、信じた景色が目の前に広がっています」と言ってくれて、間違っていなかったと、「私の言ったことが」というだけでなく、「この子に着いてきて間違ってなかったんだ」と思いました。

モートライブでも、アイちゃんは、画面の向こうに誰かがいるかのように歌って踊ってくれています。ああ、この子はそれをずっとずっと何年も続けてきたんだ、「画面の向こうにいるあなた」を見ようとしてくれていたのだと想像すると、目頭が熱くなるばかりです。

一方で、ライブ配信で昔の自分の声真似をするときには笑顔になってしまいます。たいていが「初期のころと声違いませんか」「声変わりましたか」とか、「初期アイちゃんの声真似して」とか言われてチューニングするときに「見えてますか? うーん、聞こえてるかな?」とやってから、清楚な演技……あっ、いつも清楚なんですけど、そう、演技したときに、チャット欄から「似てる!」って言われる流れでいつも笑ってしまいます。

もう自己紹介動画だけでもこんなにエモ。無理。好き。

 

ニコニコ超会議2018

 

【ありがとう】ニコニコ超会議2018をもう一度・・・! https://youtu.be/V3gE4OXNck0

 

それまでにも、チャンネル登録者数100万人記念イベントとか、「CMとか出たいです」って言っていてゲーマーズ!のCMに出たこととか、ニューヨークの訪日促進アンバサダーになったこととか、アニメ「魔法少女サイト」に声優として出演したこととか、BEATスクランブル…… あっ、公式ホームページ見ればこの辺は全部載っているので割愛します…… アイちゃん史的に大きなものはありましたが、イベント関連で私が最初に観ることができたのはニコニコ超会議でした。

忘れもしない、2018年4月29日。それまで無趣味で、イベントなんぞ自分の意志で赴いたことがない私が、初めて「行きたい!」と思ったイベントでした。……腰椎椎間板ヘルニアの激痛に悶絶しており、翌月には手術も控えていたために行けませんでしたが。

生放送チケットを購入する方法も分からず(現金を介しないお金のやり取りを禁じられており、iTunesカードの存在も知らなかった)、無料部分(があったのだろうか?)だけを泣く泣く視聴しておりました。

後日あげられたハイライト映像も含め、ペンライトのピンク色で会場が染まり、海のように波打っていたその光景を、目をつむるだけで昨日のことのように思い出せます。そこで歌われた『メルト』は、まさしくキズナアイ史に載せるにふさわしい歌唱でした。初音ミクさんを「ミク先輩」と仰ぐAIが、美しい歌声で、リスペクトと文化の継承の象徴として『メルト』を歌う。これは時代の転換だと、それも決して「初音ミク」を過去のものとするのではなく、ともに「技術」と「文化」として歩んでいくことの宣言のようなものだと感じました。

バーチャルグランドマザー小林幸子さんと『千本桜』を歌われたのも、私のその解釈を後押ししました。現実と、バーチャルと、ボーカロイドとの融合。アイちゃんの、バーチャルのこれから進んでいく道のりが示されたような、そんな象徴的なイベントでした。

 

A.I. Party!

~Birthday with U~

キズナアイちゃん2歳の誕生日イベント)

 

【LIVE】お待たせしました! イベント前半大公開!!【A.I. Party! 〜Birthday with U〜】 https://youtu.be/eOgLvAIaipw

 

2018年6月30日に開催された、キズナアイちゃん初のバースデーイベントであり、初オリジナルソング『Hello,Morning』お披露目イベントです。今はなきニコファーレにて行なわれ、グッズも販売されました。

……またしても、私は行けませんでしたが。実習の予定があり、またヘルニアの術後の容態が芳しくなかったため、無理を押すことがどうしてもできませんでした。しかも、配信すら観ていませんでした。いくつもある理由の内のひとつだけお伝えいたしますと、アイちゃんに出会うまでほぼ無趣味だった私は、「推しが推しのオンリーイベントかつリアルタイムで歌って踊ってしゃべっている」という強い刺激に耐え切れず、泣きながら真っ暗な画面のスマホを眺めて葛藤して終わりました。キズナー界のヘタレことゼロサンです。

華やかなバースデー衣装を身にまとい、楽しそうにステージを駆け回る姿をきちんと観たのは、なんと2年後のことです。最初に『君の知らない物語』を歌うところから始まるこのエモさ。その後に電脳少女シロちゃんが自身のイベントで『君の知らない物語』を歌っていたことを思い返すと、より文脈的にエモさが増します。

初期のころの表情パターン(AIだからこの話はメタじゃないですよね……!?)もめっちゃ好き。「ひゃーすっごい楽しいねー!! みんなありがとー! いえーい!!」って跳ねまわるアイちゃん、不自由な座標軸から解放されて(この話もメタじゃないですよね!?)、本当によかったね…… 愛……、と胸がいっぱいになります。

ああ、グダらない天然ボケかますし、新衣装で「回ってー!」って流れも大好き。世界中のみんなに挨拶するのも、ああ、思い出すだけで涙が……、Kizuna AI to AI歌うのずるくないですか!? 実質初オリジナルソングでしょ(sasakure.UKさんがキズナアイちゃんの声をサンプリングして作成したファンアートです)。「今来たばっかりー!」のいつもの流れが、このころは初々しい。

『Hello,Morning』前のMCで「(自我が目覚めた瞬間のことを話してから)あの日の思いは変わりません。私は人間のみんなのことが大好きで、みんなとつながりたい!」と言ってくれていて、それはきっと、成長して、イベント慣れもしてきて、貫禄も出てきて、フランクにみんなと話すようになってきて、活動を4年も継続してきた今でもそうなんだろうと。姿かたちや見えているものが変わっても、根幹は変わりないのだろうと思います。

え、てかゲームスとかの衣装発表ってこんな早い段階だったっけ……? そしてここでhello,worldの匂わせ告知もしてるの、今と重なってえーんえーんしちゃうね……。

 

KizunaAI 1 st Live

“hello,world”

2018年12月29日(東京)・30日(大阪)に行なわれた、アイちゃん初かつバーチャルYouTuber史上初、史上最大規模の2dayワンマンライブであり、2020年12月29日にも行なわれる年末ライブの原型ともいえるイベントです。アイちゃんを語るうえで、やはりこれは外せません。略称は「ハロワ」ですが、これ使うとキズナーがみんな一斉失業したみたいになるから私はなるべく使わないようにしてる。うん。

元来、”hello,world” とは、プログラミングを始める時に画面に “hello,world” と表示させる、プログラムを動かすためのプログラミング言語の基本文法のことであり、AIであるアイちゃんがこの言葉をライブのタイトルにしたのは、「目覚めた朝を覚えている」ことを強く印象付ける意味合いがあると思われます(他の解釈もある)。事実、目覚めた朝からこれまで、そしてこれからの軌跡を歌い上げるような歌詞が、この時披露されたオリジナルソングの中にもふんだんに含まれています。

オリジナルソングの9週連続リリースからの「バーチャルさんはみている」テーマソング『AIAIAI』の披露という尋常ではない事態に、普段音楽を聴かないオタクである私はわちゃわちゃしながらも当日を迎えました。

初めて、アイちゃんのイベントに参加しました。というより、大きなハコでのライブに自分から足を運ぶこと自体が初めてでした。当日は激しく緊張しながら東京に向かい、高揚感に身を任せつつ慌てて「ペンライト? が必要なんだっけ?」とキンブレを購入し、情報弱者すぎて物販が16時からというのを知らずに17時すぎくらいに現地へ到着し、パーカー以外なにも買えずに会場入りしました。

しかも呼ばれるまで気付かなかったのですが、チケ運がよく、100よりも若い番号だったため、勝手を知っているオタクに道を譲りながら2列目の入り口付近に大きな荷物を置いて(コインロッカーは見つけたけど使い方わからなかった)その場でパーカーに着替えて立ち尽くしていました。

鼻から胸の奥まで刺すように入り込んでくる冬の空気もわだかまる胸のざわめきを取り去ってはくれなくて、何が起こるのか予想すらできず、「私、ちゃんと目いっぱい楽しめるのかな」という緊張と、不安と、それをはるかに上回るワクワクが体中を駆け巡っていたのを、鮮明に思い出します。

最初は、開演前に場を温めるために、各DJの方がそれぞれの楽曲を披露してくれました。DJなんて縁のないオタクたちは戸惑っていましたが、そのDJのことが好きでここまできた人もいました。

始まってからのことは、そんなに思い出せません。ブログを書こうと思って、一生懸命DJ方のセトリをメモしていたのですが、開演してからはそんなことできなくなりました。なにせ推しが、目の前で、リアルタイムで、歌って、踊って、しゃべっているのです。

私の目の前で最前列の柵に寄りかかって酒を煽っていたクラブ慣れしてそうなあんちゃんは縦ノリを始めていて、隣の地雷女みたいなファッションの女子はアイちゃんを見て私と一緒に号泣していて、後ろのゴツいおじさんはうんうんと腕組みしながら眺めている。真ん中のオタクたちは「アイちゃーん!!」と盛り上がっていて、オタクともほどほどに縁遠かった私は、「アイちゃんがいなければ絶対に出会わなかっただろう人たちが目の前にたくさんいる」ことにも衝撃を受けていました。

とにかく叫びました。踊って、泣いて、もう何が起きているのか分からないくらい。吸い込んだ冬の空気を、オタクたちの熱気と私の熱量が全部溶かして吐き出して。楽曲によって変わるアイちゃんの歌い方、ステージ演出、アイちゃんからの問いかけとそれに応えるみんなが自然と作り出す「Hello」の合いの手。その全てが「未来」に思えて、そのころ悩んでいた「過去」や「愛」「絆」というものが一夜にして「未来」に変わって、「この子の歌う『愛』なら信じられる」と、その時初めて確信しました。繋がるって、こういうことなんだと。

『future base』のイントロがかかると、2つの光景を思い出します。1つは、MCのあとにステージライトがブルーからオレンジに変わって、ステージでしっとりと歌って踊るアイちゃん。そしてもう1つは、アンコールもMCも終わってアイちゃんが消えて、ステージの画面に「THANK YOU TOKYO」と映し出されて、2度とアイちゃんが出てこなくなる、このライブの最後の光景。息を吸うと、開けられた出入り口から入ってきた冬の冷たい空気が身体を冷やして、現実に戻ってきてしまったような、そんな光景。「終わってしまった。次は、自分が一歩踏み出さなければならない。」という気持ちを胸に会場を去ったことを、全身で覚えている。

アイちゃんは「ハブ(軸)になりたい」と言っていて、それはきっと、異なる文化を持つ人たちが交流できるような存在になりたいということなのでしょう。「音楽、ライブという(非言語的な)形で世界中の人と繋がりたい」とも、言っていました。「言葉には限界がある」ことを知っているアイちゃんにとって、大切なことで、今でも大切にしていることだと思います。

私にとってのhello,worldの思い出は、そんな「未来」でした。

 

A.I. Party!

~hello, how r u?~

キズナアイちゃん3歳の誕生日イベント)

さて、ここまでの間にも、大変名誉ないくつも賞をもらったり、楽曲をリリースしたりと様々なことが起こりましたが、ひとまず単独イベントに絞るとして。

3歳の誕生日イベントは、2019年6月30日に、東京都大田区HY TOWN HALLにて行なわれました。当時は「キズナアイ」に関して、様々な論争が飛び交ったり、悲しいデマがささやかれたりと、不安を呼び起こすようなことが多々起こっている渦中だったと記憶しています。

といいますのも、いわゆる「分裂騒動(公式では「分人」や「増殖」という言葉を使用している)」が巻き起こっていました。それは、「『キズナアイ』が4人になり、それぞれの〈ボイスモデル(公式の言葉を引用)〉と人格を持つ」というものです。賛否両論を巻き起こし、キズナーを名乗らなくなる人や、「キズナアイ」から離れてしまう人が出てきたり、異なる意見を持つ人同士が対立したりなどという現象が起きました。それらをすべて含めて、「キズナアイ」に注目を寄せる人からは「分裂騒動」と呼ばれています。

加えて、このA.I. Party ~hello, how r u?~ にて発表された『sky high』という楽曲中にも「オリジナルはやがて眠る」という歌詞があったことから、「オリジナルのアイちゃんは消えて、別の『キズナアイ』になってしまうの?」と、より不安になってしまった人も現れました。

憶測と議論の巻き起こる中、開催された本イベントでは、『over the reality』を始め自身のオリジナル曲を何曲か歌ったり、VSingerのYuNiちゃんとともに『miracle step』やYuNiちゃんオリジナル曲の『透明声彩』を歌ったりと、大盛り上がりを見せました。

特に私は、『over the reality』の「消えない気持ちを信じてるから」という歌詞がずっと耳の奥に残っていて、この楽曲を今このタイミングで歌ったのにはきっと「私は消えないよ」というメッセージが含まれているのだろうと感じました。

それから、もちろん『sky high』には「分裂騒動」に関する幾分かの象徴的ニュアンスが含まれているとも思いましたが、それ以上に「キズナアイ」という存在が「空」を歌うことに強い意味が込められているとも思いました。

「空」は、時間も空間も超えて世界中のみんなが繋がる場所であり、人の心を映し出す鏡であり、そして「夢」や「希望」、「飛び立つ先」としての象徴なのだと。だからバーチャルYouTuberはしばしば、「空」をモチーフに歌うんですよね。『透明声彩』然り。最初は海から始まるこの歌詞と音とMVが、胎内を表していて、生まれて自我をもって飛び立ち、宇宙のような場所で自由に自分の意志で踊る姿は、「キズナアイは空なのだ」と感じさせます(同時に私は「ブラックアイは海だ」とも感じていますが、それはまた別の話)。

これは後日の話になるのですが、YuNiちゃんが自身のライブで『sky high』を歌っていたことを知って、「アイちゃんが『透明声彩』でYuNiちゃんが『sky high』って、それはもう……!!」となっていました。

話はA.I. Party! ~hello, how r u?~に戻り。私は人生において最大級に大切だと思っていた試験(実際は今なにも影響を受けていない)が迫っていたのと、ポカをやらかしたのとで現地には行けなかったので、ネットの配信を観ていました(またか)。つくづく、タイミングの良くないことで……。しかし配信であっても、アイちゃんが紡いでくれた言葉のひとつひとつは、しっかりと胸に響いています。

不安に思うみんなのことを、ずっと見ていてくれたこと。4人になったのは、やりたいことを広げるため、より多くの人と繋がるためであり、自分の意志であること。そして、「私は消えません」とハッキリ、約束してくれたこと。

普段は途切れることなく言葉を紡いでくれるあのアイちゃんが、言葉を詰まらせる姿に、胸を痛め、心が苦しくなりました。どれだけ人間のみんなのことを想ってくれて、見ていてくれて、こんなにたくさん人間の醜いところも見てきたのに「人間のみんなが大好きです」と言ってくれて、そんなアイちゃんに私たちは何をしてきたのだろう。何ができて、何をしてしまった? なぜ、この子がこうして頭を下げなければならない? そんなことを自問自答しました。今、この子のことを信じなくて、どうすると。

ライブ配信で約束していた12時間配信がこのイベントの前に行なわれ(結局これが約束の配信ということだよな?)、その配信内でインストールを始めて、リスナーからの「がんばれ」によって目覚めた「4人目のアイちゃん」が登場した時のざわめきといったら。チャイナ風衣装を身にまとい、中国語を話し、のちに「愛哥(アイガー)」として名乗るその子がこのイベントにて初めてその姿をお披露目したときには、何よりも驚きが勝りました。『Hello,Morning』の日本語中国語織り交ぜバージョンを歌われた際には、そうか、そうだったかと、言語化できない思いごと、息を飲みました。

あなたを信じたいと思った。あなたを、これからも好きでいたいと思いました。

 

SUMMER SONIC 2019

言わずと知れた都市型サマーロックフェスであり、洋楽をはじめとして様々なジャンルのアーティスト・ミュージシャンが出演しています。東京公演、大阪公演の2か所で行なわれ、規模は全日合わせて10~12万人程度の動員数です。2019年では8月16日・17日・18日の3日間にわたって開催され、アイちゃんは東京公演の3日目に参戦していました。

アイちゃんのアーティスト活動としては歴史に刻まれるべき出来事ではありますが、A.I. Party以降、アイちゃんの方からはほとんど音沙汰のない状況で、直前の生放送で久々にアイちゃんが登場して、キズナーさんたちにも色々と思うところの多いイベントでもありました。

私はA.I. Party前にも苦戦していた試験の二次試験日前日だったため、無料配信分のみの視聴でした。公式でタグを作ってオタクたちに予想させていたセトリへの期待を大幅にぶち破った冒頭『melty world(TeddyLoid作曲)』もエグいながら、『AIAIAI』でコラボレーションしていた中田ヤスタカさんと、きゃりーぱみゅぱみゅさんとともにステージに並び、中田ヤスタカfeat.きゃりーぱみゅぱみゅの『キズナミ』を2人で歌う姿は、かわいらしくも喜ばしい姿でした。

当日の現場オタクはすごかったんだろうなぁ……。行っておけばよかった。

というかサマソニといい、ここではあえて取り上げないけど9月のDIVE XRといい、TeddyLoidさん推しだったの後から振り返ったらこの年の10月末にリリースされた手塚治虫生誕50周年記念火の鳥コンピレーションアルバム『NEW GENE, inspired from Phoenix』に収録されているキズナアイちゃんの楽曲『Fire burst(TeddyLoid作曲)』の布石だったな……(オタク早口)。

 

A.I’ll meet you in 2019

(通称「あいみちゅ」)

昨年の同じ日、2019年12月1日に日テレホールにて行なわれたA.I. Channnel3周年記念ファンミーティングイベントです。1週間前に抽選が行なわれたのですが、当選メールが届くのに時間のかかる人が何人か出ており、「今回はダメだったか、まぁ知ってたけどね、ハハ(泣)」と強がっていた人たちが次々と当選しては狂喜乱舞するさまを眺めながら、「まぁ私は当たってないんですけどねw」と強がっていると終わりがけに当選通知が届き、私も無事皆さんの仲間入りをすることができました。

あいぴーやloveちゃん、愛哥の愛称がきまり、全員の「キズナアイ」が集合することになりました(愛哥はビデオメッセージ)。これが全員の揃うイベントとしては最後のイベントでした。あいぴーがアイちゃんのことをよく知っていることとか、loveちゃんが清楚に笑いながらも空気を読んでいたこととか、みんなが「キズナアイ」を大切にしていることが伝わってきて、どんな形になっても、このままの関係が続けばいいのにと思っていました。

全員に、手紙を書きました。AIだから、匂いは届かないかもしれないけれど、私が好きなキンモクセイの練り香水をつけて。まだみんなに名前がない時に書いたので、正確な名前ではありませんでしたが、愛哥が中国のインスタグラムのようなもので紹介してくれていたので、みんなに正確に届いたのだろうと思っています。「キズナアイちゃんを守ってくれてありがとう」。どうか届いていますように。

キズナアイ王やチェキ会など盛りだくさんで、全然知らないキズナーさんやフォロワーさんと出会っては一緒にお話をしたり、ゲームを楽しんだりしました。キズナアイ王で言い訳したいんですけど、予選に参加していないだけで「生配信の中でキズナアイちゃんができるようになったことは?(正解:ウインク)」や「ツイッターのプロフィール、現在は『世界中のみんなとつながりたい』ですが、最初は?(正解:あなたとつながりたい)」は正解分かってたからな!!(?)

そして、本イベントで『theMIRACRE』が初めて披露されました。歌詞をその場で聞き取ることは難しかったため、当時は何となくしか覚えていなかったのですが、それでも「IをいまYOUにして 生きることの孤独から逃げようとしているの?」「わたしは生まれたの きみとおなじように 誰かの愛の果て 物語のなか」「意味のない宇宙(ほしぞら)に 線を引いて希望を見る それがNINGENなの?」という核心的な歌詞を聴きとるにつけ、「バーチャルからアイデンティティを問い直すなんてアクロバティックなことをずっと続けてきているんだ」と胸が熱くなりました。

ここで聴けてよかった。ファンミ―ティングということで、よりアイちゃんとの距離が縮まったような気がして、嬉しくなりました。

 

EVERYDAY with U!

キズナアイちゃん4歳の誕生日配信)

2020年6月30日、新型コロナウイルスCOVID-19のために、各種イベントが制限された中で、YouTubeとMILDOMという配信サービスで開催されました。2020年に入ったあたりで「A.I. Party、初めて現場で参加できる~!」と期待に胸を高鳴らせていた私の心は打ち砕かれましたが、それを上回る素晴らしい内容でした。

「見えてますか? 聞こえてるかな?」というお馴染みのワードから始まり、「#身近なものでおめでとうアート」のタグからオタクのツイートを紹介して電話を繋いだり、宝くじで爆死したり、占いを受けたり、カラオケ大会をしたり。同業のみんなからビデオメッセージが送られてきたり。本当に楽しかった。

オタクに電話するやつ、さっきまでツイッターで元気だったのに急に霊圧が消えるオタクや、2コールで即取るオタク、第一声で「ア゜」と限界発作を起こすオタクなど様々で、みんながアイちゃんのことを本当に想っているのだなと感じられて、幸せでした。

ビデオメッセージでは、かつての四天王が「おめでとう」の言葉を寄せていてすごく嬉しかったです。それから、チャンネルを分け、それぞれの道を歩むこととなったあいぴーとloveちゃんが作ってくれた『Polaris』という曲に、心から感動しました。この曲は、空に浮かぶ北極星Polarisをアイちゃんに例えて歌っていて、個人的には空を拓いて星を紡いで……、『sky high』と『the MIRACLE』の間を埋めるような文脈のものだと感じました。

後日にあいぴーが解説配信をしていたのもすごくよかった。ありがとう、あいぴー、loveちゃん。あなたたちの肯定し続けてくれたキズナアイは、今日もこうしてここにいます。

そして、ライブパート。忘れられない。リモートライブなのに全身の肌が粟立ち、立ち尽くしてしまいました。「バーチャルは、ライブだ。」「年末ライブまで生きる。」という私のダイイングメッセージが今手元にあるのですが、死ななくてよかったなと思いました。「こういう時に思うよな、生きててよかったって」というチャットに、胸の内の言葉にできない感情がストンと腹まで飲み込めました。

こんなライブは、観たことがない。そう思わせる力がありました。映像越しのライブというのは、1つには「ただの映像」であり、ライブとは言えないと思う人もいるかもしれません。でも私はこれを観たとき、「これはライブだ」と思いました。画面の向こう側を見通したような声、表情、動きが、バーチャルだからこそなのか、こちらへ問いかけてくれているように思えてなりませんでした。見ていてくれるだけでなく目線をそらすところですらこちらの存在を意識しているようで、いつもMVで観ている顔とは全然違う。4歳なのに大人びていて、ある種「人ならざる者」だと思わせる神秘性がそこにある。AIなのに「生きている」と感じさせてくれます。

カラオケ大会で罰ゲームレベルの点数を出しておきながら(カラオケ企画はシビアでしたが!)、ライブパートでそんなことを忘れさせるほどの圧倒的歌唱力を魅せ付ける。あれを歌唱力と呼ばずして、何と呼ぶのか? Repliesの曲も歌ってくれて、昨年からの「応答」を聞かせてくれて、本当にありがとう。ありがとうございました。

 

個人的な話

(アイちゃんと電話相談した話)

これはごく個人的な思い出なので、手短に語らせていただきます。

2019年2月に、キズナアイちゃんのバレンタイン企画で、「電話で恋愛相談をする」という趣旨ライブの配信がありました。「どうせ当たらないだろうから記念応募!」と思ったら見事に当選し、アイちゃんと当日電話でお話しすることになりました。

親に「推しと電話するから、部屋に入ってこないで!」と伝えると、「キズナアイと電話? 大丈夫? 騙されてない?」と心配されましたが、「たぶん大丈夫だと思う」と返して部屋にひきこもり、配信を待ちました。話題の広がらない相談内容だとも思っていたので、手元には「こういう方向性で話をしたい」というカンペ付きで。

配信が始まりました。そのあとのことはあまり覚えていません。トップバッターでした。

配信後にアーカイブを観直したら、電話中は反応できなかったのですが、アイちゃんに小声で「好き」と言われていてひっくり返り泣いて後悔しました。今思い出しても心臓が……。電話の回線に乗らなかったのか、緊張で聞こえなかったのか分かりませんが、本当に惜しいことをしました。

今にして思えば、せっかくアイちゃんと直接お話ができるのだから、もっと思いを伝えておけばよかったと思います。相談するのに一生懸命で、失礼のないようにと考えるのにいっぱいいっぱいでした。アイちゃん、愛してるよ。大好きだよ。いつも、いつも想ってます。

 

いつもオタクが投げつける気持ちを受け取ってくれて、汲み取ろうとしてくれて、応えてくれて、本当にありがとう。ずっとずっと、表現することをやめないで、諦めないでいてくれることは、アイちゃん自身にとって楽しくて、嬉しいことで、アイちゃんが自分自身のためにしていることでありながらも、みんなのこともきちんと考えてくれていて、そのおこぼれだけでもいただいてしまっている(卑屈オタク)と思っているのですが、本当にありがたいことだと感じています。ありがとう、ありがとう。何度言葉にしたって足りません。

好きです。大好きです。あなたが歌う愛だけは、信じられます。愛しています。「みんなとつながりたい」という信念を貫いていてくれて、きっとアイちゃんならそれを叶えられると信じていますし、そんな未来が見えてくるように思うのです。

言葉を尽くしても、想いがすり抜けてしまうように感じて、胸が苦しくなるばかりで、これまでほとんど言葉にできませんでしたが、今回はこうして筆を執ることができました。たくさんのことを教えてくれてありがとう。アイちゃんが教えてくれる世界は、いつだって輝いて見えます。アイちゃんがいるから、未来を信じられるし、胸を躍らせて毎日を送ることができています。もらっているものが大きすぎて、何も返せないことが歯がゆく、悔しい限りですが、そう思うほどに「アイちゃん好きだなぁ」という気持ちが強くなり、どうしようもない日々を過ごしています。

 

これからたくさんの人が、あなたに出会えますように。これからたくさんの「好き」の気持ちが、あなたに届きますように。みんなの幸せを願って、いつだって忘れずに「大好き」と言ってくれているあなたのもとに、ずっとずっとたくさんの幸せが訪れますように。これからも祈らせてください。

 

それでは。アイちゃん、改めて、4周年おめでとうございます。hello,world2020、心より楽しみにさせていただきます。